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<4・もふもふの出番さえなく終了?>

 それは、真っ黒な毛むくじゃらのモンスターだった。

 一見するとクマのようにも見える。だが、全身の毛がハリネズミのようにとがっているし、何より目玉が三つもあるのが大きな差だ。頭のてっぺんには、金色の一本角も生えている。これは一体何のモンスターだろう、とアンは首を傾げる。モンスター図鑑に、こんなモンスターは乗っていただろうか。

 敵は三体。三方向から同時に襲ってきたわけだが。


「ええっと」


 アンがじっくり相手を観察できるのは理由があった。

 連中が飛び出してきてすぐ――アンの手によって、全員が地面とキスをする羽目になったからだ。


「わたくし、道を歩いていただけですのよ?それが、いきなり三体同時に襲撃してくるなんて、不躾にもほどがありませんこと?まったく迷惑ですわね、そんなんじゃ女性にモテませんことよ。やれやれ」

「……人を踏みつけにしながら言わんでくれますかね……ていうか、ヒールが食い込んで痛……」

「痛くしているんだから当然でしょう。あと、ヒールっていいですわよね、攻撃力が上がって」

「そういう理由でヒール履いてんの!?こわっ!!」


 その一体は、現在アンの右足に踏みつけられて呻いていた――律儀にツッコミを入れながら。

 襲ってきた三体は左右から襲ってきた二体は同時にアンの両こぶしで顔面を打ち砕かれ、最後の一体はかかと落としで沈められたのだった。全員見事に一撃、その間三秒もかかっていない。まったく情けない、とアンは嘆いた。狂暴なモンスターぶりたいならば、もうちょっと根性を見せてほしいものだ。こっちが剣が銃を抜く暇もなく終わるだなんて、あまりにもつまらないではないか!


「……アン、パンツ見えるよ?」


 そんなアンを、ドン引きしながら後ろで見ているっぽいニコラス。ぱたぱたと小さな羽根音がしているので、空を飛んでいるのだろう。


「ていうか、マジで私、要らないよねこれ……」

「要りますわよ。貴方を元に戻すためにここまで来たんですもの。ボスをぶっ飛ばしてふん縛って尋問とか拷問とかいろいろしてその場で戻してもらえなきゃ意味がないでしょう?」

「いや、そういう意味じゃなくて……」


 そうこうしているうちに、アンの足に踏みつけられている真っ黒なもじゃもじゃのモンスターがしくしくと泣き始めた。


「う、う、う、……いかにもどっかの御令嬢っぽい人に、こんな一瞬で沈められて、足蹴にされるなんて。俺もう、お婿に行けない……しかも、踏みつけられてるのがちょっと気持ちよくなっててどうしよう」


 何やらキモいことを言っている。同時に、ん?とアンは眉をひそめた。

 確かに、モンスターはモンスターでも、喋ることができるモンスターは存在はする。しかし、さっきからこの真っ黒くろすけ、言っていることが妙に人間くさいような?


「ドMに目覚めてないで、わたくしの質問に答えなさいな。あなた達、一体何なんですの?なんでわたくしを襲ってきますの?実は元人間だったりします?」


 ぐりぐりぐり、とこめかみにヒールを押し当ててやる。はうあ!と何やら悦に浸った声が聞こえてきて、激しくキモい。踏むのをやめるべきかどうなのか。しかし逃がしたら嫌だしなあ、とアンは真剣に考える。

 ちなみにさっきニコラスはパンツが見えると心配していたが、ドレスの下にはハーフパンツとタイツを履いているので心配ご無用だ。激しい動きをして下着が見える可能性もあると考慮してのことである。

 ちなみに、ならなんでこんな動きににくいドレスなのかというと、両親がドレスしか買ってくれなかったから、という理由だったりして。昔から木登りも川遊びもドッジボールも大好きだったアンが少しでもお嬢様らしくお淑やかにしてくれるように、と彼らはアンに女性らしい服しか与えなかったのだ。一応教育の甲斐あって、喋り方だけは辛うじて女性らしくはなったが――残念ながら、喋り方だけ、だったりする。

 なんせアンの座右の銘は『暴力は全てを解決する』なのだから。それを聞いた時、ニコラスは凄まじい顔をしていたが。


「に、人間ですう!」


 やがて、左側で地面につっぷしていたモンスターが答えた。


「おれ達、元々マーキュリータウンの警備兵だったんですう。それで、果樹園を荒らすモンスターをとっちめてやろうと警備してたら、変なやつに拉致されまして……」

「あら、そうなの?……右側のあなたも?」

「はい!」


 アンの問いに、右側のモンスターもこくこくこくこく、と頷いた。


「わ、我々三人で果樹園を警備してまして!悪いモンスターがいたらぶっ倒してやるつもりだったんです。銃と剣で武装もしていました。それなのに、あいつに負けて……山に連れ去られてしまいまして……!」

