宰相ベルド追跡(前編)—黒い金箱
評価ポイント押してもらってたり、最後に親指グッドとかの数が増えてたり、ランキング情報が日々出てきてワクワクしてます。ただ、投稿スピードが異常なのでこっそり修正もしております!ごめんなさい。
夜。
評議会が散り、人波がようやく薄れたころ。
俺たちは北区の高台にある、宰相ベルドの別邸へ向かっていた。
表向きは“焼け残りの査察”。
実際は――“黒い金箱”の押収だ。
⸻
「警備、三十前後。見張りは屋根に二、裏門に四」
アリアが屋根影から戻り、低く告げる。
その目は獲物を見つけた鷹みたいに冷たかった。
ノクスが雨樋の影に身を溶かし、尾だけで二度、門の方を指す。
裏手の蔵に火薬臭、そして湿った“川の匂い”。
《情報網》を通して、地下に抜け道があると伝えてきた。
「逃げ道から潰すわ」
アリアが二指を立てた。
「私とノクスで屋根と裏門。アージェは門前で“音”を止めて。トリスは金箱へ一直線」
「了解。最短で行く」
視線が交わる。言葉より先に、呼吸が合った。
⸻
蔵の軒を回ると、床板の下から微かな水音が響いた。
やっぱり川と繋がっている。
俺は掌を伏せ、微弱電流で床下の金属をなぞる。
釘、蝶番、錠前のバネ。
全部、頭の中に浮かぶ。
「……三、二、一」
青白い火花が走り、錠のバネだけが外れた。
《電磁誘導》で金具の向きを一瞬ずらす。扉は抵抗なく開いた。
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門前では、アージェが低く咆哮。
銀の面障壁がふわりと展開し、音も矢も飲み込む。
屋根上ではアリアの矢が二連射。見張りの手首だけを射抜いた。
ノクスは影から影へ。
飛ばした小釘が鈴の紐を切り、合図の音が立たない。
静寂が港を包む。
夜風すら息をひそめた。
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蔵の奥の石段を降りるたび、空気が重くなっていく。
突き当たりには黒漆の大箱。
金の金具に“蛇”の紋章。
「……これだ」
箱の前には細針束と硝子球――毒罠。
ミーナが俺の手首に手を添える。
「待って。空気が濁ってる。薄いけど、濃くなるタイプ」
淡い蒼光が彼女の掌に灯る。《蒼環の加護》が回り、空気が澄んでいく。
息がしやすくなった。
毒が“流されていく”のが分かる。
「助かった」
「お礼は後でね。今は集中を」
⸻
俺は金具だけに意識を絞り、磁のベクトルを反転。
“カチリ”という音とともに、細針は眠ったまま。
黒い蓋が静かに持ち上がった。
中には封緘文書。宰相府の金印。
その下には“寄進台帳”――いや、賄賂の帳簿だ。
底の鉛張りの小箱からは、炎弾艦の設計図。
そして“増熱配合”の手引き。
「……十分すぎるな」
あれを使えば、海ごと燃える。
そういうことだ。
⸻
「証拠は押さえた。あとは本人」
その瞬間、乾いた破裂音。
石段の上で空気が弾け、冷気が一気に抜けた。
「止まれっ!」
アリアの怒鳴り声が響く。
ノクスが梯子を滑り降り、俺の足をコツンと小突いた。
顎で川の方角を示す。――裏の舟着きだ。
「本人か」
喉まで出かかった“沈める”を、ミーナが袖を掴んで止めた。
「トリス、港は“聖域”。ここで沈めたら、最初の盟約を破るわ」
「……わかってる」
歯を噛み、頷く。
「なら、正面から追う。証拠はもうある。逃げ場はない」
⸻
黒箱を《無限収納》へ。
階上からアージェの短い咆哮。合図だ。
「追撃班、川沿いへ! アリア、角度だけ奪え。命は取るな、舵を止めろ!」
「了解!」
⸻
⸻ 川沿い ⸻
提灯の灯が水面に千切れて流れる。
先頭の小舟――船尾に鈍い金飾り。ベルドだ。
護衛が火矢を番える。
「撃てば港に火が落ちるぞ!」とベルド。
アリアの矢が飛び、護衛の弓弦だけを断ち切った。
俺は膝をつき、川面へ掌。
「電流は最小、磁の線は船尾だけ……舵、右に三度」
舵柄が勝手に震え、舟は葦原へ擦った。
速度が落ちる。
その瞬間、ベルドが黒い包みを投げた。
水面で割れ、濁りが広がる。
「毒袋!」
ミーナが叫び、蒼環が弾ける。
濁りは一息で透明へ戻った。
ベルドの顔が蒼ざめる。
「……なんだと?」
「港は“海のもの”。お前の毒は、ここじゃ流れない!」
⸻
ノクスが欄干から飛び出し、舟腹へ短い木楔を“コツン”。
新技《影標》だ。
見えない“印”が刻まれる。
尾が一度、満足げに揺れた。
そのとき、川下から粗末な荷舟が割り込む。
ベルドの舟と衝突。
橋脚の陰に潜んでいた“手引き”だ。
護衛がロープを投げ、ベルドを引き上げる。
白い煙玉が弾け、視界が塞がる。
「っ……!」
煙が晴れたとき、荷舟は運河の暗渠へ消えていた。
アリアが舌打ち。ノクスは耳を伏せ低く唸る。
アージェの障壁が煙の害だけを港から押し返した。
「逃したか」
「印は残ってる。陸で追えるわ」
アリアがノクスの尾先を見る。尾が二度、短く振れる。任せてのサインだ。
⸻
振り返ると、レイバート提督が既に兵をまとめていた。
「証拠は?」
「設計図、贈賄帳、命令書、配合表。全部ある」
「よし。評議会に提出、指名手配を出す。追撃は陸で続行だ」
港の鐘が二度、低く響く。
“夜間救助完了、治安維持へ移行”の合図。
黒い蔵口を見上げ、短く息を吐いた。
「港は守れた。次は、国を洗う番だ」
ノクスが喉を鳴らし、アージェが鼻先で俺の手を押す。
ミーナの蒼環が静かに光り、潮の匂いが風に溶けた。
“燃えない港”の夜は、確かに息をしていた。
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