弟子入り
とんでもないスピードで投稿を続けております。甘い蜜蝋です。みなさんよろしくお願いします。ランキング情報が日々出てきてワクワクしてます。ただ、投稿スピードが異常なのでこっそり修正もしております!ごめんなさい。
王都の夏は、石畳から立ちのぼる熱で空気が揺れていた。
孤児院の庭では子どもたちが桶の水を頭からかぶって歓声を上げ、蝉の声が絶え間なく降ってくる。十一歳の俺は、その日も汗を拭きながら水桶を運んでいた。
「ねえ、トリス」
背からかかった声に振り向く。アリアだ。栗色の髪をひとつに結い、汗に濡れた額を指でぬぐいながら、涼しい瞳だけは真っ直ぐだった。
「時間ある? もし平気なら、うちの工房に来ない?」
工房――その一言で、桶を抱えた腕が固まった。
「鍛冶屋の……?」
「そう。父さんの工房。名前は知ってるでしょ」
「聞いたことはある。でも、中は……」
アリアは口の端を上げる。
「じゃあ、見てみなさいよ。あんた、案外そういうの好きそうだし」
「俺が?」
「いつもじっと見てるじゃない。観察する目は鍛冶の半分よ。火と鉄は“見てわかる”人の方が伸びるから」
挑発にも似た言い方に、胸の奥がかっと熱を帯びた。孤児院の欠けた器や錆びた鍋しか知らない俺にとって、鍛冶は遠い世界だ。けれど、だからこそ――惹かれた。
「……俺なんかが行ってもいいのか?」
「父さんは厳しいけど、筋が通ってる子は追い返さない。続ける覚悟があるなら、ね」
◇
王都の外れ。瓦が白く光を弾く一角に、その工房はあった。扉を押し開けた瞬間、夏の熱がまるで冷風に思えるほどの熱気が、全身を包む。
炉の奥で鉄塊が真紅に脈打ち、ふいごが鳴る。
火箸で持ち上げられた鉄に、巨大な槌が――
ガァンッ!
爆ぜる火花。視界を切り裂く白。皮膚を掠める熱。肺の奥まで熱が落ちてきて、言葉がこぼれる。
「すげえ……」
「アリア。誰だ、そいつは」
低く響く声。振り向けば、煤まみれの大男――鍛冶師ガルド。鋼のような眼で、こちらを一瞥するだけで背筋が伸びた。
「孤児院の友達。トリスよ」
「冷やかしか」
「違う。ただ見せたかったの。……たぶん、向いてるから」
ガルドの視線が俺を射抜く。火より熱い目だ。喉が乾く。
逃げない。俺は一歩出て、言った。
「……本気で見たいです。やってみたい。鉄を、打ちたい」
一拍の沈黙。火の爆ぜる音だけが続く。
やがて、ガルドの口元がほんの少しだけ歪んだ。
「子どもに槌が振れると思うか」
「思います。力は足りない。でも――しぶとさはあります」
「しぶとさ?」
「はい。何度失敗しても、やめません」
ガルドの目に、微かな光。
「……口だけではなさそうだな」
「お、誰だ?」
背から明るい声。振り返ると、煤に笑顔がよく映える青年が立っていた。腕には火傷の跡、額の汗がきらりと光る。カインだという。
「孤児院のトリス。今日から鍛冶をやりたいって」アリア。
「へぇ。子どもが? 槌なんて持ったら腕が折れるぞ」
「折れても、やめません」
即答に、カインが目を丸くし――次の瞬間、豪快に笑った。
「ははっ! いい根性だ。気に入った!」
「カイン、からかわないの」
「本気だよ。俺だって最初は似たようなもんだったし」
ガルドが槌を置き、ゆっくりと俺の前に立つ。
「いいだろう。だが条件がある」
「……条件?」
「続けろ。三日で音を上げるなら、今ここで帰れ。途中で投げたら二度と門をくぐるな」
その声に嘘はなかった。炉の熱よりも真っ直ぐだ。
俺は汗を拭い、背筋を伸ばし、はっきりと言う。
「はい。続けます」
「なら今日から“弟子見習い”だ。槌はまだ握らせん」
「……え?」
「工房は土台で決まる。まず掃除。鉄屑を分けろ。炭は大・中・小に選別。水槽は澄ませ。火箸の数を数え、曲がったらすぐ申告。ふいごは二拍一息――『押して、溜めて、吸う』。手は絶対に濡らすな、火傷が深くなる」
矢継ぎ早の指示に、思わずうなずく。
カインが箒を渡し、いたずらっぽくウィンクした。
「ようこそ、火花の畑へ。ここは毎日、汗で耕す畑だ」
「畑?」
「そう。叩いた分だけ芽が出る。サボれば草が生える。わかりやすいだろ?」
アリアが横で笑って肩をすくめる。
