雷神、上陸 ― アルマリウス制圧戦
評価ポイント押してもらってたり、最後に親指グッドとかの数が増えてたり、ランキング情報が日々出てきてワクワクしてます。ただ、投稿スピードが異常なのでこっそり修正もしております!ごめんなさい。
港の鐘が鳴った。
敵の警鐘でも、味方の合図でもない。
ただそれは、戦いの始まりを告げる音だった。
蒼い潮がすっと引き、港の底が一瞬あらわになる。
ミーナが開いた“潮路”に沿って、俺たちの船は滑走路を行くみたいに揺れもせず滑り降りていた。
「……こんな海、見たことない」
舵輪の横で矢を握るアリアが、息をのむ。
「海が通してくれてる。怒りも迷いもない。ひとことだけ“進め”ってな」
潮風が頬を撫でる。
視界の先、カローネ侯国の海都。高い防壁、鉄のクレーン、びっしり係留された艦。街の中心には黒煙を吐く塔、国の歪みが、遠目にも見えた。
「……あれが炎弾艦」
ミーナが小さく呟く。竜首の艦首、口を閉じた砲門、まだ修理は間に合っていなかった。
「点けさせない。燃える前に、止める」
⸻
上陸と同時に、影が跳ねた。
ノクスが《影走り》で見張りを刈り取り、アージェが咆哮とともに銀の面障壁を展開。弾鳴りが走るが、銃弾は全部、障壁に弾かれて粉になる。
「右に射手三、左に盾五!」
アリアが矢を二本、重ね撃ち。風を裂く線が銃口を抜き、砲兵が崩れる。
俺は掌を地へ。魔力を沈める。
土と鉄の下、伏流が“線”になる。
「ここだ」
ごく薄い電流で導線を形にし、一拍で出力。
稲妻が杭から杭へ地を這い、砲塔の心臓を焼く。
火蓋が落ちる前に、砲台は沈黙した。
「砲台沈黙! 前へ!」
ミーナが短く詠唱、水路をせり上げて水の橋を作る。
王国兵とトリス隊が一気に駆ける。橋は崩れず、波みたいに前へ伸びる。精霊にもらった加護が、生きている。
⸻
造船区画は煙と鉄の匂い。そこで、黒い軍服の男がひとり待っていた。
銀の肩章、刻まれた皺。カローネ侯国提督、レイバート・ヴァルクス。
「……お前が雷神、か」
低い声。風が止む。
「あなたが提督だな」
「名乗るまでもない。俺はこの国の“業火”を担う亡霊だ」
彼の視線が火炎艦に流れ、表情だけがわずかに軟らぐ。怒りでも恐怖でもない、諦めだ。
「俺は燃やすなと言った。だが上は笑った。“海など灰でいい”とな」
胸の奥が冷えた。敵の言葉なのに、刺さる。
「……それでも止められなかったのか」
「止めたかったさ。だが一人では国は変わらん。ならせめて“燃やす前に終わらせる”」
金属音。レイバートが剣を抜く。
次の瞬間、火と風が絡んで爆風が走り、炎壁が俺たちを分断した。
「炎は戦艦だけが使うと思うなよ!私自身も火の魔法が得意でね」
「アリア、ノクス、散開!」
アージェの障壁が熱で赤く焼ける。
剣先から滴る焔。
「来い、若き雷神。お前の理を、この炎で測る」
「上等だ」
刀《繋》を構える。刃に青白い雷。空気が唸る。
「この雷は壊すためじゃない。皆んなを守るためのものだ!」
踏み込む。
雷と炎が正面衝突、光が港を満たす。金床の床が焦げ、船体が軋む。止まらない。
「ミーナ、“水の盾”!」
「了解!」
波の壁が立ち、炎を飲んで雷を通す。
その中心で、剣と刀が火花を散らす。
「なぜだ! 子供が民の声を動かせる理由を教えろ!」
「簡単だ。全部、聞いた。誰の声も捨てなかった!」
ほんの一瞬、レイバートの瞳が揺れる。
刃が噛み合い、閃光。雷が走り、焔が砕ける。
爆煙の向こうから、彼の声。
「……本当に、海を焦がさなかったのだな」
「約束だからな。海は汚さない。命は繋ぐ。それが俺の戦いだ」
炎が鎮み、潮風が戻る。
レイバートは剣を下げ、空を仰いだ。
「……敗けだ。だが、悪くない」
わずかな笑み。遠くで火薬庫が鈍く鳴り、音に溶けるみたいに、彼は目を閉じた。
⸻
煙が晴れ、ミーナが駆け寄る。
「終わった……?」
「ああ。もう、炎はない」
海から静かな風。波が焼け跡を洗い流す。戦いの汚れを、潮が片付けていく。
刀を納め、俺は雲間の光を仰いだ。今、降るのは雷じゃない。陽の光だ。
「行こう。これで終わりじゃない。今度は話し合いで歪みを直す」
アリアが頷き、ミーナが微笑む。ノクスが影から顔を出し、アージェが静かに尾を振る。
潮風がもう一度吹いた。
燃やされることなく終わった海が、穏やかに息をしている。
⸻
煙と塩の匂いがまだ鼻に残る桟橋。
人々の足音はもう、戦場のそれとは違う。むしろ、これから始まる片づけの音だ。
レイバートは戦意なしと考えられ、自由にされ、甲板の縁に肘をつき、遠く海を見ていた。
彼の顔には疲労と、どこかやり場のない重さが乗っている。剣は鞘に納められているが、彼の指はまだ柄を握ったまま離せない。
トリスは一歩、彼に近づいた。泥と煤で汚れた膝を曲げて、相手と目線を合わせる。
「提督」
トリスの声は静かだが、揺らぎはない。
「悪くない戦いでした。あなたの剣も、あなたの言葉も、耳に残りました」
レイバートの瞳がわずかに動く。あの夜、侯国の宴で聞いた言葉が、今、胸に突き刺さるのだろう。
