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<5・とりあえずもふもふと旅に出ます!>

 元凶は、この森の奥の湖にいるらしい。

 それが分かってからのアンとニコラスは、ほぼ無双状態だった。


「回し蹴りですわああああ!」

「ふげぶ!」


 真っすぐ突っ込んできたトカゲ型モンスターが二体まとめて吹っ飛んでミンチになり。


「アンを狙うとか許すまじ!死にさらせボケが!〝Fire-storm〟!!」

「ぎょわああああああああああああ!」


 ニコラスが魔法で巻き起こした炎の渦が、たくさんのコウモリ型モンスターをまとめて焼き尽くす。

 いろいろなモンスターが片っ端から襲ってきたが、アンとニコラスの敵ではなかった。アンが強いのは言うまでもないが、実際のところニコラスも怒ると怖いのである。高校在学中、アンを侮辱した一部生徒をぶん殴ろうとしていたら、ニコラスが飛んできて彼らの上に隕石を降らせていたのは記憶に新しい。まったく、婚約者の愛が重くて嬉しい限りである。――校舎の窓と壁に大穴をあけてしまって、二人仲良く教師に説教はされたが。


「おーっほっほっほ!どいつもこいつも手ごたえなさすぎですわね!数ばっかり多くてもつまらないですわよ!ねえニコラス!」

「全部まとめてぶっ殺す―!Hurricane!Meteor!」

「ニコラス、森を焼いてしまうのは流石に困りますわ、魔法は小規模のものをなるべく使ってくださいましね」

「む、アンがそう言うなら。召喚はやってもいい?」

「小型のものならどうぞ!」


 誰も彼も、アンとニコラスのコンビを止められない。そんな会話をしながらアンは剣を抜くと、背後に迫っていたゾンビ型モンスターの胸を一突きにしていた。流石にゾンビ系は気持ち悪いので、直接手足で触りたくなかったがためだ。

 マーキュリータウンの西の森の奥の湖には、伝説があるという。

 かつてその湖には、古き時代より人類を見守ってきた大いなる聖獣が住んでいる、と。心優しく、美しく、穏やかで――同時に凄まじい魔力を持つ聖獣なのだと。

 アーサーたちは、自分達を拉致した相手の姿はよく見えなかったと言っていた。霧に飲まれて、見えないところから攻撃されたからだという。モンスターに変化させられてからも、霧の奥から指示を受けて脅されたというだけらしい。

 ならばその伝説の聖獣が黒幕である可能性は十分ある。そいつをふんじばって呪いを解かせれば万事解決だろう。まあ、心優しく清らか、なんて言われている聖獣がどうしてこのような蛮行に及んだのかは謎ではあるが。


「伝説の聖獣って、どれくらい強いのかしら!」


 裏拳でドラゴンを吹っ飛ばしながら言うアン。


「楽しみですわ、とってもとっても楽しみですわ!めっちゃ強い相手と戦いたくて、わたくしウズウズですわー!」

「……アン、当初の目的忘れてないよね?あくまでアンを狙ったゴミを掃除するためだからね?でもって私を元の姿に戻すためなんだからね?」

「わかっていますわよ、あんまり遊び過ぎないように気を付けまーす!」


 微妙にニコラスも趣旨がずれている気がしないでもないが、まあ、良い事にしようと思う。




 ***




 そして、二人は湖に到着した。

 どうやら湖の奥底に光る石でも沈んでいるらしく、薄暗い森であるにも関わらず辺りはほんのりと光っていて美しかった。湖の周囲にはキラキラと青い光を放つ百合のような草花が揺れている。蛍もいるのか、ふよふよと時折二人の目の前を横切っては、アンの目を楽しませてくれるのだった。


「くんかくんか……ああ、やっと辿り着きましたわ」


 ニコラスをだっこしてもふもふの毛を吸いながら言うアン。


「えっとこの湖にいるという聖獣さんとやら?わたくしの婚約者をこんなにも可愛い姿にしてしまったのは貴方ですの?出てきてこの人を元の姿に戻しなさいな。今出てきたら、ちょっとは楽な死に方をさせて差し上げますわよー?」


 呼びかけると、ごぼぼぼ、と水面に気泡が立つのが見えた。どうやら、何かが水底に沈んでいるということらしい。


『……女よ。そのようなことを言われて、出て行く馬鹿がいると思うのか?結局殺されるんだろうが』


 渋い声が聞こえてくる。言われてみればそうかも、とアンはニコラスと顔を見合わせた。楽な死に方をさせてあげます、ではなく嘘でも命だけは助けてあげますと言うべきだっただろうか。


『そもそも、女。貴様、今その聖獣を吸っていたな?もふもふを堪能していたな?ということはつまり、そのもふもふを可愛いと思っている、まんざらでもないと思っているということだろう?いいのか、元に戻したら二度とモフれなくなるんだぞ?』

「う、そ、それはちょっと残念ですけど……!」

「待って待って待ってアン!そんなことでグラっとこないでくれる!?私と結婚できなくてもいいの!?」

「そ、そうですわねニコラス!この姿のあなたも滅茶苦茶可愛いですけど、婚約破棄だけは嫌ですわね!」


 危ない危ない。なんて卑怯な聖獣なのか。うっかり乗せられるところだったではないか!


