火を操る女、美しくも図々しく
翌朝。鍛冶場の屋根から、白い湯気がすっと立ちのぼる。
壁に掛けた《繋》は、青白い光沢で息づいていた。
「やっぱり……いい出来だ」
鞘を引き、刃を一寸。空気の切れ味が昨日と違う。ミスリルを混ぜた効果が、手の中で確かに鳴っていた。
「ふふ、火と槌のリズム。昨日は合格点だったわね」
振り向くとフレイア。銀髪が朝光を弾き、紅い瞳に炉の名残火。腕はもう、ふいごの前でまくれている。
「まだいたんですか、フレイアさん」
カインが呆れ笑い。「旅人なら朝にはいなくなるもんだろ」
「悪い?」
腰に手、勝ち気な笑み。「面白いから当分腰を据える。――ここ、退屈しなさそうだし」
「理由が気分……」
カインのぼやきを、フレイアはパチンと指で遮った。
「今日のテーマは“勢い”じゃなく“通り道”。ここ、排気が滞ってる」
炉脇を指す。「火は吸って吐いてを繰り返す。炉口と煙突の“呼吸”が合わないと温度が暴れるの」
「……確かに、そこだけ煙が渦巻く癖がある」
カインの目が真剣になる。
「先に“風の道”を作るわよ。吸気は斜め、ふいごは炉芯に“巻き込み”。煙突側は半分だけ絞る」
炭粉で床にすらすら線を引く。
「巻き込み?」
「火の腹を回してやるの。真っ直ぐ押すんじゃない、撫でて回す。男も同じ!」
「例えが豪快だな……」思わず苦笑い。
「カイン、レンガ動かす!」
「お、おう!」
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十分後。レンガと鉄板で吸排気の角度を組み直し、火入れ。
ぼう、と低く安定した唸り。炎は暴れず、芯だけがぐっと明るい。
「音が違う」
「温度の上がりも均一だ。息が揺れない」
フレイアが肩をすくめる。「火は“押し付ける”より“導く”。これ基本」
「なんでそんな詳しいんだ」
「言ったでしょ、ちょーっとだけ得意」
ウインク一つ。「今日は鉄で“型”を覚えさせる。強く叩く日じゃない、揃える日」
カインがニヤッ。「乗った。やろう」
カン、カン、カン――。
俺が一打、カインが一打。フレイアがふいごで拍を刻む。十、二十、三十……金属音が一つに揃っていく。
「はい、止め」
手が上がる。「今日の火、合格。大事なのは“明日も同じ火を作れる”こと」
「まだ仕上げてないのに」
「仕上げは明日。勢いで全部やろうとする悪癖、直す」
「うっ」二人そろって詰まり、フレイアは愉快そうに笑った。
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「トリス様ー!」
アリアとミーナ、工兵の若手、麻袋と木桶を抱えて到着。
「街道の補修、今日やるんでしょ?」
ミーナが帳面をひらひら。「フレイアさんの“外殻の粒度調整”、実地で確認」
「よし、行くか」
《繋》を背負い直す。
「私も行く」
「鍛冶場の見張りは?」
「火は休ませるのも仕事。もう合格取ったでしょ」
押しの強さに、カインが肩をすくめる。「行くか」
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昨夜の雨でぬかるんだ南の区画。荷車のハンスが難儀していた。
「こいつはひでえ、土が粘って回らねえ」
「任せて」
フレイアが麻袋を開く。粉砕アント外殻の粒度を三つに分けてある。
「細粉は水を抱いて締める。中粒は骨。粗粒は空隙で水を逃がす」
手のひらですり合わせながら簡潔に。「ぬかるみは“底抜け”が原因。粗粒で骨を作り、中粒で絡め、細粉で蓋」
粗粒を撒く→木槌で叩き締め→中粒で面を作り→細粉でふわっと覆う。
フレイアが足で軽く踏み、指で押して確かめる。
「十五分待ち。外殻は湿りと空気で馴染む」
十五分後。荷車を押し入れる、、、沈まない。
「おおっ! 回る!」ハンスの目が丸くなる。
「成功だな」