「ね、言った通りでしょ。観察できる人は強いの」
「……連れてきてくれて、ありがとう」
「礼は“続けて”からにして」
◇
最初の仕事は、鉄屑の選別だった。
釘の折れ、刃の端、未知の破片――磁石で鉄を引き、使える厚みと幅で籠を分ける。錆は落とし、油は拭く。最初は“ゴミ”に見えた山が、仕分けるほど“素材”に見えてくる。
次は炭。
「黒い石じゃない。火の“食糧”だ」ガルドの言葉を思い出しながら、木目の詰まった上炭、中炭、火着け用の割れ炭に分ける。粉は捨てない。ふいごの前に敷けば、熱の逃げ道を塞いでくれる。
水槽の澄ましは、根気の塊だった。
鋼の粉が沈むまで待ち、上澄みを別桶へ移す。何度も、何度も。焦れる気持ちを抑え、表面だけをすくう。途中でアリアがそっと近づいてくる。
「退屈?」
「……いや、面白い。さっきと水の顔が違う」
「それ、もう鍛冶屋の目だよ」
くすりと笑って、彼女は桶を支えてくれた。
ふいごに手をかけると、ガルドが真横に立った。
「二拍一息。押して、溜めて、吸う。音を聞け。火の色を見ろ」
「……はい」
押す。溜める。吸う。
火が赤から橙へ、橙から黄へ。耳の奥で“息”をする音がわかってくる。
「リズムは悪くない」
ガルドの短い言葉が、やけに嬉しかった。
昼。
「飯だ。作業は手を止めて食え。腹が減ると判断が鈍る」
炊きたての麦粥と塩気の強い干し肉。汗で失った塩が戻るのがわかる。アリアが湯を注ぎながら、少し声を潜めた。
「父さんの掟、覚えられた?」
「続けろ。嘘つくな。報告・連絡・相談を怠るな。火の前では見栄を張るな……だっけ?」
「満点」
指先で軽くグータッチ。
胸の奥に、小さな火が灯る。
午後。
火箸の先がわずかに曲がっているのを見つけ、カインを呼ぶ。
「よく見た。小さな曲がりが大事故に繋がる。今直す」
石床に置いた火箸を、カインが手際よく叩いて真っ直ぐにする。
「道具は仲間だ。雑に扱えば、いつか刺し返されるぞ」
「……はい」
夕刻。
工房の片隅、空いた台金に小さな鉄片が載った。ガルドが顎をしゃくる。
「触るか?」
「……いいんですか」
「一打だけだ。重さを知れ」
槌を握る。重い。腕が震える。
息を吸い、落とす
ガンッ。
手のひらが痺れ、肩に衝撃が走る。鉄は、ほとんど形を変えなかった。
「角で叩くな。面で受けて面で落とせ」
「……はい」
二打目。
今度は、わずかに平らになった。
「よし、終い。今日は“ここまでできた”を覚えて帰れ」
ガルドはそれ以上、槌を握らせなかった。焦らせない。けれど嘘はつかない。そういう教え方だとわかる。
片付けが終わるころ、カインが肩をぽんと叩いた。
「初日でこれなら上出来。筋がいいよ、弟“見習い”」
「弟子じゃなくて?」
「弟子は“火の前に立つ”ってからだ。今日の立ち位置はもう半歩手前。すぐ追いつくさ」
アリアが横で笑って、少しだけ真面目な顔で言う。
「続けるって、口で言うより難しいよ。けど、トリスはやれる」
「……ああ。やる」
工房を出ると、夕風が熱を奪っていった。
空は茜、屋根瓦は金色、遠くの塔が白く伸びている。
手のひらは真っ赤。肩は重い。けれど胸は、妙に軽かった。
十一歳の夏、俺は火と鉄の前に立つ場所をもらった。
“続ける”と約束した。
明日もふいごを踏み、炭を選び、水を澄まし、少しずつ面で落とす。
いつか、自分の刃を打つ日のために。
「トリス」
帰り道、アリアが横で歩調を合わせる。
「今日の顔、よかったよ。……鍛冶屋の顔」
「そう見えた?」
「うん。覚悟、ってやつ」
照れくさくて、つい別のことを言う。
「明日、早く来る。ふいごのリズム、もう少し詰めたい」
「なら、朝のパンは私が持ってく。焼きたてのやつ」
「……助かる」
「お礼は続けることで。ほら、言ったでしょ」
夕暮れがゆっくり落ちていく。
火の匂いがまだ鼻に残っている。
俺は拳を握り、心の中でもう一度だけ、約束を繰り返した。
続ける。失敗しても、やめない。
火と鉄に、嘘をつかない。
十一歳の夏。弟子入り編、開幕だ。
初投稿です!みなさんおてやわらかにお願いします。
AIをとーても使いながらの執筆となっております。




