第九・五話 目覚め
いつか聞いた話を思い出した。
とある東の国に正義の心を持った少年がいた。少年は悪事を働く悪い人間を裁くために、魔法警察に入隊した。
少年は逞しい青年へと姿を変えた。
それからというもの、その青年は己の正義の赴くままに職務をこなし続けた。その成果は認められそれなりの役職に就けるまでになれたが、青年は昇進には興味がなく、ただひたすらに人を助けるために働いたそうだ。
――ある日、青年は自宅で首を切って死んでいる状態で発見された。自殺だった。
遺書にはこう書かれていた。
『僕が全部悪いんです。あの時、僕がしっかりしていれば、みんな死ななかったんです。ごめんなさいごめんなさい。』
彼が自殺する7日前に児童魔術学校で爆破魔法を使用したテロが起こった。
全校児童と職員を合わせた三百五十二名のうち、二百七十九名が死亡。四十三名が重体。二十八名が負傷。二名が行方不明。
一般市民への被害も出たという。
学校近辺では当時、不審な動きのある大きな荷物を抱えていた初老の男性がいると目撃情報があった。
遺書の中で青年は、その日、巡回にあたっていた。
そして坂道で荷物を重そうに抱えている老人を助けたのち、巡回を終え署に戻ったという。
調査の結果、青年が助けた老人が学校の爆破事件の犯人であり、自らの爆発魔法に巻き込まれ死亡していたことが分かった。
青年は不審者情報を受け取っていたにも関わらず、自らの正義の心に駆られ、助けたことに満足して警察としての職務を失念し、怠ったと自責の念を遺書に記していた。
遺書の最後の方はひたすら自己否定の連続だったという。
この話はいつ誰から聞いたかは思い出せないが、ツバラキで聞いた話なのは確かだった。その話を聞いたとき、隣に当時仲の良かった子がいたはずだ。
そんな話を子どもにするかね? と不思議に思ったことを覚えている。
そして、その旧友に向かって「私だったらこうはならないよ! ちゃんとお仕事するもん!」と自信満々に言ったことも。
きっと、今の私の状態とその少年の状態が似ているから思い出したのだろう。
視界が薄まり始めてゆく。
遠くで男の叫ぶ声が聞こえる。
少し、寝たい。
でもこの手を離すわけにはいかない。
最後の力を振り絞り、宙にぶら下がりながら眠りに就いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ますと、室内にいた。
どこか、見覚えのある場所だった。
左手は壁と、その上部に窓がある。右手には、普段ならベンチとして使われているであろう長椅子があり、いまは数人の負傷者が横たわっていた。全員、包帯でぐるぐるに巻かれ、その包帯はどれも血に濡れていた。――取り替えてあげないのだろうか。
絶えずその体の傷に苦しむようなうめき声が室内に響きわたっている。
窓の外は陽が沈んでいるのか、昇っているのか。とにかく空が赤く焼け、室内を薄明に照らしている。
身を起こすと、体が驚くほど軽かった。泉の大穴で生死の縁をさまよったはずなのに、鉛のような体で奔走していたことが嘘のようだった。
妖赫魔法を持つ人間は、失った血液を体内の魔力を変換して補充することができる。そのため、魔法さえ使わずに安静にしておけば、貧血も傷も大抵の人間より早く自然に癒える。
そして、アラヤは魔力を周囲から常に取り込むため、血液を生成するための魔力を切らすことはない。結果、常に最高効率で体内及び体表面の傷の回復を行うことができた。
しかし、腕や胴の方を見ると包帯を巻いてあったりと、応急処置が施された跡が確認できた。アラヤが全身に傷を負って、失血死手前まで消耗していたのにも関わらず、今こうしてなんともないのは、この手当のおかげもあるのだろう。
室内をしばらく見まわした後、既視感のあるこの光景がどこなのかはっきりした。
売店は相変わらずこじんまりとしているが、そこに商品は一切なく、受付のカウンターには呼び出し用の鈴がぽつんと置かれているだけだ。
そう、ここは「木漏れ日広場」の案内所の中だった。
アラヤはその中の小休止場にある、窓際の椅子の上で寝かされていたようだ。
座席のすぐ下、足元になるところにまで人が寝かしつけられている。
風は一切感じられないが、窓は全て開かれているようだ。
外から人々の慌ただしい声が聞こえてきた。
土色の防護服を着た人々が慌ただしく動き回っている。
誰もが顔を硬く引き締め、肩から武器を下げている。その物々しい雰囲気から、王国軍が動いたのだと理解するのに時間は要らなかった。
指示を出している人間は忙しなく動いている人間とは異なり、高そうな黒いマントに紺色のベスト、ネクタイを垂らして白いシャツ、黒のズボン。そして、格式の高そうな制帽。とにかく現場に似つかわしくない高価そうな格好をしていた。
