帰還、そして円卓で決めること
外の風は、思っていたより冷たかった。
《蒼晶の眠る洞》の湿った空気から抜け出した瞬間、胸の奥の重さがほどける。
「ふぅ……外の空気って、こんなに甘かったっけ」
アリアが弓紐をゆるめ、空を仰ぐ。
「甘いんじゃなくて、洞の匂いが濃すぎたのよ」
ミーナが苦笑して杖をつき、「帰りながら整理しよう」と帳面を開いた。
「整理って言えば、素材の扱いもだ」
カインが指先で結晶片をつまむ。
「ロックバットの翼は硬化層が薄い。刃の“返り”に使えるが、熱に弱いから油焼き止まり。
クリスタルスコーピオンの外殻は……亀裂の走り方が素直で、研磨すると光る。飾り縁や、軽い盾の“面材”にいい。
モスゴーレムの苔は乾燥させて粉にすると接着補助になる。湿度管理がきついけど、道具屋の稼ぎにはなる」
「もう鍛冶場の図面が頭に出てる顔だな」
俺が笑うと、カインは肩をすくめた。
「俺はそういう性分だ。戦いは最低限。素材を“生かして”勝つのが職人の戦地だ」
「頼もしい」
アリアが目を細める。「素材の出口が見えると、こっちの動きも変わるわ」
「帰ったら、すぐ会議を開こう」
俺は村の方角に目を向けた。「王家監察への“追加報告”、ギルド支部の“本申請”、それと洞の“運用方針”を決める」
「了解。〆切は今日中で」
ミーナがさらりと言う。
「……今日中?」
俺とアリアとカイン、三人そろって同時に聞き返した。
「今日中」
ミーナはにっこり笑った。「勢いは資本よ?」
◇
夕刻、ハルトンの集会所。
円卓の上にランタンが三つ。光の輪の中に羊皮紙が重なり、インクの匂いが漂う。
「戻ったか」
「おまえらの表情でわかる、当たりだな」
先に来ていたクローヴェが椅子から腰を浮かせる。「座ってくれ。まずは口頭で」
「浅層で三種のモンスターを確認した。」
俺は端的に伝えた。「《クリスタルスコーピオン》《ロックバット》《モスゴーレム(幼体)》
いずれも群れ行動あり。毒性・奇襲・耐衝撃でバランスが相手にするには悪い。油断は禁物」
「真鑑定のログを」
ミーナが用意した写しを渡す。
クローヴェは目を走らせ、短く息を吐く。
「百階層規模“になり得る”。……この書きぶりは上手い」
クローヴェがにやりと笑う。「確定でも誇張でもない。“備えろ”の合図になる」
「備えると言えば、素材の取り扱いだ」
カインが前に出る。
「素材の収益化の順は
一、外殻・こうもりの翼の“民具”転用(安定)。
二、ゴーレムの苔粉の“資材”化(試行)。
三、サソリの結晶の“研磨”は設備が要るから保留。
四、総合的になんだが、戦用は当面見送り。鍛冶場の火力と研磨機が足りない」
「設備投資の“言い訳”が整ったわけね」
ミーナがペン先で机を軽く叩く。「王家監察に“管理と加工の体制整備が急務”と添える。予算を引っ張ってこれる。」
「言い訳じゃなく、実際に急務だな」
クローヴェが肩をすくめる。「よし、三本立てで行こう」
クローヴェは指を立て、順に示す。
「一、王家監察への追加報告。
内容は“成長中につき運用不可”“将来的商機大”“管理体制整備が急務”。
二、ギルド支部の本申請。
“運用実績あり”“依頼掲示で冒険者が自然流入”“治安維持は支部が担保”。
三、洞の運用方針。
“浅層限定の調査・誘引・素材回収”“深部は封鎖”“村人への情報は最小限”。」
「異論なし」
俺は頷く。「もう一つだけ“みんなの逃げ道の整備”を。百階層規模なら、浅層でも確認してきたように強力な魔物がたくさんいる、そのため、事故は起きる。街道側に“緊急点呼所”を置いて、ロープ誘導と鐘を設置して合図を決めたい」
「それ、いい」
アリアがすぐ乗る。
「合図は鐘を三連打=撤退、二連打=集合、一打=通行注意!とか」
「鐘は鍛冶場で作る」
カインが即答した。「鳴りのいい青銅配合、俺に考えがある」
「完璧」
ミーナの羽根ペンが走る音が、ランタンの光と同じリズムで心地よい。
◇
「内容を書くから文面をお願い」
ミーナが姿勢を正す。俺は息を整え、ゆっくりと語り出した。
「件名、王家監察への追加報告。提出者、トリス領領主、トリス=レガリオン。
一、街道整備は計画通り順調。アント素材活用で耐久・排水が改善。
二、テルマハルトの温泉資源は住民の健康・観光に寄与。名物品“温泉アント卵”の供給基盤はギルド管理下で整備中。
三、《蒼晶の眠る洞》について。浅層にて三種の魔物を確認。群れ行動あり。
四、当該ダンジョンは“成長中”につき、現時点の運用は限定的。将来的商機は大きいと考えられる。