「あいつ?その言い方すると、単独犯ということかしら」

「は、はい。めっちゃデカくて、強かったもんで!我々みんな、腕に覚えがあるから警備兵やってたんですけど……」

「あらら」


 なるほど、とアンは頷く。パタパタパタ、と飛んでいたニコラスがアンの肩に止まった。


「どうやら人間をモンスターに変える能力があるやつ、がこの森にいるのは確定でよさそうだな。……私は以前この森に来た時に、行方不明になった三人の警備兵たちについて聞いていたんだ。全員、元々傭兵をやっていて、この町で雇われていた者だったはず。写真も見せてもらったが、筋骨隆々ノムッキムキの大男ばかりだった。そのうちの一人は、〝剛力のアーサー〟と呼ばれていて、かつて戦地で一騎当千の活躍をした猛者だったと……」

「あ、剛力のアーサー、俺」


 声は、アンの足元から聞こえた。よりにもよってさっきから踏まれるたびに鼻血を出しているこの変態かよ、とアンは白目をむきそうになる。


「剛力とか言うわりに弱くない?モンスターになって弱体化したの?」


 思わずアンがつっこむと、アーサーは両手足をバタバタさせて「そんなことはないっての!」と主張した。


「元々怪力だったのがより馬鹿力になって、まあこういう姿になったはいいけど元々クマみたいな見た目だし大して変わらないし……なんかもうモンスターのまんまでもいいかなあ、って気になってた矢先だったんだ!……おかしいな、なんで俺、全然動けないんだろうな?お嬢さんあんた力強すぎね?」

「あんたが情けないだけでしょ。あと鼻血出さないでくださる?わたくしの靴が汚れますわ」

「よ、汚れたら俺が舐めてもいい?」

「良いわけないでしょうがこの変態!」


 ダメだこりゃ、とアンはため息をつく。おかしい、なんでヒールのある靴で踏まれて気持ちよくなってるんだろう、この馬鹿は。自分にはまったく理解できない趣味である。

 それと剛力とか名乗るなら、もう少し頑張ってほしい。女にあっさり足蹴にされて喜んでる場合ではないと思うのだが。


「無駄口叩いてないでとっとと教えなさいよ。あなた達を襲ったのはどんなモンスターなの?それと、山道を歩いていたわたくしたちを襲った理由はなんですの?」

「そ、それは」

「言わないなら踏むのをやめますわよ」

「そそそそれは困るううう!頼む、言う、言うから踏むのをやめないでくれ!!」

「うわあ……」


 ニコラスが今まで見たことがないくらい侮蔑の視線を向けているのがわかる。もふもふ聖獣の姿をしているから表情の変化がわかりにくいけれど、元の美青年の姿だったらむしろご褒美レベルの顔だったことだろう。

 それはそれで見てみたいかも、なんて思ってしまった自分もだいぶ頭がやられている。アンは引きつり笑いを浮かべて、それで?と続きを促した。


「お、俺たちは……俺達をモンスターに変えた奴に、命令されたんだ。自分のねぐらに近づく奴は、人間であろうとモンスターであろうと容赦するな、と。それから……」


 ちらり、とアーサーの視線が、ニコラスへと向いた。


「その聖獣を見つけたら捕まえろって。だから、あんたを殺してその聖獣を奪い取ろうとしたん……あだだだだだだ!?」


 次の瞬間、アーサーの体がバチバチと帯電した。おっと、とアンは足を離す。アンの肩に乗っていたニコラスが、しれっと電撃魔法を唱えたのだった。


「は?私のアンを殺すだって?え、今殺すって言った?Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder、Thunder……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

「ひぎゃあああああああああああああああ!?ごめんなさいごめんなさい許してくだしゃあああああぎえええええええええええ!!」


 自分が捕まりそうになったことより、アンが殺されそうになったことの方がよっぽど我慢ならなかったということらしい。

 なんだかアンは嬉しくなって、うっとりとニコラスを見つめてしまった。


「ニコラス……そんなにわたくしのことを愛してくれるなんて!嬉しいですわ、感激ですわ!」


 まあ、自分を殺すなんて百億年早かったわけだけど。それはそれとして、婚約者のそういう気持ちは嬉しいのだ、自分も一応乙女なのだから。


「お、お嬢様、うっとりしてないで止めて……うぎゃああああああああああああああああああ!」


 その後しばらく、アーサーは電撃拷問を受ける羽目になり。もう二体は、ガクガクブルブルと震えまくっていたのだった。


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