胸の奥に言いようのない、何か重たい塊が沈んでいる感覚があった。
アラヤは少し俯き、これまでのことを思い出す。
同じ顔をした少年に出会ったこと。 01 と名乗る少年に出会ったこと。アンディについて聞かされたこと。助けを懇願されたこと。あの夜、みんなで宴を開いたこと。街中で少年たちを捜し歩いたこと。時計塔の地下のこと。祭りで起こった悲劇のこと。カリスタを泉のある大穴で助けようとしたこと。
そこまで思い返した時、鬱屈とした感情が消え去り、どうしようもなくカリスタの無事だけが気になった。
その場で少し上半身をひねったりして見て、身体の動きを確かめる。上半身の動きに違和感がないことを確かめた後、椅子から人に当たらない程度に足を延ばして下半身の動きを確かめた。
そして、身体の動きに問題がないことを確認して、椅子からそっと下りた。
すでに案内所の中に、カリスタがいないことは確認した。だからこそ、カリスタの安否が気になるところだ。
人を慎重に避けながらも、足早に案内所の出入り口に向かう。椅子に座っていた時はあまり気にならなかったが、立ち上がると、やはりまだ体にだるさが残っている。
しかし、そんな体の調子を気に掛ける余裕などなく、焦燥に駆られてカリスタの安否だけをひたすらに知りたかった。
案内所を出た瞬間、アラヤのカリスタの無事を案じる気持ちは目の前の惨状に消え失せた。
広場の芝の上にも沢山の人間が横たえられていたのだ。
ただ室内とは異なり、その顔の部分は布で覆われていた。すでに息絶えた人間がここに並んでいるのだろう。
四、五十人ほどの遺体が広場の中央に並べられていた。
あの気持ちよさそうだった芝生も今は、血と泥で汚れ、かつての穏やかさは微塵も感じられなかった。
改めて大量の死人が出たことを思い知らされ、何の声も出すことができず、ただひたすら立ち尽くすことしかできなかった。
(私のせいで…。ここまでなんて…)
どれくらいたったかは分からない。一瞬だったかもしれない。ただひたすら、その光景を呆然と眺めていると、横から女性の声で声を掛けられた。
「あなた、喫茶店で会った子よね。」
振り向くと、そこにはカリスタがいた。
土で汚れていた髪は艶こそ戻ってはいなかったが整えられ、痣だらけで腫れ上がっていた顔は元の美しさを取り戻しつつあった。
アラヤはカリスタの無事を知った安堵と同時に、己のしてしまった取り返しのつかない過ちへの罪の意識により、滂沱の涙を流さずにはいられなかった。
地面に膝をつき、ひたすら止まぬ涙を頬に伝わせた。
「え、何。いきなり。ちょっと…」
カリスタはアラヤのその様子を見て、ひたすら困惑していた。
周囲の兵士たちもその動きを止め、何事かとこちらを見ている。
カリスタは泣き続けるアラヤを誘導して、広場の一角にあるベンチに腰掛けさせた。
アラヤが泣き続ける間、カリスタは困惑と心配の表情をその顔に浮かべたまま、アラヤが落ち着くのを待っていた。
(みっともない…)
アラヤは自分の不甲斐なさに嫌気がさした。
――五分は経ったかもしれない。
やっとアラヤは落ち着きを取り戻す。
「どう? 落ち着いた? はい、これ。お水をもらってきてあげたから、飲んで」
その声はこれまでになく優しく感じた。
アラヤは水がいっぱいに入った丸みを帯びた透明な小瓶を渡され、それをぐびぐびと飲む。
そのおかげで息を整えることができた。
「ありがとうございます…。すみません、いきなり泣き出したりして…」
声を掛けた途端に泣き出されたのだから、驚かない方が無理だろう。
「別にいいよ。こんなことになってるんだもん。泣きたくもなるよ」
しばらく沈黙が流れた。
カリスタは広場に並べられている死体をじっと見つめて、少しつらそうな顔をした後、口を開けた。
「ねえ、ありがとね。私を助けてくれて」
その言葉を聞いてまた泣きたくなったが、涙をこらえる。しかし、目には滲んでいたかもしれない。
日の光がその強さを増してきた。
起きたばかりで方角の認識が曖昧だったが、明るくなりだしたのは東の空からだった。
(まさか、朝まで気絶してたなんてね)
一日の開始を合図するかのように時計塔から鐘の音が鳴り響いてくる。
鐘が三回その荘厳な音を鳴らす頃、ついにアラヤが言葉を口にする。
「聞いていいですか。あなたのこと、そしてあなたといた男の子のことも」
九・五話を読んでいただきありがとうございます。
今回は九・五話です。アラヤの目覚めからカリスタや軍関係者からの今事件の事実についてを書こうと思ったら、八千文字行くような気がしたので。なので、この話は先が気になる人は流して読んでもいいかもしれませんね(笑)
相も変わらず書き溜めをしていないので更新が途切れる可能性を常に孕んでいますが、お付き合いください。




