暫定統治令――海都アルマリウス再生
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夜明けが港を洗った。
煙は薄れ、焦げた板の間を潮が行き来する。もう足音は戦場のそれじゃない。片づけ、補修、安堵のざわめきだ。
「援軍、入港します!」
見張り台の声に空気が締まる。王国旗の船団が、昨夜の“潮路”を滑るように入ってくる。先頭でレオンが槍を掲げ、甲板のグラハムが無駄のない敬礼を返した。
「到着、感謝する。ここから治安と補給線の確立を急ぐ」
俺は頷き、巻物を開く。《大統治》は戦場仕様から“街”へ。手順が脳裏に並ぶ。
「第一、港湾封鎖を解いて溺者救助を最優先。敵味方は問わない。
第二、略奪と報復は全面禁止。違反は軍法会議。
第三、食料・水・薬は“三列分配”。桟橋・市場・寺院に配給所。
第四、火薬庫と炎弾庫の安全確認、押収、封印。
第五、臨時評議会の招集――住民代表、工匠頭、漁師頭、神殿、そして」
黒い軍服の提督が、静かに一礼する。
「レイバート・ヴァルクス。暫定統治執行官として、協力を」
「承知した。軍紀は俺が持つ。民の声はトリス殿が拾って欲しい」
簡易の壇、鐘を三度。人々が広場へ集まる。恐る恐るだった顔が、少しずつ近づき合う。
「告示する!」
レオンが読み上げ、アリアが周囲を見張る。アージェは子ども列の前で座り、ノクスは影から火種を嗅ぎ分ける。
「この海都アルマリウスは“臨時停戦下”だ。王国軍とカローネ兵は武器を納め、救助・消火・搬出に従事。略奪・私刑は禁止。港は“海のもの”。燃やさず、奪わず、まず生かす」
ざわめき。俺は一歩前へ。
「俺はトリス・レガリオン。王国の子爵だが、今日ここでは“港の責任者”だ。海は怒ってなかった。ただ見ていた。だから俺たちも見る。聞く。生きてる声から再開する」
最前列の老船大工がひび割れた手を挙げる。
「なら、クレーンの鎖から頼みたい。折れたままじゃ沈んだ艀が上がらん」
「了解。鉄鎖は三番艇。《情報網》、搬入動線を確保」
脳内にルートが光り、三分で艇が横付け。鎖が唸り、艀が顔を出す。小さな歓声が潮に混じった。
「市場の井戸が塩を噛んでしまいました。あのままでは飲めません」
「ミーナ」
「任せて」
掌に淡い環が灯り、井戸口の塩が白い結晶になって吐き出される。子どもが「すげえ」と目を丸くし、ミーナは照れ笑いで次の井戸へ。
俺は再び壇へ。
「臨時評議会を開く。議題は三つ。
一、炎弾計画の関係者洗出しと即時職務停止。
二、港機能の段階再開(救助→医療→物流→造船)。
三、暫定統治の枠組み――執行官レイバート、住民・工匠・神殿・王国監査官で構成する」
神殿の司祭が静かに合掌する。
「戦が終わったのではなく、命の“選別”が終わったのだな」
「いいえ。“選定”を始めます。生かすための順序です」
レイバートが前へ出る。軍帽を脇に。
「宰相ベルド・ガルマをはじめ炎弾計画の高官名は記録に残っている。写しを王国へ提出し、民の前で公開裁判にかける。俺が先頭に立つ」
沈黙。そして、波のように拍手。怒りでも安堵でもない。“責任を引き受けた”音だ。
「もう一つ」
刀《繋》の鍔を軽く叩く。
「港は“海の聖域”とする。王国・侯国を問わず軍事行為を禁ず。違反者は双方の軍律で裁く。――海を燃やさせない。これが新しい盟約だ」
神殿の鐘が小さく鳴った。
⸻
昼
