王立魔道研究所・筆頭魔術師の来訪
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昼下がりのハルトンは、穏やかな風に包まれていた。
街路の蒼晶灯が光を落とし、広場では商人と職人の声が重なる。
ダンジョンから帰還して三日。
身体の疲れは抜けたが、まだ心はあの氷の輝きを覚えている。
「……さて」
俺は領主館の執務机に腰を下ろし、書類を整理していた。
討伐報告、戦利素材の受領書、そして王都宛の報告書。
どれも完璧にまとめてくれたのはミーナだ。
彼女は隣でさらさらとペンを走らせている。
「三十五層突破……こうして書くと、まだ信じられないわね」
「現実だ。あの竜の冷気、もう一度浴びたいとは思わないけどな」
「ふふっ、それは同意」
笑い合った、その時だった。
扉の外から、慌ただしい足音が響いた。
「領主殿っ! 王都からの使節が――!」
「またか」
アリアがドアの向こうから顔を出す。
「王族とか言わないでよ。前に来た時のあの礼儀作法講座、もうごめんだからね」
「残念だが違う。――今度は“魔道研究所”だ」
「え?」
ミーナが手を止めた。
その瞳が、わずかに光る。
「王立魔道研究所の……?」
外で角笛が鳴る。
そして、扉が開かれた。
入ってきたのは、漆黒のローブをまとった一人の女性。
銀の髪が腰まで流れ、瞳は紫紺に輝いている。
手にした杖の先では、淡い蒼光が絶えず瞬いていた。
彼女は一目で“只者じゃない”と分かった。
「初めまして、辺境伯トリス=レガリオン殿。
王立魔道研究所・筆頭魔術師、セレナ・ヴェルティナです」
声音は冷ややかだが、不思議と耳に心地よい。
知性と魔力の気配が混ざったような、張り詰めた雰囲気。
「筆頭魔術師……?」
アリアが小声で呟く。
「やば、王国最高峰の天才魔女が来ちゃったじゃん」
「おい」俺が目で制するが、セレナはくすりと笑った。
「構いません。私のことは“セレナ”と呼んでください。
形式よりも実験と理論が優先ですから」
言葉の端々から漂う自信。
だが、それは驕りではなく、確固たる成果を積み上げた者の響きだった。
「さて、本題に入りましょう」
セレナは杖を軽く振り、空中に蒼い魔導陣を浮かべる。
その中心に映し出されたのは――氷亜竜の魔核、レギオンコア。
「これはあなたの報告を受けて再現した物ですが、あそこの小さい竜の子にあげた核ですね?」
「ああ。俺たちが三十五層で討伐した竜の核と同じだな」
「驚異的な安定度だったようです。通常、竜種の核は短時間で崩壊しますが……この映像の核は完全に沈静化している」
セレナの瞳が、ミーナへと向いた。
「理由は、あなたの魔導干渉制御ですね」
「……私の?」
ミーナが目を瞬かせる。
「はい。あなたが《蒼環の理》を使って、周囲の共鳴を中和した。
その結果、核の魔素が暴走せず、形を保ったまま安定化した。――これは前例のない現象です」
ミーナが息を呑む。
「……偶然、かと思ってたけど」
「偶然ではありません。
あなたの理論は王立研究所の記録を五つ塗り替えたわ。
だから、正式にお願いに来ました」
セレナはゆっくりと歩み寄り、書簡を差し出した。
「ミーナ・エイル。
あなたに、“王立魔道研究所ハルトン支部”の設立を任せたい。
私は本部から派遣された監督官として、その立ち上げを支援します」
「……わ、私が……支部長?」
「ええ。あなたの探究心と理論体系は、もはや学術的に独立している。
『研究所があなたに追いつく』――それが陛下と私の一致した見解です」
部屋が静まり返った。
ミーナは手の中の封書を見つめ、声を失っていた。
「すごい……本当に、任されるなんて」
「当然の結果よ」アリアが笑う。
「やっと、あんたの“頭の中”が国に認められたの」
セレナの口元がわずかにほころぶ。
「ふふ、いい仲間を持ちましたね。
トリス辺境伯。あなたにも協力をお願いしたい。
次なる探索、“蒼鳴層”に関するデータを取ってきてほしいのです」
「蒼鳴層……?」
「はい。第三十六から四十層。
以前は観測されていなかったのですが、現在、音によって蒼晶が振動し、魔力が“共鳴波”を発する異常層となっていると報告を受けており、通常の魔導計では解析不能。……あなた方しか潜れません」
「……面白そうだな」
俺は小さく笑った。
「やる理由としては十分だ」
ミーナが顔を上げ、瞳に火を宿す。
「支部長として、初任務にさせてもらいます。
データと標本を必ず持ち帰るわ」
セレナが満足げに頷く。
「期待しています。あなたたちのような者がいる限り、王国の魔導は進化を止めません」
彼女は杖を軽く叩き、光を散らす。
魔導陣が空に溶けると、部屋の空気が少し柔らかくなった。
「さて、私は本部へ報告に戻ります。
準備が整い次第、研究設備をこちらへ送りますね。
あぁ、それと」
振り返りざまに、セレナが微笑む。
「あなた方のような“現場の魔導士”を見ると、少し羨ましくなります。
……やはり、私は研究室より戦場の方が好きみたいです」
アリアがくすっと笑った。
「筆頭魔女なのに? そりゃ面白い」
「人は魔導を愛する形が違うだけですよ」
そう言い残して、セレナは優雅に去っていった。
⸻
その夜、ミーナは封書を胸に抱えたまま、バルコニーに立っていた。
蒼晶塔が月光を受け、街を淡く照らしている。
「……本当に、支部長になっちゃった」
「おめでとう」
俺が隣に立つ。
「領主としてじゃなく、“仲間として”誇りに思う」
ミーナが小さく笑った。
「ありがとう。でも……プレッシャーもあるの」
「なら、俺が全部受け止める」
「トリス……」
その一言に、風がやさしく吹き抜けた。
下の庭では、ルメナが星の下で小さく鳴いている。
アージェが見上げ、ノクスが影の中で目を光らせた。
ハルトンの夜は静かで、そして確かに動き出していた。
――魔道と冒険の新たな章が、ここから始まる。
⸻
こうして、ミーナは「王立魔道研究所ハルトン支部長」として正式に任命された。
天才魔女セレナ・ヴェルティナの推薦と共に。
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