「わ、わたくしはニコラスと結婚したいんですの。この姿のままでは困りますわ。元に戻してくださいまし!」


 もう一度、湖に呼びかける。しかし、最初に「殺す」といったせいなのかなんなのか、今度は湖の主は完全に無視を決め込んできた。一切反応がない。聞いている気配はするというのに、だ。


「さっさと出てきなさいな、聖獣とやら!この人を元に戻せといってるんですの、聞こえませんでしたの?」

『…………』

「もとに戻しなさい、ねえってば!」

『…………』

「……無視してんじゃねえぞコラ」

「あ、アン!アン!喋り方がヤンキーになってるから!!お嬢様キャラ保って!!」


 次第に、ニコラスの方が慌ててくる。どうやらアンの剣幕がよっぽど怖かったらしい。


「そ、そうだ。相手は湖の中にいるんだろう?なら、潜って探しに行けばいいんじゃないか?」

「ええ?」


 アンは眉をひそめた。

 それをやったら、ずぶぬれになってしまうではないか。水泳訓練もやっているから泳げなくはないし、五分くらいは息を止めることもできるし、戦えないこともないけれど。

 そもそも、湖の中、なんて想定はしていない。水着も着替えも何も持ってきていないのに、潜るのは正直気が引けるというものである。ゆえに。


「……ニコラス」


 アンはぼそりと呟いた。


「この湖の中に、電撃系最強魔法を流し込んでみるのはどうかしら?」

『え?』

「あるいは水を炎魔法で熱して全部沸騰させるとか」

『え?』

「もしくは氷魔法で氷漬けにするとか」

『え?』

「毒魔法で、猛毒流し込むっていうのも悪くないような」

『待って待って待って待って!え、そんなことされたら我死んじゃうんですけど!?』

「何を慌ててらっしゃるの聖獣さん?あなたが死んだら呪いは解けそうじゃない。そうすればわたくし達にとっては万事解決ですわ、何も問題ありません!見事にハッピーエンドで終了です、めでたしめでたしですの!」

『我にとってはちっともめでたくなあああああい!』


 どうやら聖獣は、完全なツッコミ気質だったらしい。ごぼぼぼぼ、と気泡が湧いてくる。そして、ザバアアン!と水が大きく割れ――中から大きなものが出現したのだった。さすがに、命の危険を感じ取ったということらしい。

 その姿を見たアンは、思わずぼやいたのだった。


「聖獣なのに可愛くない、やり直し」

『酷い!』


 そいつは、全身をぬるぬるとした緑色の毛におおわれた――海坊主のような姿をしていた。伝説通りならば、一応こいつも聖獣なのだろう。しかし、アンが想像していた聖獣というのは、キラキラしていてふわもこの、ニコラスみたいな姿なのである。

 こんな失敗したサダコみたいなモンスター、聖獣のカテゴリに入れたくはないのだが。


『我だってなあ、もっと可愛い姿の聖獣になりたかったんだよ、こんちくしょう!』


 海坊主モドキは、おいおいと赤い目で泣きながら言った。


『でも、そうじゃなかったせいで、ボスに愛されなかったんだよ!ボスは可愛くてもふもふの聖獣しか好きじゃないから!でも……もふもふの可愛い聖獣を連れてきたら愛してくれるって言うからああああ!』

「ひょっとして、ニコラスを聖獣に変えた理由それ?」

『そうだよ!人間に魔法をかけると、一定の確率で聖獣にできるんだ!ほとんどが醜いモンスターになっちゃうから、当たり率はガチャ並に低いんだけど……』

「ガチャとか言わないで頂戴、世界観どこいったのよ?」


 とりあえずツッコミは入れておく。同時に、あまりにもアホな理由だったのでアンは頭痛を覚えたのだった。よもや、ボスの好みだと言う理由だけで、我が婚約者はもふもふふわふわの生物に変えられてしまったというのか。


「悪いけど、あなたの事情なんか1ミリも関係なくってよ。一刻も早くこの人を元に戻しなさい。でないとその目玉蹴りつぶすわよ?」


 アンが足を振り上げて脅すと、やめてえええ!と海坊主モドキは情けない悲鳴を上げた。


『そんなこと言われても困るううう!我、あくまでボスの力借りて魔法かけてただけ!ボスの魔法だから、我にそいつの魔法を解く力とかないの!』

「じゃあどうすればいいってのよ」

『ぼ、ボスに会って魔法を解いてもらってくれよ、それしかないから!!』


 ばっしゃんばっしゃんと水を飛び散らせながら言う聖獣もどき。


『ボスは、世界中をもふもふふわふわの可愛い聖獣で埋め尽くしたいという野望をお持ちの……ホワイトドラゴンっていう聖獣なんだ。ものすごく強いし、もふもふ愛では誰にも負けない!お前らが行っても勝てるかどうかわからないぞ!!』


 それを聞いて――アンの顔に浮かんだのは、笑みだった。

 ホワイトドラゴン。最北端、北の果ての――ホワイトフェアリーと同じ地域に住んでいる、伝説のドラゴンではないか。そんなモンスターに会えるなんて、それだけでわくわくするというものである。

 同時に、ものすごく強いだなんて。これは、腕が鳴るではないか!


「OK、わかったわ。じゃあ、そのホワイトドラゴンをぶっ飛ばす旅に出ることにしますわね。行きますわよ、ニコラス」

「あ、うん」

『ちょっとお前ら、我の話聞いてた!?』

「めちゃ強ドラゴンと戦えるんでしょう?わっくわくですわよ」

『え、ええええええ!?』


 というわけで。

 アンと婚約者のニコラスは、本格的に旅に出ることになったのだった。目的地は、北の果てのクリスタルタワー。強い敵と戦えるし、愛する人も元に戻せる、まさに一石二鳥ではないか!


「……でも、もふもふで支配された世界もちょっと捨てがたいわね」

「アン!?」


 目的地までは、相当距離がある。それまでは、この愛しい婚約者のもふもふを堪能することにしようと決めるアンである。

 自分達は最強のカップルだ。ちょっと面倒なトラブルがあってもなんとかなるだろう。もちろん、基本的に力業にはなるけれど。



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