静かな影
テルマハルト温泉郷・広場。
朝の市はいつもより静かだった。
昨日の組合発足と公開会計の掲示は、村人たちに安心を与えたはずなのにどこか空気が重い。
「……おかしいな」
俺は人々のやりとりを見渡し、眉を寄せる。
屋台の親父は卵を出すのをためらい、客も財布を開かない。
「値が吊り上がるらしい」だの「買い占めの連中がまた来るぞ」だの、囁き声が飛び交っている。
「昨日、あれだけ“秩序”を示したのに?」
アリアが小声で言った。
ミーナは腕を組み、冷静に分析する。
「黒衣商会、やり方を変えたわね。露骨な買い占めから、噂流しに切り替えたのよ」
「噂……?」
カインがむっとした顔をする。
「“高値になる”“在庫が消える”って恐怖を流すの。村人が自分から売り渋れば、市場は勝手に麻痺する」
ミーナは淡々と続ける。
「昨日は数字で抑えた。今日からは“心”を揺さぶってくる」
フレイアが鼻を鳴らした。
「つまり、表からじゃなく裏から火をつけるってことね。……性根が小物くさいわ」
俺は深呼吸し、仲間を見回した。
「なら、次の手を打つ。“見える数字”だけじゃ足りない。“見える未来”を示す」
⸻
「いいか、今日から“需要予測”を出す」
俺は羊皮紙を机に広げ、昨日の取引帳を示す。
「昨日は千個の卵が流通した。
消費は八百個。残り二百個は保存に回った。
この流れを三日、五日、十日と伸ばせば、在庫がどれだけ積み上がるか一目で分かる」
「未来の数字か……!」
アリアの目が輝く。
ミーナはにやりと笑った。
「いいわね、“不足”じゃなく“余剰”が見える。数字で恐怖を逆さにできる」
クローヴェが補足する。
「加えてギルドの依頼報告を掲示すれば、採卵・加熱・運搬の実績も公開できる。卵が“どこにあるか”を示せる」
「いい。つまり噂よりも、実態を先に広める」
俺は頷いた。
「ただし」ミーナが指を立てる。
「村人に数字を読み解かせるのは難しい。“目に見える形”にする必要があるわ」
「グラフか」
俺が呟くと、フレイアが片眉を上げた。
「グラフ?」
「数を線や棒で描くんだ。誰でも“増えてるか減ってるか”分かる」
俺は簡単に図を描いてみせた。
フレイアは感心したように笑う。
「なるほど、火の揺らぎを見せるのと同じね。……いいじゃない、やろうやろう」
⸻
掲示板の前に、人だかりができていた。
そこには大きな羊皮紙。
卵の生産・消費・在庫が、赤と青の棒で描かれている。
「……こんなに余ってるのか!」
「本当に? 毎日積み上がってる!」
「これなら慌てて売り渋る必要ないな」
ざわめきが安堵に変わっていく。
「数字を見れば一発だな」
カインが笑った。
「商人の戯言より、こっちのほうが信じられる」
「人は見えるものに従うのよ」
ミーナは満足げに頷く。
「だからこそ、“見せ方”で勝負が決まる」
フレイアが大きく伸びをして言った。
「よーし、温泉郷は安泰! なら私はひとっ風呂浴びてくる!」
「まだ昼だぞ」俺が呆れると、彼女は堂々と笑った。
「昼風呂こそ贅沢でしょ!」
⸻
「……ちっ、やりやがったな」
黒衣の商会主が机を叩いた。
「数字を絵にして広めるだと? 庶民にまで読ませるとは……!」
背後でワインを傾けるのは、マルケス伯の使い。
「想像以上に骨のある小僧だ。……だが、まだ手はある」
「どんな?」
「“病”だよ。噂は数字で消える。だが“病”の影は、人の心を縛る」
黒衣はゆっくりと笑った。
「なるほど……卵に疑いをかけるわけか」
⸻
「トリス様! 卵を食ったら腹を壊したって噂が!」
村人が駆け込む。
「……来たか」
俺は深く息を吐く。
アリアが弓に手をかけ、ミーナが帳面を開き、フレイアが火花を散らす。
「次の仕掛けは“卵の信用”ね」
「なら、潰すのは簡単だ」俺は刀の柄に手を置いた。
「証明する。真鑑で」
評価してくれると、とってもとっても嬉しいです!
初投稿作です!みなさんおてやわらかにお願いします。
AIをとーても使いながらの執筆となっております。
あと、AI様にお絵描きをお願いするのにハマり中です。




