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<3・わたくしがもふもふの護衛ですけど何か?>

 そうと決まれば、向かう先は決まっている。

 マーキュリータウンへGO!だ。もちろん、伯爵令嬢であるアンである。普通のお嬢様ならば、護衛とかお目付け役の執事の一人や二人つくのが当たり前、であるはずなのだが。


「……アンよ」

「なあに?」


 現在、馬車の中にはアンと、アンの膝の上に乗っているニコラスと、馬車を運転するための御者しかいない。御者にはマーキュリータウンで待機してもらうことになっている。つまり実質、お目付け役の執事なんてものはいないわけで。


「何で自然に、それはもう普通に、君と私の二人旅というのが許されているのだ?普通、護衛の一人や二人つけるものではないのか?だってその、悲しいけど私はその……こんな状態で、君を守れるはずもないし」

「何ですのニコラス?馬車に乗ってからそれを突っ込むのは野暮すぎませんこと?」


 当たり前すぎることを口にしたニコラスに、アンは心底呆れた。


「決まってますわ。……下手な護衛なんていたって邪魔になるだけじゃありませんか」


 アンの腰には拳銃と、それからロングソード。もう一つおまけにナイフもベルトに通してあるし、予備のマガジンもある。まあつまり、ドレスを着ていながらしれっと武装しているわけで。


「武術訓練で、わたくしに勝てる使用人がいまして?我がプルート家は、代々続く武闘家の家系ですわよ。使用人たちも頑張ってくださってますけど、はっきり言って……」

「はっきり言って?」

「執事頭とメイド頭とそのほか十三名が、十秒で全員わたくしに倒されるようではまったくお話になりませんわ。で、誰が誰を、守る必要がございまして?むしろ、わたくしがあなたの護衛でしてよ、ニコラス」

「……そ、そうだったね、うん」


 そう。ぶっちゃけアンは強かった。それはもう、めっちゃくちゃ強かった。元よりパープル家は、魔法こそ得意ではないものの生まれつき筋力が高く、運動神経が人並外れた者達ばかりが揃った血筋なのである。遺伝に加えて、幼い頃からの英才教育もある。

 三歳から毎日敷地内を走り回るのは当たり前、銃だって同じ年から握っている。その上で、当たり前のように片腕で逆立ちして百回だの、錘を乗せての片足スクワットだの、バク転を毎日三十回だの腹筋千回だの剣術稽古三時間だの――なんてことをやっていれば、そりゃあもう嫌でも強くなるというものだ。

 分厚いドレスを着ているせいで分かりづらいが、実際脱げばアンも結構〝凄い体つき〟ではあるのである。まあようするに、ふわふわもこもこの聖獣になってしまったニコラスを守るくらい朝飯前。下手に護衛をつけようものなら、むしろその護衛が足手まといになりかねないのだ。


「ニコラス、あなた体はひ弱になってしまいましたけど、そもそも元からわたくしよりずっとひ弱で華奢でしょう。なら大して変わりないというか、今までと何ら大きな違いではなくってよ」

「バケモノ級の君と比べないでくれないかな!?私の体力は平均的だよ、平均的!」

「でもって魔法は貴方の今の体でもなんとかなるんでしょう?だったら、どうしても魔法が必要な時だけ、ニコラスがなんとか援護射撃でもしてくれればいいではありませんか。はい、万事解決」

「なんだろう、微妙に納得いかない……」


 ニコラスは相変わらず、アンの膝の上でぶつぶつ言っている。それにしても、とアンは彼を見下ろして言った。

 ふわふわで、子猫のようにあったかい。そして、ぴん、と立ったタケノコしっぽが、機嫌を現すように時々ぴくぴくと動くのだ。それから、小さな天使のような羽根も。


――ああ、至福……至福ですわあ……!


 そのしっぽを時々つんつんしながら、アンは馬車の中でひたすらデレデレしっぱなしなのだった。




 ***




「え、ええ?お嬢様一人で、西の森に?悪いこと言わねえ、やめときなよ!」


 マーキュリータウンに到着し、まずは情報収集である。町の町長だという老人に話を訊くと、彼は露骨に慌てた顔をした。


「か弱いお嬢様が行くのはあまりにも危ねえ!先日も西の森に行った領主様が、何かのモンスターに襲われて命からがら逃げて来たんだべさ!特に、そのまま一緒にいた領主様のご子息は行方不明になっちまったとかで……」

「あらそうなの」


 ちらり、とアンは肩に乗っているもふもふを見た。ニコラスは気まずそうに視線を逸らしている。どうやら、自分がこんなかわいい姿になってしまったと知られたくなくて、表向きは行方不明になったということにしてもらっているらしい。

 まあ確かに、偉そうなこと言って父親を逃がしたら自分がこんなザマなのである。正直言って、カッコつかないのかもしれないが。


「わたくし、その領主様の代理で来ましたの」


 アンはそれはそれはストレートに告げる。


「そもそもの発端は、果樹園を警備していた方々がいなくなってしまったことでしょう?その方々は見つかりましたの?争った形跡があったとのことでしたけど」

「それは……残念ながら。しかし、銃で武装してた奴らがいなくなった上、領主様たちもいなくなっちまったんだ。そしたら果樹園の窃盗被害も減ってな。それで……警察にも相談はしたんだが、なかなか山に入って調べるのはあぶねえってことになって……」

