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第十一話 感情

 大きな災禍が去ったこのエストリアの町。

 特に被害の大きかったこの〈眠れる女神の泉〉周辺では、いまだに多くのけが人や亡骸を包んでいるであろう泥に汚れた大きな袋が、〈木漏れ日広場〉へと搬入されてくる。


 その光景から目をそらし、慟哭(どうこく)を聞きながらその声の主を宥める少女が一人。

 背中を丸めてひたすらその少女、アラヤの哀れみと背を撫で続ける手の温もりを受け、悲しみに暮れるのはカリスタ。


 彼女は自らが愛した少年に会いたいという願い、救いたいという願いのために行動をした結果、少年を破滅へと導いてしまった。


(そんなのは、あまりにも辛すぎる)


 アラヤも同様の状況にいて、人間性を失わずにいられているのはカリスタという存在があってのことだと改めて考えた。01 、ウルデリスの助けになると思って行動したのに彼の願いは分裂体と町の人間たちの戦争という形で幕を閉じた。互いに多くの犠牲を払って。


 そんな戦いで一体何が得られただろうか。エストリアの民は果たして白昼夢で見た光景を事実と考えるだろうか。分裂体たちは暴走をしたことで、町民たちと同じ権利を、平等な立場をこれから享受できるようになっただろうか。

 どちらも確信をもって「はい、もちろんです」なんて言えるはずがない。


「――」


 何かカリスタに声を掛けようとしてやめてしまった。

 何を言ってもカリスタにとってはそれが傷つく言葉になりそうだったから。それに、自分自身に返ってきそうだった。


 気づけばカリスタは落ち着きを取り戻していた。

 依然下を向いたままだが、嗚咽(おえつ)の声は聞こえない。

 背をさすっていた手を止め、自分の膝の上に置く。


(泣いた後の顔は見られたくないものね。私もそう)


 目元を赤くしたまま、そんなことを考える。


 しばらくしてから、カリスタは一度深く深呼吸をして、こちらを向き、今にも消えそうな微笑みを見せてから上を向いた。涙を伝った痕や目を赤くしたままだけれど、先ほどまでの悲しみに暮れる自身と区切りをつけるかのように、深呼吸をした後の彼女はいつもの冷静で知的な彼女だった。

 しかし、その顔を見たからと言って安心したわけではない。おそらく彼女の心の中はまだぐちゃぐちゃのはずだから。でも、少しだけをいつもの調子を取り戻したようで良かった。


「普通に――ば、――のにね」


 カリスタが小声で何かを言ったがうまく聞き取れなかった。


「え?」


 中身の何も詰まっていない、口から漏れ出たようなたった一文字だったが「なんて言ったの?」という意図は伝わっただろう。

 しかしカリスタはこちらを向き、優しい笑みを含ませた表情で言った。


「いいえ、何でもないわ。それよりも、ごめんなさいね。少し取り乱しちゃったわ」


 なんと言ったのか気になるところではあったが、追求しようとは思わなかった。

 それよりもカリスタの謝罪が気がかりだった。謝れる筋合いなどなく、こちらから聞いたことで彼女を悲しませたのだから。


「私の方こそ、無神経だった。ごめんなさい…」


 今考えると、なぜ彼女に開口一番に聞いたことが 38 と彼女の過去の事だったのだろうか。

 もしかすると、犯した過ちから逃避するために自分とも現在とも遠い、彼女と少年との昔日の日々に逃げたかったのだろうか。

 自分自身でも自分が何を考えているのか分からなかった。


 あの時から押し寄せてくる悲しみや絶望、罪悪感が心を押しつぶし混ざり合い、アラヤの思考を邪魔していた。

 涙を流してこの感情の奔流(ほんりゅう)が流され、少しは整理されるのではと考えもしていたが、いまだ混沌とした感情はアラヤの心を支配している。


「なんであなたが謝るのよ。 もうあの子はいないけれど、私にはまだやるべきことがあるわ。泣くのは今だけ」


「…強いね、カリスタは」


「私だけじゃないわ。あなたもよ。あなたは私を救い出したし、私だけじゃない。多くの市民の命を救ったわ。あなたが眠っている間、黒茶色の髪の少女に救われたって人がここに来ていたのよ。あなたの寝顔をみて『ありがとう』って。くよくよするだけじゃなくて、そのことにも誇りを持ちなさい。」


