第35層突破 ― 帰還と微かな変化
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戦いの余韻が、まだ指先に残っていた。
蒼い粒子が舞う静寂の洞窟。
さっきまで暴れていた氷亜竜の残滓が、蒼晶の粉になって光の中に溶けていく。
ルメナが肩の上で小さく羽を震わせた。
その金の瞳が、床に転がる蒼い結晶――レギオンコアを映している。
「これが……“亜竜の核”」
ミーナが手を伸ばし、そっと拾い上げた。
掌に乗ると、コアは脈を打つように淡く明滅する。
氷のようで、どこか温かい光だった。
「……トリス、鑑定してみて」
「了解」
俺は掌をかざし、魔力を流す。
――《真鑑定》――
[レギオンコア]
氷亜竜の魔力核。
蒼晶と竜種の魔素が融合した希少結晶。
高密度の冷気属性を持ち、同系統の生物に吸収されることで「氷耐性」「共鳴制御」などの力を付与する。
「……竜の核、か」
「“素材”かもね」ミーナが頷く。
「これ、ちゃんと調整すればルメナに合うわ。
亜竜とはいえ、同じ竜種の系統だし、相性は悪くないと思う」
ルメナが“キュルッ”と鳴いた。
光の尾を描きながら近づき、俺の手に乗る。
その小さな爪先でコアを“つん”と突くと、結晶が淡く鳴いた。
まるで「それを、ください」と言っているみたいに。
「……大丈夫かな?」
アリアが眉を上げる。
「大丈夫。危険な共鳴は感じない」
ミーナが微笑み、魔導計を構える。
「むしろ、引かれ合ってる。今のままなら、吸収しても暴走はしないわ」
「よし」
俺はコアをルメナの前に差し出した。
「お前の戦利品だ。――やってみろ」
ルメナは短く鳴き、コアをそっと咥えた。
光が口元から体内へ流れ込み、胸のあたりがふわりと蒼く光る。
そのまま数秒――そして、
“キュルルルゥ……”
柔らかな音を残して、ルメナの身体が淡く輝いた。
次の瞬間、彼女の翼が一回り大きくなり、鱗の輝きがわずかに濃くなる。
冷気を纏った風がふっと吹き抜け、蒼晶がかすかに共鳴した。
「……おお」
アリアが目を瞬かせる。
「なんか、前より光ってない?」
「うん。魔力の循環が変わってる」
ミーナが計測盤を見ながら言う。
「純粋な強化だわ。冷気を吸収して“推進力”に変換してる。
つまり、氷の環境での飛行や回避が格段に上がったの」
ルメナが嬉しそうにくるりと回る。
その翼から散る光が、氷の壁に星のように反射した。
小さいけれど、確かな進化。
「……よくやったな」
俺が笑うと、ルメナは胸を張るように羽を広げ、“キュルッ”と鳴いた。
ノクスが影の中で尻尾を揺らし、アージェが低く吠える。
まるで「おめでとう」と言っているようだった。
⸻
戦いの熱が冷めると、疲労が一気に押し寄せる。
壁に寄りかかると、氷越しに脈のような音が伝わってきた。
……ここが、まだ“洞窟の中”だということを思い出させる音。
「三十五層……突破ね」
ミーナが深く息を吐いた。
「これで帰還ポイントが更新されるはず」
「よくぞ言ってくれた。俺は今、温かい湯に入りたい」
アリアがだらりと肩を下げる。
「というか、背中凍ってるんだけど」
「帰ったらテルマハルト温泉郷、貸切ね」
ミーナが微笑む。
「領主権限で」
「よし、最高だ」
笑いながら、俺は腕輪を起動した。
光が溢れ、足元に転送陣が展開する。
「ハルトン、帰還地点設定。――発動!」
眩しい光が広がり、蒼の風が身体を包み込む。
視界がほどけ、重たい冷気が少しずつ遠ざかっていく。
⸻
次の瞬間、あの懐かしい空気が肌を撫でた。
夜のハルトン転送広場。
空気は温かく、灯台の蒼晶灯が優しく揺れている。
遠くから聞こえる鍛冶の音、人々の笑い声――どれもが生きている音だった。
「……帰ってきたな」
俺が呟くと、ルメナが“キュルッ”と鳴いた。
翼がひときわ強く光り、蒼晶塔の光が反射して夜空に花のような輝きを散らした。
「おかえり、だね」
ミーナが微笑み、アリアが伸びをする。
「ふぁー……久しぶりに、地面が柔らかい」
ノクスが影から出てきて、屋台の匂いに鼻をひくつかせる。
アージェは尾を揺らしながら、広場の中央に腰を下ろした。
――この光景。何度見ても、胸が熱くなる。
「みんな、今日はもう休もう。
明日からは報告と整備、それと……」
ミーナが俺を見上げる。
「亜竜種素材の解析?」
「ああ。今度は“武具への転用”も試したい。
もし可能なら、従魔用の防具にも応用できる」
「やることいっぱいね」アリアが笑う。
「でも、そういうの嫌いじゃない」
「私も」ミーナが頷く。
「……そして次は、もっと深くへ」
ルメナが羽を揺らし、夜空を仰いだ。
ひとまわり大きくなったその背に、柔らかな風が流れる。
蒼晶塔の光が、まるで祝福のように彼女の羽を照らした。
⸻
こうして第35層の冒険は幕を閉じた。
凍える洞窟の奥で見つけたのは、強さでも名誉でもなく
仲間の進化と、確かな帰る場所だった。
俺たちは笑いながら、ハルトンの街の灯へと歩き出した。
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