五、素材の管理・加工体制の整備が急務。人員はギルド支部の設置により補う予定。
六、住民の安全を最優先し、深層探査は当面見送り。浅層の点検・避難動線の確保を実施中 以上」
「……いい。硬い、正確、抜けがない」
クローヴェが満足げに頷く。「王家は“出過ぎない口実”を欲しがる。これは乗る」
「次、ギルド支部の本申請」
ミーナが紙を繰る。「支部長ポストは本部裁量、代理はクローヴェ継続で」
「助かる」
クローヴェが苦笑する。「認可までは走り続けるさ」
「申請文の骨子」
ミーナが読み上げる。
「一、複数ダンジョンの存在。
二、街道完備による物流基盤。
三、運用実績。
四、治安維持の必要性。
五、領主の協力体制。
六、収益の一部を“王家孤児基金”へ拠出」
「待って、“基金”に触れる?」
アリアが首をかしげる。
「触れると“王家の面子”が立つ。しかも、トリス様自身が孤児院出身で領主になったって事実と結びつけば、説得力は倍増する」
ミーナが即答する。「“孤児たちの未来を支える”と打ち出せば、王家も文句を言いにくいわ」
「触れると“王家の面子”が立つ」
「……いい」
俺は思わず頷いていた。「俺が背負ってきた場所を、今度は俺が支える。そう書いてくれ」
「言うようになったな」
カインが笑って、結晶片をころりと机上に置く。「その席の名札は俺が打つ。見栄えのいいやつをな」
◇
話題は運用へ移った。
「浅層調査のローテは?」とクローヴェ。
「二日稼働、一日休み。休み日は“加工・講習”日」と俺。
「講習って?」とアリア。
「新人冒険者向け。『毒の見分け方』『群れの崩し方』『素材の外し方』」とカイン。
「“外し方”は重要ね。品質が利益を左右する」ミーナがペンを走らせる。
「鐘の合図は決定でいい?」と俺。
「いい。鍛冶場で三基。広場、街道の中継、洞窟口の前衛所」とカイン。
「前衛所には救護箱と“解毒の素”も置くわ」ミーナが追記。「材料はミーナ商会が持つ在庫でスタート。補充はギルド経由」
「村人への説明は?」
アリアの問いに、俺は一度だけ考える間を取った。
「“危険だから近づくな”を先頭に。“素材が暮らしを支える”を続ける。
夢は俺たちが運んでくる。村人には、今日の食卓を安心して囲ってほしい」
「……好きよ、そういう言い方」
アリアが柔らかく笑う。
「言い方と言えば、名付けもだ」
クローヴェが茶を飲みつつ言った。「浅層の道に名前を付ける。“青の回廊”“苔の庭”“蝙蝠の天蓋”とか。迷いにくくなる」
「いいね。地図にも残るし、依頼票に載せられる」
ミーナがぱっと顔を明るくする。「案を募集しましょう。採用者には“温泉宿一泊券”」
「商人は抜け目ないな」
カインが笑い、俺もつられて笑った。
◇
書類に最後の署名を入れ、各人の役割を確認したところで、窓の外は群青に沈んでいた。
ランタンの炎が揺らぎ、机に置いた結晶片が小さく蒼く光る。
「最後に俺から一つ」
俺は姿勢を正す。「“撤退の線”を決めよう。どれだけ旨味が見えても、命より重い素材はない。
合図一つで必ず戻る。戻った者だけが次を掘れる」
「賛成」
アリアが即答した。「私は、逃げるために強くなりたい」
「職人も同じだ」
カインが結晶片を懐にしまう。「死んだら“続きを作れない”」
「……良い円卓だ」
クローヴェが立ち上がり、周囲を見回した。「この調子なら、支部はすぐ回る。俺は本部へ飛脚を出す。返事が来る前に、前哨線を固めよう」
「任せて」
ミーナが書類を束ねる。「明朝には発送できる」
「ありがとう、皆」
俺は深く頭を下げた。
「ハルトンを“都市”にする。言葉じゃなく、仕事で」
そのとき、机の下から小さな鼻先がちょこんと出た。
モルネルだ。金色の目でこちらを見上げ、「もるっ」と一声。
「ネルも賛成って」
アリアが笑う。
「じゃ、決まりだな」
カインが椅子を鳴らして立ち上がる。「俺は鍛冶場。鐘と、素材の乾燥棚からやる。弟弟子、図面は任せる、明日の朝に持って来い」
「了解。避難動線の図面も添える」
俺は頷き、窓の外を見た。
群青の空に一番星が瞬く。街道の先から、夜回りの足音が近づいてくる。
(ここからだ)
(《蒼晶の眠る洞》、そしてハルトン。――必ず“回る”仕組みにする)
ランタンの炎が、蒼い結晶の芯に映り、わずかに光が強くなった。
都市の灯が、ゆっくりと形を成していく。
評価してくれると、とってもとっても嬉しいです!
初投稿作です!みなさんおてやわらかにお願いします。
AIをとーても使いながらの執筆となっております。
あと、AI様にお絵描きをお願いするのにハマり中です。