「なるほどねえ」


 いなくなってしまった人は探したいが、かといって銃で武装した人間や魔法使いの領主の息子をあっさり攫えるほどの相手に歯向かうのは恐ろしい。ついでに果樹園の被害もやんだものだから、手をこまねいてしまっているという状態らしかった。

 気持ちはわかる。わかる、がそれでは困るのだ。アンはなんとしてでもニコラスと結婚したい。もう究極的にはもふもふ状態のままのニコラスだろうと溺愛する自信があるが、それはニコラスが納得しないだろう。

 彼が二度と婚約破棄したいなんて馬鹿なこと言いださないようにするためにも、自分が彼を元に戻す術を見つけなければ。


「じゃあ、わたくしが山を探して参りますわ。恐らくは山になんらかのモンスターか聖獣が棲みついて、悪さをしているのでしょうしね」

「え、ええ、でも……どうやって?」

「そうですわねえ、まあシンプルに」


 ぶん!とアンは右拳を奮ってみせた。


「適当に山に入って、襲ってくるモンスターをかたっぱしからぶっ飛ばして、ボスらしきものを引っ張り出して尋問して口を割らせようかと……ぼふっ!?」


 顔面にむにっとした感触がぶつかってきた。ふわふわの生き物の体で、視界が真っ白になり、イチゴの香りが鼻孔を塞ぐ。ニコラスがアンの顔に体当たりしてきたのだとすぐにわかった。


「ちょ、ニコラ……な、何をします……くんかくんかくんか」

「流れるように私の体を吸わないでくれる!?……君ね、もう少しお嬢様キャラとしての体裁保ってよ!すぐに暴力で解決しようとするから、ご両親がいっつも影で泣いてるの知らないのかい!?いくら強いからって!めっちゃ強いからって!もう少し人前では控えて!!」

「くんかくんかくんか……いい匂い……は!わ、わかりましたから離れてくださいまし、ニコラス!」


 ひそひそ声でかわされる会話。ニコラスが顔面から離れると、目の前にはぽかーんとした顔をした町長がいた。


「あの、お嬢さん?そのもふもふした生き物は、なんだね?」

「こ、この子はその……わたくしのペットですわ、そう、ペットです!この子が護衛についてくれてますの、こんなかわいい姿をしているけれどめっちゃ強いんですのよ?だからその、わたくしも安全ですの、ね!」


 とりあえず、そういうことにしよう。

 ペット扱いされたニコラスが、パタパタと飛びながら不機嫌そうな顔をしているが、致し方ない。


「そ、そうかい。まあそれなら。……今の時期ならそこまで日の入りは遅くないが、それでも気を付けて行ってくるんだよ。あまり奥に入らず、無難なところで引き返してくるのがええ」


 彼はそう言って、西の山に入る道を指さした。


「この山は、商人も時々通る。……舗装された道を通る分には、そこまで危ねえことはないはずだ。気を付けてな、お嬢さん」

「ええ、ありがとうございます」


 まあ、こういうアドバイスをされるのも、仕方ないことではある。アンは彼ににっこりと微笑んで別れると――数分後には、一般道を大きく外れた獣道を歩いていたのだった。それは、まさしくニコラスが父と歩いたあたりである。

 元々ニコラスとその父親は、果樹園の警備をしていた者達の行方を捜して山に入ったのだ。

 現在は日が過ぎてしまったこと、雨が降った日もあったことでほとんど痕跡が消えてしまっているが――ニコラスたちが来た時はまだ、果樹園から山へ消えていくモンスターの足跡らしきものが残っていたという。


「ニコラス、道はわかりますのね?」

「ああ」


 雑草をかきわけながら進むアンに、ニコラスは言う。


「見た目はただの獣道だけど……私の魔力の気配は残ってるから問題ないよ。それを辿れば、襲われた地点にはたどり着けるはずだ」

「わたくし、そういうのは全然わかりませんわ。さすが、ネプチューン家の令息といったところかしら」


 アンのプルート家と逆に、ニコラスたちネプチューン家は魔法が得意な家系として有名だった。彼の父や祖父らはみんな、魔法の力を活用して軍人となるか、あるいは王宮魔導士の仕事に就くことが多かったのである。ニコラスも元々は王宮魔導士になる道を期待されていたという。まあ、本人がやりたかったのは生物学者だったわけだが。

 彼らは魔法が得意なだけではなく、感知する能力も高い。

 たくさんの魔力の気配を頼りに、町の方角を見定めるようなこともできるらしい。


「襲われる場所に行くまでに、何種類かモンスターにも襲われたからね。その時魔法を使ったんだ。だからこのあたりにはまだ、私と父の魔法の気配が残ってるんだ」


 ニコラスは周囲を見回しながら言う。


「気を付けてくれ。前に来た時も、雑魚モンスターには結構襲われ……あ!」


 そして、彼の言葉は中途半端に途絶えることとなるのだ。がさがさがさがさ!と近くの繁みが派手な音を立てたものだから。


「な、何か来る!気をつけて、アン!」


 そして。

 真っ黒な影が、アンに向かって襲い掛かってきたのである。


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