配給所が回り、巡回路ができ、救助の列が細くなる。
アリアは弓を降ろして子どもに包帯を教え、ノクスは屋根影からならず者の手首を軽く裂いて追い払う。
アージェは寝具を背に負い、負傷者を寺院へ運び続ける。レオンは若い漁師を束ねて漂流物の回収、グラハムは焚き火と消火壺の距離を“兵舎間隔”できっちり配置していた。
俺は評議会卓で書記に指示。《情報網》の窓が幾つも開き、数字が滑る。
「水七樽追加、塩二袋は医療用。薬草は王国船四へ。漁師組合、船底の焦げ落としに灰と砂。道具は寺院倉から、返却印はここな」
走り込む伝令が封蝋の筒を掲げた。
「急報! 宰相ベルドの私兵、北倉庫街に潜伏。混乱に紛れて脱出の構えをとっております!」
空気が変わる。俺は立ち、レイバートを見る。彼はもう軍帽をかぶり直していた。
「行く」
「俺もだ。“責任の形”を見せる時だ」
「アリア先行。ノクスは屋根影で逃走路を潰せ。アージェは避難導線の盾。レオンは広場、グラハムは火消し待機」
「了解」「ニャ」「ワン!」
⸻
北倉庫街
潮に油と火薬の匂い。剝き出しの梁の下、黒外套の一団が走る。ベルドの旗はない。だが“火”の匂いが濃い。
影が先に届く。ノクスの爪が外套の袖を裂き、屋根からアリアの矢が放たれ、三人が崩れ、残りが散開した。
「生け捕り優先。火薬持ち。狙いは手・膝・足首」
俺は《電磁誘導》で梁の釘を呼び、板を歪ませる。踏み抜いた足が止まり、銀の影が滑る。アージェの咆哮で最後の一団が凍る。
先頭に、脂の浮いた顔。
宰相ベルドではない。“財布”のドレクだ。
「ドレク。炎弾の仕入れ、兵の買い上げ。お前の帳簿はここにある」
書付を突きつけると、顔から血の気が引いた。
「だが足りない。お前の口が鍵だ」
重い靴音。レイバートが歩み寄る。
「……ドレク」
その一言で、男は膝から崩れた。
「提督……俺は、命じられて……!」
「命じられた先に、お前の欲があった。違うか。ここで死ぬか、民の前で語るか、選べ」
沈黙のあと、肩が震えた。
「……語る。全部。侯の屋敷の名も、宰相の金箱も、渡し舟の時刻も」
「連行。評議会で公開だ」
⸻
夕刻・広場
壇に縛られたドレク。左右を兵、前列は司祭・工匠頭・漁師頭。黒の軍服――レイバートは民へ向く。
俺は巻物を開く。
「証言は三部。
一、炎弾艦の予算と調達経路。
二、私兵の雇い入れと港焼討ち計画。
三、宰相府の金箱と贈賄帳の実名」
ざわめきが寒気に変わる。ドレクは唇を噛み、やがて吐き始めた。紙と声が積み上がるたび、空気が澄む。嘘と煤が風で剥がれていく。
最後の名を前に、俺は一度目を閉じる。胸で“潮の鼓動”がまだ生きている。これは“燃やすための名簿”じゃない。“生かすための順序”だ。
「以上をもって暫定統治令を布告する。炎弾計画の関係者は評議会と軍法会議の共同審理へ。民の生活を優先し、復興資材は評議会で一元管理。港は聖域。戦闘行為は禁ず。違反者は両軍で裁く」
鐘が鳴る。今度の拍手には、温度があった。
レイバートが小声で寄る。
「……これで、ようやく始まるな」
「ああ。戦より長く、けれど終わりのある戦いだ」
二人で海を見る。波頭に、淡い蒼の輪――“蒼環”が一瞬だけ浮かんで、消えた。海が、うなずいた。
俺は刀《繋》の柄に触れ、短く誓う。
「ここからは、“築く”番だ」
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