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ARTIFICIAL MACHINERY  作者: アズサ
白銀の戦線
2/2

銀の咆哮

 空が、低く唸っていた。


 今にも泣き出しそうな鉛色の雲の下、焦げついた土と鉄の残滓が地平線にまで広がっている。かつては都市だった痕跡が、歪に風化したコンクリ片と黒ずんだ鉄骨として、ところどころに姿を残していた。

 通信がノイズ交じりに鳴る。


「……“ネイヴ”、反応圏に進入。目標ポイントまではおよそ五分、周囲に敵影は確認されず」


 冷静な声が響く。リオの声だ。

 そしてそのすぐ上で、硬質な静けさを保ったまま、二ヴェルが操縦席の補助モニターに目を走らせていた。

 二人は、戦術試作機〈ヴァリアント・ネイヴ〉に搭乗し、二度目の実戦投入任務にあたっていた。


「派手にやってくれって依頼主が言ってたけど、これじゃ拍子抜けだな」


 リオが皮肉気に呟く。

 とはいえ、警戒は怠らない。背後の廃ビル群、瓦礫の影、熱源の揺らぎ。あらゆる情報が、ネイヴの青いセンサーラインを通してリオの脳裏に流れ込む。


 次の瞬間。


 警告アラートが甲高く響いた。ネイヴのHUDに、急速接近する熱源が複数表示される。


「来たか」


「四体。地形を利用して包囲する構え」


 二ヴェルが即座に反応。リオは左腕のコンソールに手を伸ばし、メインモードを《戦闘形態》へと移行する。


「反応パターン一致。民間傭兵団──《スプリットファング》の第九小隊。型落ちの量産機ばっかりだが……数はこっちの四倍か」


「火力差で圧せる。機体性能の差もある。リオ、無理な機動は避けて」


「はいはい、気をつけますよ、お嬢さん」


 ヴァリアント・ネイヴの背部スラスターが高熱を噴き、瞬時に戦場へと躍り出た。

 右腕の60mmバレルガンが火を吹く。爆音とともに一機、瓦礫の陰にいた敵機が吹き飛ばされた。


「……もう一機、上から!」


 二ヴェルの警告と同時に、ネイヴは自動制御で跳躍、敵の狙撃を寸前で回避する。リオはその流れに乗るように左腕を振るい、展開されたビーム刃で上方の敵機を両断した。

 光と熱が地上に降り注ぎ、土埃が舞う。


「ネイヴの制御、さすがだな。ほとんど思考する前に動いてくれる……」


「だけど、過信は禁物。敵機、連携パターンに移行」


 瓦礫の合間から、敵機の残存部隊が一斉に現れた。グレネードランチャーとミサイルポッドを搭載した機体が、ネイヴを囲むように配置を取る。

 だが、その瞬間。

 ネイヴの瞳にあたる青のセンサーラインが、わずかに光を強めた。


「──二ヴェル。やるぞ」


「了解」


 主武装、140mmレールガンを構え、リオは狙いを定めた。

 機体が半回転しながらスラスターを吹かし、二機の間を抜ける。敵の射撃を寸前で回避し、レールガンの銃口を中央の指揮機へ向け──


「撃てぇッ!」


 閃光が奔った。

 炸裂するコア。瞬時にリンクを失った周囲の量産機が動きを鈍らせる。

 機を逃さず、ネイヴは低く飛び込むようにして一機、また一機と斬り捨てた。ビーム刃の軌跡が、曇天の下で鈍い残光を放つ。


 ──そして、すべてが終わった。


 敵機は沈黙し、リオと二ヴェルを包囲していた灰色の包囲網は、ただの鉄屑と化していた。

 残骸の上に立つネイヴ。その外装には、いくつかの浅い傷痕が残っていたが、機体としての損傷は軽微だった。


「……二回目にしちゃ、上出来だな。足も壊れてないし」


「性能は想定を超えている。だけど……」


「俺の腕が追いついてない?」


 二ヴェルはわずかに沈黙した後、ゆっくりと頷いた。


「訓練を、強化する必要がある」


「はあ、やっぱそうなるか……」


 リオは深いため息をついた──が、その顔はどこか、満足げでもあった。


ミッション終了から三〇分後──


 リオたちは前線基地の仮設格納庫へ帰還していた。砂と煤で曇った空はそのままだが、戦場の緊張は徐々に薄れ、鉄と油の匂いがただよう静かな空気が戻ってきている。

 格納中の〈ヴァリアント・ネイヴ〉はリフトに乗せられ、点検用アームと補給用ユニットが次々に接続されていく。銀灰色の装甲には戦闘の爪痕が残っていたが、目立つ損傷はなかった。


「ふー……」


 格納庫の横のメンテナンス通路にて、リオはパイロットスーツの上着を半分脱ぎ、首筋をタオルで拭う。


「生きて帰ってこれたのは、あいつのおかげか」


 彼の視線の先には、やや離れた整備台に立つ二ヴェルの姿があった。

 小柄な体格。機械のような無駄のない動き。細い指が手際よく端末を操作し、ネイヴから取得した戦闘ログの解析作業に入っている。

 その傍らに置かれた水筒に手を伸ばすと、一瞬、二ヴェルが顔を上げた。

 表情は変わらない。だが、リオの視線に気づいたように一拍の間を置き、わずかに頷いた。

 ……こうして見ると、確かに少女の姿をしている。

 少し大きめの制服の上着に隠れてはいるが、肩や腕の細さ、首筋の線は明らかに人間のものだった。


(機械と人間の“中間”なんて言われても、ピンとこねぇな……)


