魔導研究所ハルトン支部、最初の研究
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夜のハルトンは静かだった。
領主館の裏手――古い倉庫を改装した建物の中に、淡い灯がともっている。
そこが、今日から“王立魔道研究所ハルトン支部”の拠点だ。
机の上には、魔導計・魔力導線・蒼晶標本。
棚には王都から送られてきた文献の束。
そして部屋の中央には、ミーナがいた。
「ふふ……やっと、始まるんだね」
彼女の瞳は、夜よりも明るい光を帯びている。
頬に浮かぶ疲れの色さえ、今は喜びに見えた。
「改装、間に合ったな」
俺は手を組んで室内を見回す。
「王都の支部より立派じゃないか?」
「当たり前。ここ、私が設計したもの」
「ミーナ設計って聞くと、なんか爆発しそうで怖いんだが」
「失礼ね」
アリアが笑いながら蒼晶灯を調整した。
「でもさ、王立の支部って聞くとすごいけど、実際ここにいるのって私たちだけでしょ?」
「人手はこれからね。まずは“何を研究するか”を決めないと」
ミーナが白衣を羽織り、机の前に立つ。
その表情は、完全に研究者のそれだった。
「王都からの支援は三ヶ月分。
必要経費は私の裁量で使えるけど、成果を出さなきゃ打ち切りになる。
だから、最初のテーマを決めたいの」
「ふむ」
俺とアリアが頷く。
ミーナは黒板代わりの蒼晶板に指を走らせた。
光の文字が浮かぶ。
⸻
【候補】
① 蒼晶共鳴の安定化理論
② 雷属性と蒼属性の魔力干渉
③ ダンジョン生態と魔導循環の関連
④ 従魔との魔導共鳴進化
⸻
「この四つを考えてる」
「……四番目」アリアがすぐ指を挙げた。
「従魔の進化、興味あるでしょ? ねぇルメナ?」
ルメナが“キュルッ”と鳴き、翼をぱたぱたと揺らす。
ノクスが影の中で尻尾を打ち、アージェが静かに唸る。
「従魔は確かに重要ね」ミーナが頷く。
「けど今は観測装置が足りない。生体魔導流の解析機材がまだ届いてないの」
「じゃあ①か②だな」俺が言った。
「蒼晶の安定化なら、氷亜竜戦で得たデータがある。
あれを理論化すれば、研究成果として提出できる」
「それもいいけど……」
ミーナは小さく首を振った。
「私は“未知”を研究したいの」
「未知?」
「うん。これまでの蒼晶研究は“安定させる”ことが目的だった。
でもトリス、あなたの雷は蒼晶を壊さなかった。
むしろ“共鳴”したの。普通ならありえない」
「つまり……」
「“雷と蒼”の融合現象。
それが、この地の蒼晶を変えてる可能性がある。
私はそれを『属性干渉共鳴』と仮定したいの」
アリアが息を呑む。
「それ、王都の魔導士が何十年も失敗してる分野よ?」
「だからこそ、やる価値があるのよ」
ミーナの声には一切の迷いがなかった。
「蒼晶は静の力。雷は動の力。
相反する二つが、トリスの魔力を媒介に“安定化”している。
この現象を数値化できれば、新しいエネルギー理論が生まれる。
……つまり、魔導そのものを再定義できるの」
「やっぱりお前はすごいな」
俺は笑って言った。
「でも、それを研究するには――俺がまた危険なことになるな」
「うん。あなたを実験体にする」
「やっぱりそうなるのか」
アリアが吹き出した。
「まぁ、トリスが爆発したら“雷と蒼の境界線”って論文タイトルにできるじゃん」
「物騒な冗談をやめろ」
ミーナは小さく笑いながら、真剣な眼差しで俺を見る。
「トリス。
もし本当に“雷と蒼”の融合が起こってるなら――
あなた自身がその証明なの。
私は研究者として、それを見届けたい」
その瞳に宿るのは恐れではなく、純粋な探求の炎だった。
「……いいだろう」
俺は頷いた。
「やるなら徹底的にやる。
俺の雷が新しい理になるなら、悪くない」
ルメナが“キュルッ”と鳴き、ミーナの肩に飛び乗った。
その光が淡く広がり、机の上の蒼晶が脈を打つ。
「決まりね」
ミーナが笑う。
「ハルトン支部、最初の研究テーマ――
“雷と蒼の属性共鳴に関する実証実験”。」
アリアが拍手を打つ。
「なんか、かっこいいじゃん。
雷伯様が、学術論文の第一号ってわけね」
「やめろ、その呼び方」
「もう定着してるから無理」
笑いが広がる。
蒼晶灯の光が部屋を包み、研究所の空気がほんの少し熱を帯びる。
新しい冒険は、剣でも戦でもない。
知と探求――それもまた、“戦い”のひとつだ。
ミーナが静かにペンを取り、研究記録の一頁目に書き込む。
『王立魔道研究所ハルトン支部 第一研究課題』
雷と蒼の属性共鳴現象について――
被験体:トリス=レガリオン
彼女はペンを置き、微笑んだ。
「さあ、始めましょう。世界を少し、変えてみるわよ」
⸻
こうして、ハルトン支部の最初の研究が動き出した。
それは単なる理論ではなく――
“仲間と共に、未来を拓くための魔導”。
そして、この研究が後に“蒼雷理論”と呼ばれることを、
まだ誰も知らなかった。
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