温泉卵を巡る買い占め戦争
朝。テルマハルト温泉街・朝市。
「トリス様ぁ! 大変だ!」
背負籠を揺らしながら飛び込んできたのは、採卵組の若頭・タマサクだ。顔は真っ赤で、額の汗が飛ぶ。
「落ち着け。何が起きた」
「卵だ、温泉アント卵! 黒い上着の連中が大金積んで、根こそぎ買っていきやがる! うちの若いのが舞い上がって、全部売っちまった!」
「全部?」
ミーナが眉を跳ね上げ、帳面を胸に抱え直す。
「『今日この金額で売ってくれるなら、明日なら今日の倍出す』ってな。甘いこと言いやがって」
タマサクが歯噛みする。「俺らの市場から卵が消えた。客は怒るし、知らん連中の屋台じゃ三倍値で売られてる!」
フレイアが露骨に顔をしかめた。
「買い占めね。分かりやすいけど、気分は最悪」
「やるね……」
アリアが小さく息を吐く。「村の人、揺さぶられる」
俺は頷き、クローヴェに目配せした。
「見回りを増やしてくれ。揉める前に火種を潰す」
「了解だ、領主殿」
クローヴェが素早く人を散らす。
「ミーナ、状況整理を」
「はい。狙いは二つ。① 市場から卵を消して価格を吊り上げる。② 生産者と“直接契約”して流通を掌握。――悪質だけど効く。放置すれば数日で常態化する」
「王都の貴族が絡む線は?」
「高いわ」ミーナは目を細める。「この資金の回し方、地方商会じゃない。トリス、即応で領の秩序を示そう」
「案は」
「ある。三手同時」
ミーナは羽根ペンを走らせ、三枚の紙を渡してくる。
1.生産組合の設立告示
「テルマハルト温泉卵生産組合(TEO)」を即時設立。組合印のない直接取引を禁止。違反はギルド規約違反として罰金+取引停止とする。
2.定額買い上げ保証
組合員全員に最低価格保証。買い叩きの誘因を潰す。原資はアントダンジョン事業の純益。会計は公会計で全面公開とする。
3.ギルド依頼化
「採取・加熱・運搬」を定期依頼に分割。入口と出口をギルド管理にして闇抜けを防ぐ。加熱工程は新設の〈湯卵班〉が主体とする。
「……いい」
俺は即答した。「やろう」
フレイアが口笛を鳴らす。
「やるじゃない、ミーナちゃん」
「当然」ミーナは涼しい顔。「領地を“売り物”にしない。市場の中に“領地の秩序”を通すの」
「署名する。集会所に人を」
俺が言うと、クローヴェが駆けた。
⸻
「静粛に」
壇に立ち、声を張る。湯の町の人々、卵職人、宿主、旅籠、行商……不安のざわめきが揺れている。
「今朝の買い占めは、一時の金で明日を奪うやり口だ。放置はしない。ここに生産組合――テルマハルト温泉卵生産組合(TEO)を立ち上げる。組合印のない取引は無効、ギルドが取り締まる」
ざわっと空気が動く。
「最低価格保証を出す。今日、明日、来月――不安定な値動きに振り回されない。原資はアントダンジョンの利益。会計は全て公開する」
「公開……?」
屋台の婆さまが目を丸くする。
「そうだ。誰がどれだけ売り、いくら支払われたか、帳簿を掲示する。横やりの入り込む隙をなくすためだ」
「三つ目。ギルド依頼化だ。採取(採卵組)・加熱(湯卵班)・運搬(依頼輸送)を工程別に定期依頼にし、冒険者と若者に仕事を回す。勝手な横流しは依頼破り。ギルド罰が飛ぶ」
商人の何人かが顔を引きつらせる。ギルドに正面から喧嘩は分が悪い。
ミーナが前に出て、落ち着いた声で補足する。
「“高く売りたい”気持ちは分かるわ。でも私たちは続けて売る。一回の大金より、未来に続く暮らしを選ぶ。それが領主の責任で、皆の誇り」
沈黙から、手が挙がる。
「保証があるなら……俺は組合に入る。もう騙されるのはごめんだ」タマサクが言う。
「俺もだ」「うちも!」
賛同の声が次々と重なり、会場の温度が上がっていく。
「決まりだ」
俺は判を押した。「本日より施行だ!」
クローヴェが即座にギルド掲示板へ依頼票を張り出し、アリアが印章を捺し、フレイアが親指を立てる。
「トリス、いい顔」
アリアが小声で囁く。
「そう見える?」
「ええ。領主の顔よ」
⸻
集会所を出ると、黒衣の男たちが待っていた。胸元に目立たぬ真鍮のバッジをつけた王都・黒衣商会。