「腐敗を止めるために、あなたが言った言葉を、俺は、忘れてない」
トリスは視線を外さずに言葉を続ける。
「でも、あなたがいなければ、侯国はもっと酷くなる。また同じものが生まれる。灰の上からまた腐敗が芽吹くだけだ」
レイバートが肩で息を吐く。剣先に付いた焦げ跡が、朝日にちらりと光る。
「何を望む、少年」
「あなたを、侯国を変える『為政者』になってほしい」 言葉が真っ直ぐに投げられた。
レイバートの顔が硬直する。笑いが出るかと思ったが、それは出ず、代わりに深い溜め息が漏れた。
「はは……俺に? 俺は兵だ。槍も、炎も、剣も振るう。しかし政治の言葉を並べる資格はない。おまえは何を考えている?」
トリスは息を整えた。桟橋の向こう、復興に戻る人影が小さく動く。彼は一つずつ、理由を並べていく。
「あなたが”兵”だからいいんだ。嘘と飾り言葉を弄せず、痛いことを痛いと言える。その正直さで、侯国の民は目を覚ます。君が剣で示したのは力だけじゃない。最後まで民を燃やさなかった、その『責任感』だ。あの場で、君は自分の国の腐敗に苦しんでいた。利権のために民を捨てる者たちを、君は許さなかった」
「俺が為政者になれば、何が変わる?」
レイバートは問い返す。声は低く、しかし興味が隠せない。
「まず、腐敗の牙を削る。侯国宰相みたいに、自分の欲のために国を燃やす者たちを公にする。次に、軍と民の橋を直す。君は軍人としての信頼がある。民は、剣を持つ者の言葉を聞く。君が『ここでやめる』と言えば、兵の行為も止まる。君が『国を立て直す』と言えば、職人も造船所の者も動く。それに、君には提督としての技術と、国の痛みを分かる目がある。王国だって、君をただ潰すようなことはしないと約束しよう」
トリスは一拍間を置き、最後の一撃を投げるように言った。
「俺は侯国を潰したいわけじゃない。壊して終わりにしたいわけでもない。壊すのは簡単だ。問題は、壊した後に何を置くかだ。点火する者を叩き潰しても、その根を断たなければ、次の火が生まれる。君が残れば、腐敗の根を掘り返せる。君がいるから、俺たちは次に進める。君の剣が、人を守るために『使われる』なら、俺は君を助ける」
言葉は飾りなく、しかし力強い説得だった。レイバートの指先が、剣の柄に少しだけ力を戻す。
「そして」トリスの瞳に光が差す。少年らしい真っ直ぐさだ。
「君が為政者になれば、俺は王都に説得に行く。王に、各国に、君を“暫定の統治者”として認めさせる。すぐに王冠を被せる必要はない。まずは“改革委員”としての権限、軍の統制、汚職の摘発権。そして、侯国の代表と被害者代表を混ぜた評議会で、再建計画を進める。君は剣を置くためじゃなく、剣で守ったものを政策で守るために立ってほしい」
レイバートはしばらく黙った。桟橋の隅で、民が古い板を運ぶ姿が見える。やがて彼はゆっくりと顔を上げた。その表情は、どこか埃を払われたように静かだ。
「……おまえは、よく考えているな、トリス・レガリオン」
その名を口にしたとき、驚きと敬意が混ざった低い音がした。彼の手が、剣柄を放す。
「私が為政者になる。これが民を救い、腐敗を土ごと掘り返す方法なら、俺はやる。だが条件がある」
レイバートの声は厳しい。兵士の習性が残る。
「条件とは?」
「一つ。俺をただの飾りにするな。改革の権限、実効性を与えよ。二つ。侯の屋敷の連中を一掃するための法的正当性を保証せよ。三つ。俺が必要なら、剣を取る権利も残せ。だが最後まで民を守ることを誓う」
トリスは深く頷いた。期待と覚悟が胸に膨らむ。少年の口から出た言葉は短いが重かった。
「約束する。王都にも、君の必要性と正当性を示す。私的な復讐ではなく、制度の修復だ。君が指揮を取るなら、俺は剣でも策でも君の背を取る」
レイバートはゆっくりと笑った。その笑いは、戦場の狂気とは違う、長年の疲れを一度だけ解くようなものだ。
「よかろう、トリス・レガリオン殿。ならば、まずは腐敗の根を調べよう。ベルドのような者たちの名を洗い出し、民の前で裁く材料を集める。おまえの王国も味方に引き込め。だが忘れるな。『為政者』とは槍より重い。良い時は短く、試練が長い」
二人は立ち上がる。海はいつもの呼吸に戻りつつある。朝日が波頭を金で飾り、これから始まる新しい手続きの時間を告げる。
「行こう」トリスが短く言った。
「民を守るために、戦で得たものを、今度は手で築き直す」
レイバートは剣を帯び直した。だがその眼差しは以前より柔らかくなっている。
「だが一つだけ覚えておいてほしい。俺が為政者になったら、まず最初に自分の罪を計る。必要なら、俺自身を断つ覚悟もある」
トリスはにっと笑って肩を叩いた。
「それでもいい。君がいるから、変われる。俺たちで、侯国をもっといい国に変えるんだ」
桟橋に並ぶ人々が、二人の後ろ姿を見送る。まだ始まりに過ぎない。だが、小さな種を植えるには十分な朝だった。
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