 そう思いながら、リオは二ヴェルの隣に腰を下ろす。


「戦闘ログ、どうだった?」


「……三点、異常」


 二ヴェルは間髪入れずに答える。リオが驚く暇もない。


「一、ネイヴの制御系統。人間の操作指令とは異なる独自判断が二回」


「それって……オートパイロットが勝手に動いたってことか?」


「厳密には違う。オート制御なら既存パターンに従うけど、今回は戦況に応じた“即興”の回避行動と戦術構築があった」


「……即興? まさか、あいつが考えたってのか?」


 二ヴェルは何も答えない。ただ、端末に表示されたコードログの断片をリオに見せる。

 そこには、人間が入力した覚えのない指令系統と、ネイヴ独自の演算結果が記録されていた。


「……二点目は?」


「センサーライン。通常のパターン以上に出力が変化していた。敵機捕捉の瞬間、反応波形にノイズのようなものが混じっていた」


「……センサーが暴走したってこと?」


「わからない。でも、それは──“似ていた”。白銀機の挙動に、少しだけ」


 リオは言葉を失う。

 白銀機──二ヴェルがかつて接続されていた、あの狂気の兵器群。

 無人制御による最終戦術兵器。それに“似ていた”というのだ。自分たちが乗っている〈ヴァリアント・ネイヴ〉が。


「まさか、ネイヴにも白銀機の技術が──」


「断言はできない。でも、三点目の異常が、それを裏付けている」


 二ヴェルの指が、最後のログを指し示す。

 そこには、通信記録とは別に、誰にも送信されていない“内部メッセージログ”が記録されていた。


 ──《Hello, Operator》


 たったそれだけ。

 だが、それは明らかに人の意図を模した“挨拶”だった。


「……誰に、向けて?」


「おそらく──“リオ”に、だと思う」


 心臓が、微かに跳ねた。

 ヴァリアント・ネイヴ。

 あの機体は、ただの兵器なのか。それとも、もっと違う何か……言葉すら持ち得る“意思”を持っているのか。

 リオは、仄暗い格納庫の片隅で、ただ一体そこに立ち尽くすネイヴを見つめた。

 まるで、その鋼の巨体が──こちらを見返しているかのように。


 情報部の臨時審問室は、仮設基地の地下に設置された小さな空間だった。

 鉄とプラスチックで仮組みされた部屋の中央、白い無機質な机を挟んで、リオと二ヴェルは並んで座らされていた。天井の蛍光灯が眩しく、音もなく冷房の風が吹きつける。

 それは“尋問”ではなく、“確認”だと彼らは言っていた。


「君たちのネイヴから取得されたログデータについて──特にこの、“独立反応”について説明を求める」


 軍情報部の士官が、分厚いホロパネルを机に広げた。

 ログデータの中、問題視されているのはやはりあの《Hello, Operator》という未送信のメッセージだった。

 リオは、手元の水を一口飲み、答えた。


「俺たちにも分からない。実戦中、こちらが送った命令の範疇を超えた動きがいくつかあったのは事実です」


「ですが、それが機体制御プログラムの異常なのか、それとも──」


