道を阻むもの、支えるもの
朝日が昇りきる前から、村の広場はすでに活気に満ちていた。
木槌の音、石を砕く音、子供たちのはしゃぎ声。
井戸の完成に続き、村の者たちは今度は街道作りに全力を注いでいた。
「そっちの土はもっと均してくれ!」
「木材はこの杭の横に置け!」
「殻を砕いた粉は水と一緒に混ぜろ、ぬかるみが固まる!」
俺は采配を発動しながら、次々に指示を飛ばしていく。
数日前まで統率が取れず、ただ疲れるだけだった作業が、今ではまるで軍隊の行軍のように揃っていた。
一人ひとりが声を掛け合い、次の動きを理解し、効率的に動いている。
(……この短期間でここまで変わるとはな)
胸の奥に、じんわりと誇らしさが広がる。
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村人の表情も変わっていた。
最初は「道を作るなんて無理だ」とぼやいていた老人も、今は黙々と石を運んでいる。
子供たちは大人に混じって小さな籠を抱え、砕いたアントの殻を運ぶ。
「これ、固いから気をつけて!」
「はいっ!」
笑いながら、足元を泥だらけにして走り回る。
その光景を見て、腰を痛めて作業に出られないヨナ婆さんが笑った。
「いい眺めだよ。道ってのは、みんなの顔まで変えるんだねえ」
「ええ。だからこそ、続けなきゃな」
俺が答えると、ヨナ婆さんはうんうんと頷いた。
彼女は体力仕事はできないが、子供たちの監督役を買って出てくれていた。
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「……出たぞ!」
見張りの少年が叫んだ。
ギチギチと顎を鳴らしながら、森の影から三匹の《ワーカーアント》が現れる。
丸太のような脚で地面を踏みしめるたびに、湿った音が響く。
「槍を持て! 前に出るな、半円に広がれ!」
俺は即座に采配を発動する。
新しく作った《アント槍》を手にした若者たちが、一斉に走り出た。
「俺が右だ!」
「じゃあ左は俺!」
互いに声を掛け合い、円を描くように陣を取る。
アントの一匹が突進してきた瞬間、
「今だ、脚を狙え!」
三本の槍が一斉に突き刺さり、脚の関節を貫いた。
「効いたぞ!」
「倒せる、いける!」
勢いづいた若者たちは、次々と突きを放ち、残りの二匹も仕留めた。
かつては悲鳴を上げて逃げ回っていた村人たちが、今は歓声を上げていた。
「また殻が手に入る!」
「これで道が伸びるぞ!」
恐怖は、いつしか希望に変わっていた。
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ある日、工事の手を止めさせたのは、地面の隆起だった。
「地面が……動いてるぞ!?」
ドドド、と大地がうねり、黒い巨体が顔を出した。
《ラットモール》。
鋭い爪を持つ巨大モグラで、農地を掘り返し、畑を台無しにする害獣だった。
「畑が壊される!」
農夫が悲鳴を上げる。
村人たちが慌てて槍を構える。だが俺は叫んだ。
「待て! 殺すな!」
「な、何を言ってるんだトリス!」
「放っておいたら畑が……!」
「違う。あいつの力は使える。掘らせるんだ!」
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俺は即座に采配を発動し、村人たちへ指示を飛ばした。
「周りを囲め! 縄を用意しろ! 光と音で進路を塞げ!」
混乱の中、松明を持った若者たちが走り出し、農夫が縄を引きずってくる。
ラットモールは不快そうに鼻を鳴らしながらも、光と大声に進路を変え、用水路の溝に誘い込まれた。
「今だ! 縄をかけろ!」
「おおっ、動きが鈍ったぞ!」
数人が縄を投げ、太い体に巻き付ける。
暴れるたびに土が飛び散るが、次第に動きは鈍くなり――ついに巨体は倒れ込んだ。
「……捕まえたぞ!」
歓声が上がり、緊張が解けた。
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ラットモールを広場に運び込み、檻を作って閉じ込める。
「こんなもん、どうするんだ」
「殺して肉にするのか?」
村人たちがざわめく中、俺は静かに首を振った。
「いや、こいつは職人だ」
「職人……?」
「見ただろう。地面をあんなに速く掘る。普通の人間じゃ何日もかかる作業を、一瞬でやってのけるんだ」
そう言って俺は土に手を当てた。
「道だけじゃない。倉庫の基礎、水路、地下の貯蔵庫……そしていずれは――温泉だって掘れるかもしれない」