「…うん」


 朝の陽光がこの町を燦々と照らす。陽も次第に天頂へと至る準備をしているようだった。

 昼にはあと数時間はあるだろうけれど、空気は暖かくなり始めている。風が吹き、草木を揺らす。

 体を包み込む”あたたかさ”が気持ちを和らげてくれる気がした。


 しかし、風に乗って血と泥のにおいがアラヤの鼻を通り抜け、思わず目をつむってしまった。

 今まで意識しないようにしていたにおいから、目をそらすなと言わんばかりに風がにおいを運んできたように思えた。

 カリスタからの言葉に少しだけ励まされた矢先のことだった。


 ベンチの腰掛に肘を置きながらアラヤの表情を見た後、カリスタは再び口を開く。


「まあいいわ。…そろそろ、お別れの時間かもね。後の話は私以外の人から聞きなさい。私はあなたの顔を見て、お礼を言えたらそれでよかったからね。」


 

「? どういうこと?」


 カリスタは前方、広場の中央方向へ、「そっちを見ろ」と言わんばかりに視線を向ける。


 カリスタと話している最中には見当たらなかったが、そこには二人の男が立っていた。左には、大体身長が百八十ありそうな軍の制帽と高そうな黒服を身にまとっている男と、その右隣に頭一つ分背が低い同じ格好をした男がいた。身なりからして、今、この現場で動いている軍の人間ではないことが分かった。

「お別れ」ということはカリスタは彼らに呼ばれていたのだろうか。 


「ただの事情聴取よ。危ないことは何もないわ。もう行くわね。それじゃ」


 そう微笑んでカリスタはベンチから立ち上がり、少し体を伸ばしてから歩き始めた。

 咄嗟にアラヤも立ち上がりその背中に声を掛ける。


「待ってカリスタ! …ありがとう。私もカリスタの顔が見れてよかった。生きていてくれてよかった」


 カリスタは耳をこちらに向け、表情は完全に見れなかったが口角は上がっていたように思える。


「そう、あなたの旅の成功を祈っているわ、アラヤ」


 アラヤは思わず驚いた。彼女から名前を呼ばれたのはここが初めてだったから。

 だからこそ、嬉しかった。しかし、私が旅人であることは打ち明けていなかったはずだけれど、それは 38 から聞いたのだろうか。


 ――アラヤと二人の男は広場から姿を完全に消した。

 広場には軍の人間が指示を出す声と息つく間もなく作業をする人々の雑音が響く。


 いまだに死体の包まれているであろう布は広場に運ばれてくる。時折、担架に乗ってけがを負った人間が休憩所付近へと運ばれてくるようだった。一体、どれほどの犠牲者が出てしまったのだろうか。


「私もカリスタと一緒に行けばよかったかな…」


 そんなことを一人呟きながら、空を見上げる。

 風はもう吹いていない。陽はいまだ天頂に達さず、一日がまだ始まったばかりだということを気づかせる。

第十一話を読んでいただきありがとうございます!


投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。

リアルでの生活の大きな変化へ適応するのに随分と時間をかけてしまったのと、途中書き進めていたデータが吹っ飛んだことによるやる気の低下が原因で遅れました。本当に申し訳ありません。


今回は少し短めです。理由は察して頂ければ幸いです。

次回はどうなったかの説明になるのでまた退屈な回になりますが、お付き合いください。

早めに投稿できるように頑張りま!!

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