「領主殿。ご盛会のようで」
笑っていない笑顔。背後に護衛二名。
「用件をどうぞ」
「簡単です。我らは王都での販路を持つ。“監督管理”の名で権利の一部譲渡を。もちろん利益の大半は領へ。悪い話ではないかと」
ミーナが一歩前へ。
「譲渡はいたしません。流通は組合とギルドで管理します。取引するなら掲示価格と契約書に従っていただきます。」
「強情ですな」
男の声が半音低くなる。「では王都のご理解を得るしかない。マルケス伯の後援状を」
差し出された羊皮紙。
俺は一瞥し、静かに返す。
「王家監察局へ同時に写しを送ってください。『混乱助長の疑い』を添えて。直報権を持っている」
男の頬がわずかに引きつる。(そうだ。俺は王に許された直報の線を持つ)
「さらに」ミーナが追い打ち。「本日より価格と取引履歴は公開。買い占めは誰の目にも明らか。王都で評判を落としたいなら、ご自由に」
黒衣は一瞬沈黙し、肩をすくめる。
「やれやれ。若い領主は骨がある。……今日は引きましょう」
踵を返す足取りは軽い。が、去り際に落とす独り言は十分聞こえた。
「次は、もっと静かな方法で」
フレイアが鼻で笑う。
「脅しのセンスが三流。火をつけるなら、もっと上手くやりなさい」
アリアは真顔のまま、俺の袖をそっと引く。
「油断しないで」
「分かってる」表は抑えた。次は裏だ。
⸻
王都への一手/村への一手。
夜。湯けむりの上、星が近い。
俺とミーナは机を挟み、二通の書状を仕上げる。
一通目:王家監察局(報告・協力要請)
・買い占めの発生と証拠(価格差・目撃)
・施策:TEO設立/最低価格保証(原資=アント事業利益、会計公開)/ギルド依頼化(採卵組・湯卵班・輸送)
・黒衣商会とマルケス伯後援状の写し添付
・「領地秩序の維持」を目的とする直報である旨
二通目:村内告知
① 明朝より組合登録開始(広場)
② 価格表掲示/即日現金払い+控え発行
③ 加工(湯卵班)・運搬の依頼募集(若者優先)
④ 帳場は毎夕公開・誰でも閲覧可
「いい」ミーナが頷く。「見える化は安心を生む。噂は数字で潰すのが一番」
「助かる」俺はペンを置き、息を吐く。
「ふふん」
フレイアがいつの間にか杯を掲げる。「勝負はこれから。でも火はこっちにあるわ」
「火?」
「勢い、ってこと。“先に秩序を作った”。あとは守りながら広げるだけ」
アリアが窓辺で月を見上げる。
「……来るよ。正面がダメなら、今度は斜めから」
「来い」
俺は《統治》の視界で温泉街の灯りをなぞる。足湯の笑顔、湯気、卵をむく音。
「この笑顔は、渡さない」
⸻
広場に長机。見やすい位置に価格表と今日の入出金。
ギルドの赤印がどん、と押され、クローヴェが立つ。
「本日より、組合登録と買い上げを開始する。列はこっち、控え忘れるな!」
「おう!」「助かる!」
声は明るい。昨日の不安は、紙と印と手触りで溶けていく。
黒衣の連中は遠巻きに様子を窺い、掲示と控えの流れを見て舌打ちだけ残し、人混みに紛れた。
「最初の山は越えたわね」
ミーナが小さく笑う。
「いや、ここからが本番だ」
俺は背筋を伸ばす。「秩序は、作った瞬間が一番崩れやすい」
フレイアが肩を叩く。
「なら火番は任せて。夜は私が回る。あんたは昼に“見せる仕事”を」
「見せる?」
「温泉郷は安全で楽しいってやつ」
姉御はにやり。「観光も治安。笑顔を保つのは防衛よ」
アリアが頷き、弓の弦を点検する。
「私は巡回。変な影が動いたら、すぐ知らせる」
「私は帳場。数字で殴る」ミーナがさらり。
俺は湯けむりの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
(守る。領地も、商いも、笑顔も)
(そして――仕掛けてくるなら、受けて立つ)
評価してくれると、とってもとっても嬉しいです!
初投稿作です!みなさんおてやわらかにお願いします。
AIをとーても使いながらの執筆となっております。
あと、AI様にお絵描きをお願いするのにハマり中です。