村人たちは息を呑み、顔を見合わせる。
「温泉……?」
「そんな夢みたいな……」
「いや、トリスの言うことなら……」
最初は疑いの声もあったが、ラットモールの力を目の当たりにしていた者ほど、目を輝かせていた。
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こうして、ラットモールは「掘削職人」として飼い慣らされることになった。
村人たちは餌を用意し、少しずつ調教を進める。
慣れてくると、街道の掘削作業を手伝わせることに成功した。
「見ろよ! まっすぐに掘っていく!」
「こんなに楽になるなんて!」
土を均すのは人間の役目だが、掘る苦労は半分以下になった。
腰を痛める者も減り、村全体の作業効率は劇的に上がった。
檻の中でラットモールは鼻を鳴らす。
かつては恐怖と憎悪の対象だったその姿に、今は子供たちが石を投げる代わりに草を与え、
「掘ってくれてありがとう」と声をかけるようになっていた。
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その夜。
焚き火を囲んで、老人がぽつりと言った。
「温泉か……わしは長生きして、孫たちと入ってみたいもんだ」
笑い声が広がり、夢を語る声が次々に続いた。
村の未来が少しずつ膨らんでいくのを、俺は確かに感じていた。
(害獣ですら、工夫次第で仲間になる。ならばこの村は、もっと強く、大きくなれる)
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次に現れたのは、大きなバッタだった。
「空を見ろ!」
「うわっ、なんだあれ!」
西日を遮るほどの群れが押し寄せる。
《ロックバッタ》。
殻が岩のように硬い、大型の飛蝗だ。
奴らは畑の葉を次々に食い荒らし、農夫たちは頭を抱えた。
「畑がなくなる!」
「落ち着け、捕まえろ! 網を広げろ!」
俺は指示を飛ばし、村人たちは焚火を焚いて群れを追い込み、網で捕らえた。
炙って食べてみると――。
「……うまい!」
「腹に溜まるぞ、これ!」
畑を荒らす害虫は、やがて村を救う食料へと変わった。
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だが、最後に現れた敵は容易ではなかった。
森の奥から響く遠吠え。
次の瞬間、灰色の巨影が飛び出した。
《ストーンウルフ》。
その皮膚は岩のように硬く、槍も矢も弾き返す。
「固すぎる!」
「槍が折れる!」
村人たちが後退する中、俺は叫んだ。
「目と足元を狙え! 弱点を突け!」
恐怖で足がすくんでいた若者たちも、必死に槍を突き出し、狩人たちは矢を放つ。
鋭い突きが目を貫き、狼が絶叫する。
その隙に別の槍が脚を突き、巨体が崩れ落ちた。
「……やった!」
「倒したぞ!」
歓声が上がり、疲労と安堵が入り混じった笑顔が広がる。
討伐したストーンウルフを解体してみると、その皮膚がただの毛皮ではなく、鉱質に近い石化繊維であることがわかった。
「こいつ……削ると板のようになるぞ」
「軽いのに硬い! まるで鉄と石の間みたいだ!」
試しに小屋の壁材に当ててみると、火にも強く、叩いてもびくともしない。
「これは……家を建てるのに使える!」
「倉庫や柵にすれば、魔物に襲われても壊されないぞ!」
村人たちは目を輝かせた。
魔物を倒しただけでなく、その身体が村の暮らしを支える資材へと変わったのだ。
俺は頷き、口にする。
「道だけじゃない。村の暮らしを守る材料にもなる……これで、皆がもっと安心して眠れる」
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街道はどんどん伸びていった。
泥に沈まない、確かな道。
笑顔で誇らしげにその上を歩く村人たち。
「これで商人が戻ってくる!」
「交易が始まれば村は豊かになるぞ!」
「子供たちに腹いっぱい食わせられる!」
未来を語る声は止まらなかった。
だが俺だけは、笑いながらも胸の奥に冷たい感覚を覚えていた。
(……アントが規則的に現れるのは、偶然じゃない。
巣が、もっと深くにある。いずれ……)
道は伸びていく。
その先に希望があるのか、災厄が待つのか。
まだ誰も知らなかった。
初投稿です!みなさんおてやわらかにお願いします。
AIをとーても使いながらの執筆となっております。




