紅晶の群れ
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蒼晶の眠る洞 第37層
紅い閃光が、蒼の世界を切り裂いた。
「下だッ、アリア!」
叫びと同時に矢が放たれる。
鋭い弦音。火花のように閃く矢は、突進してきた紅晶狼の爪を弾いた。
地面が抉れ、結晶片が飛び散る。赤く燃える粒子が宙に舞う。
「くっ、速すぎる……! こいつら、もう目で追えない!」
「なら感覚で動け!」
トリスの声にアリアが舌打ちしながら再装填。
その背後を、銀狼アージェが突進した。
紅と蒼の光がぶつかり合い、洞窟の空気が爆ぜる。
蒼晶の壁が反射する光が激しく瞬き、まるで昼間のように明るい。
紅晶狼が二体、三体と姿を現す。
背中から赤い結晶が生え、目は灼けるような光を放っていた。
「……まるで、層そのものが呼吸してるみたい」
ミーナが魔導計を展開する。
針が狂ったように震え、数値が跳ね上がる。
「やっぱり……紅晶が共鳴してる! この階層の魔力を群れ全体で増幅してるの!」
「数はいくつだ?」
「二十体超え……いや、もっと来るわ!」
「十分だ」
トリスが刀《繋》を抜く。
蒼の閃光が走り、洞窟の空気が一瞬で引き締まった。
「行くぞ! アージェ、前へ! アリア、側面援護! ミーナ、支援を頼む!」
「了解!」
「任せて!」
雷鳴のような咆哮とともに、戦場が動く。
アージェの《魔障壁》が展開し、紅晶狼の群れの牙を受け止める。
刹那、ルメナが上空から舞い降りた。
小さな海竜が紅光を裂き、蒼い軌跡を残す。
翼から散る光が、紅晶の輝きを打ち消していく。
「ルメナ、いいぞ! そのまま上を取れ!」
“キュルッ!”
鳴き声と同時に、紅狼たちが一斉に天を仰いだ。
その隙を、アリアが逃さない。
「落ちろ!」
連射。矢が紅晶の眼を撃ち抜き、光が爆ぜる。
紅狼が苦鳴を上げて崩れ落ちたが、すぐさま後続がその体を踏み越えてきた。
倒した端から、地面の結晶が光を放ち、再び形を成そうとする。
「再生してる!? いや、違う……結晶が“記憶”を持ってる!」
ミーナの声に、トリスが振り返る。
「つまり、壊しても意味がないってことか」
「ええ。群れ全体で“ひとつの核”を共有してる!」
「なら、切るしかねぇな。根を!」
トリスは刀を構え直した。
雷が走り、蒼光が紅を裂く。
「《雷断閃》――!」
刀が閃き、地面を走る紅晶の脈を断ち切った。
稲妻が走り、紅晶の光が一瞬止まる。
その瞬間、空気が変わった。
洞窟全体が唸り声を上げ、奥から轟音。
「……嫌な音がするな」
「きっと“親玉”が来るわ」
ミーナの声に、アリアが口元を引き結ぶ。
蒼晶の壁が崩れ、巨大な影が姿を現した。
他の紅晶狼の倍以上の体躯。背中に紅の結晶が山のように積み上がり、喉の奥で灼光が脈打っている。
「紅晶王狼……!」
ミーナが呟く。
紅い風が吹き抜け、髪が揺れる。
ルメナが低く唸り、アージェが前へ出る。
「アージェ、右から! アリア、左! ミーナ、補助結界を!」
「了解!」
「もうやってる!」
紅と蒼の光が交差する。
王狼の咆哮が轟き、紅の波動が奔る。
その中心にトリスが突っ込む。
「――《雷環》!」
刀に雷が走り、衝撃波が広がる。
紅晶が砕け、蒼光が閃く。
だが、王狼は怯まない。
尾が薙ぎ払い、壁が砕け、蒼晶片が飛び散る。
その隙をつき、アリアが矢を撃ち込み、アージェが噛みついた。
ミーナの《蒼環》が展開し、紅と蒼のエネルギーがせめぎ合う。
「トリス! 胸の結晶が核よ!」
「取った!」
刀が唸る。雷光が紅を貫き、紅晶王狼の胸を裂いた。
轟音。
紅の光が砕け、蒼晶が空へ舞い上がる。
爆風とともに、紅と蒼の光が混ざり合い、虹のような閃光を放った。
⸻
静寂。
空気が落ち着き、紅の残光が淡く揺れる。
ミーナが魔導計を見つめ、息をついた。
「共鳴、完全に消失……群れの繋がりも断たれたわ」
トリスは刀を収め、肩で息をつく。
「ふぅ……これで三十七層、突破だな」
ルメナが“キュルッ”と鳴き、蒼い光を散らす。
ノクスが影から現れ、尾を揺らしてトリスの足元に擦り寄った。
「みんな、ナイスだ」
アリアが笑いながら肩を回す。
「ほんとよ。あんなの、もう出てこないでほしいわ」
「それは無理ね。ここからが本番よ」ミーナが微笑む。
「紅晶と蒼晶……この層から、何かが始まってる」
トリスは前方を見つめた。
奥で、蒼と紅が交わる光。
それは、まるで“次の層が呼んでいる”ように揺らめいていた。
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