ミーナがさらさら。
「“粒度三層法”。コスト:粗>中>細。人手:三人一組。日施工量」
「ミーナ、完全に商人の目だ」アリアが笑う。
「仕事だから。でもこれなら“維持”できる。毎回作り直しじゃなくて、直して保つ」
「“作るより保つ”が難しい。でも保てる土地は強い」
フレイアが人差し指を立てる。
カインが小声で「……何者だお前」と呟くと、
「フレイア。旅人」
それだけ言って笑った。
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小休止。アリアが水筒を投げ、ミーナがパンを渡す。
フレイアは砂地にしゃがみ、土の感触を確かめている。
「ねえ、トリス」
声が少し低くなる。
「何だ」
「あなた、魔力の扱いが“妙に素直”」
「素直?」
「普通は器が先。小さければ魔力は溢れて零れる。――でもあなたは逆。
“魔力量”が桁違いだから、器の方が後から引っ張られて広がってる」
砂に円を描く指先が止まる。
「だから伸びる。剣も、体術も、采配も。進化先が強いのは、器が後からでも追いつくから」
胸の奥で、何かがカチリとはまった。
「……腑に落ちた」
「ただし、楽じゃない。器が広がる時、体も心もきしむ。無茶をすれば“器ごと裂ける”」
「気をつける」
「うん。わかればヨシ!」
ふっと笑って、いつもの調子に戻る。「はい、昼は終わり! 北の坂、次直す!」
「指揮を取るのが自然になってるな」
「才能だもの」ミーナがにやり。「採用」
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夕暮れ前、三区画完了。鍛冶場へ戻る。
「今日の締め。“昨日と同じ火”を作れるか」
「了解」ふいごに手をかけ、吸って吐いて。炎の渦が奥で回る。
カインの一打、二打、三打
音が連なる。
「……合格」
フレイアの口元が緩む。「二日でここまで詰めたなら、ミスリル“混ぜ”に戻っていい」
「明日、やる」
カインが汗を拭い、俺は壁の《繋》を見上げる。
刃が、また一段深く呼吸した気がした。
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片付けを終え外へ。空は橙から群青。湯気が白く立ち、子どもたちが走る。
工兵の若手が駆けてきた。「さっきの混ぜ方、何度も見て覚えたい!」
「いいわよ。仕事終わりに何度でも。
この道は、あなたたちの手で強くなるんだから」
一気に表情が明るくなる若手。
アリアが横目で囁く。「……好きになる要素、増やすわね、この人」
「頼もしい、が正解」ミーナが微笑む。「それに村が回る」
フレイアが振り返り、まっすぐ俺を見る。紅の瞳は炎色なのに涼しい。
「トリス。器が広がるのは魔力が多いから。
でも、広がりきる“形”は自分で選ぶの。
剣の形、街の形、仲間の形。あなたが選ぶ形が、ここ全体の“伸び方”になる」
「忘れない」
《統治》の視界に、夜の灯りが点っていく。道、井戸、湯気、笑い声。
「じゃ、風呂。汗流して飲む!」
フレイアが大きく伸びをして、豪快に笑う。「今日は私が一番。文句ある?」
「ない」
四人同時に即答。たぶん誰も勝てない。いろんな意味で。
そして、その夜。
フレイアは宿を取らず、鍛冶場の隅に当然のように寝床を作った。
「まさか泊まる気か?」
「決まってる。ここ、面白いもの」
「図々しいな」
「図々しいって褒め言葉よ。そうやって生きてきたから、ここへ辿り着けた」
笑い声が夜気に溶け、炉の火は静かに眠る。
“器”は、少しずつ。けれど確かに――広がっていた。
評価してくれると、とってもとっても嬉しいです!
初投稿作です!みなさんおてやわらかにお願いします。
AIをとーても使いながらの執筆となっております。
あと、AI様にお絵描きをお願いするのにハマり中です。




