紅晶の呼び声
このまま、1日2話更新で年内走り抜けますが、更新の時刻はまちまちになります。すみません。
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夜のハルトンは、妙に静かだった。
風が止まり、灯りの揺らぎさえも息を潜めている。
まるで街全体が――地の底で何かが“目を覚ます音”を聞き取ろうとしているみたいだった。
「……また、反応が出てる」
ミーナが魔導計を覗き込む。
針は振り切れたまま、戻る気配がない。
「蒼晶坑の魔力濃度、昨夜から上昇しっぱなし。しかも、波長が紅く偏ってるわ」
「紅?」
アリアが眉をひそめる。
「この前の紅晶の反応、まだ続いてるってこと?」
「ええ。それも――拡がってる」
ミーナの声は低く、張りつめていた。
窓の外。遠くの地平が、ほんのりと紅く揺れている。
それは火ではない。地面の下から滲む、光だった。
ルメナが小さく羽を震わせる。
“キュルゥ……”
その鳴き声と同時に、外の紅光が強まった。
まるで、互いに呼応しているように。
「……今、光がルメナに反応した」
ミーナが息を呑む。
「紅晶は竜種に“感応”してる。まるで、呼んでるみたい」
アリアが弓を背にかけ、窓辺に寄った。
「呼んでる? どういう意味?」
「わからない。でも……蒼晶とはまったく別の法則で動いてる。
あれは“生きてる”の。意志を持ってる」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ張り詰めた。
窓の外――地脈の光が、脈動のように明滅を繰り返していた。
⸻
翌朝、俺たちは紅晶坑へ向かった。
夜明け前の霧の中、地面の下から赤い光が脈を打つ。
まるで世界の心臓が鼓動しているようだった。
坑道の入口に立つと、空気が肌にまとわりつく。
蒼の光の奥で、紅の揺らぎが脈打っていた。
「……昨日より濃いな」
「ええ、まるで夜の間に育ったみたい」
ミーナが魔導計を構える。
数値は跳ね上がり、針が異音を立てて震えた。
「蒼晶が、紅晶に変換されてる……。
魔力を吸われて、別の“結晶生命”に作り替えられてるのよ」
「つまり、蒼の循環を喰って生きてるってことか」
「ええ。それも、かなりの速度で」
奥へ進むと、壁一面に紅晶の花が咲いていた。
蒼晶の光を呑み込みながら、ゆっくりと根を張り伸ばしている。
その光景は――美しくて、怖かった。
「……まるで、血管みたい」
アリアが呟く。
その瞬間、ルメナが羽を広げ、淡い鳴き声を上げた。
“キュルルゥ……”
紅晶の群れが、同じリズムで脈打つ。
まるでその声に“返事”をしたみたいだった。
「トリス……いま、ルメナに反応したわ!」
「やっぱり“呼んでる”んだな……」
次の瞬間――
紅晶が光を放ち、坑道全体が真紅に染まった。
空気が震え、耳鳴りが走る。
『――竜の雛よ。紅の息吹を継げ。』
声が響いた。
誰のでもない、けれど確かに意味を持つ“声”。
地の底から直接、頭の中に響いてくる。
「っ、トリス!? 紅晶が……共鳴してる!」
ミーナの叫びが遠くに聞こえる。
ルメナの体が熱を帯び、翼の縁が紅く光り始めた。
俺は咄嗟に抱き寄せる。
「ルメナ、無理するな!」
しかし、紅晶は止まらない。
光が空間を満たし、洞窟の形さえ歪んでいく。
「だめ、これ以上は――」
「ミーナ、《蒼環の理》で抑えろ!」
「やってるけど、紅が喰ってくる! 吸い返されてるの!」
轟音。
空気が裂け、紅と蒼の光が衝突した。
熱気が爆ぜ、視界が真っ白に染まる。
⸻
――静寂。
光が消えたあと、そこに残っていたのは、静かな脈動だけ。
ルメナは俺の腕の中で小さく身を震わせていた。
その鱗が、微かに紅を帯びている。
「……大丈夫か?」
“キュルッ”
小さく鳴く。その瞳が、金から淡い紅に変わっていた。
ミーナが計測器を覗き込む。
「魔力値……上がってる。紅晶の魔力を一部取り込んだのね。
でも暴走はしてない。むしろ安定してる……不思議」
「進化……したのか?」
「かもしれない。紅と蒼、二つの属性を併せ持つ存在なんて前例がないわ」
アリアが静かに笑った。
「つまり、ルメナが紅晶の“選ばれし竜”ってことね」
「……選ばれた、か」
俺は紅く光る坑道の奥を見つめる。
光は静かに脈打ち――まるで眠りについたように落ち着いていた。
⸻
坑道を出たとき、朝の光が差していた。
東の空が淡く紅を帯び、霧がゆらゆらと揺れる。
その空の下で、ルメナが翼を広げた。
光が鱗に反射し、紅と蒼が溶け合う。
小さな竜の身体が、まるで夜明けそのもののように輝いていた。
「……新しい一日って感じね」
アリアが息をつき、ミーナが微笑む。
「でも、たぶん始まったばかりよ。この紅晶現象……“前兆”にすぎない」
ルメナが空を見上げ、ひとつ鳴いた。
“キュルゥ……”
その声が紅と蒼の光をかき混ぜ、空気が震えた。
俺は空を見上げながら、胸の奥で確信する。
「紅晶の呼び声。これは、まだ序章だ」
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