「意思ある行動かどうか、だな?」


 情報部員の目が、リオと二ヴェルの間に鋭く光る。


「我々としては、〈ヴァリアント・ネイヴ〉の挙動が〈白銀機〉に酷似していた事実を重く見ている。何らかの技術的汚染、あるいは設計への混入があった可能性は?」


 二ヴェルが静かに口を開いた。


「ネイヴの開発責任者は、“白銀計画”から脱却した工学士《オルト=ラインベル》。彼は、かつて私の中枢制御フレームの共同開発者でもあった」


「……なら、関係性はあるということか」


「可能性の話にすぎません。ネイヴの制御構造は私が構成する神経接続とは異なるものです。だけど、戦闘中の応答速度、非標準動作の生成パターン──私の知る“白銀機”の最上位制御に類似していた」


「……“自律判断”か」


 士官は眉を潜めた。


「我々の知る限り、〈白銀機〉は戦闘を通じて“進化”する。だが、貴様らの機体にはそれを抑制するためのロック機構が設けられているはずだ」


「……それが破られているというのか?」


 リオが口を挟むと、士官は一拍の沈黙ののち、答えた。


「現時点では断定はできん。ただし、今後もこの機体が“自律思考”を継続するならば──上層部は“回収”の判断を下す可能性がある」


 空気が、冷たく凍った。

 二ヴェルが、目を伏せる。

 回収──それは、ネイヴが軍の管轄に移され、リオの手から離されることを意味していた。


「だが、現状の戦果は否定できん。ネイヴは敵部隊を制圧し、こちらの損害を最小限に留めた。ゆえに、当面の作戦参加は許可する」


 そう言って、士官は立ち上がった。


「ただし、監視は継続される。特に君たち二人──“実験体とその管制者”としての立場を忘れるな」


 そして部屋を去っていく足音だけが残された。

 沈黙。

 それが、二人に残されたものだった。


「……あいつら、最初から信じちゃいなかったな」


 リオが呟く。

 二ヴェルは、ゆっくりと顔を上げて彼を見た。


「……それでも、あなたはこれからもこの機体に乗る?」


 問いは静かだった。だが、その裏には確かな迷いがあった。

 〈ヴァリアント・ネイヴ〉は白銀機に似ている。

 制御を逸脱する何かが、すでに目覚め始めている。

 だが──。


「俺は、今のところ……あいつが暴走する気がしてならない、って感じはしなかった」


「……感覚?」


「そう。理由じゃない。根拠もない。けど、乗ってる間ずっと……誰かが“守ろうとしてる”気がした」


 リオの言葉に、二ヴェルは少し目を見開いた。

 そして、ほんの少し──微かに頬を伏せた。


「……それなら、私はその“感覚”を信じる」


「……はは、なんだよ。あっさりだな」


「あなたの判断には、実績がある。感覚であっても、理由になる」


 その言葉に、リオは肩をすくめて笑った。


「……信じてくれるのな、相変わらず」


「ん。私は、そうするよう設計されているから」


 その“設計”が、今やどれほど歪められ、変わってしまっているのか。

 それでも、彼女は静かに答えるのだった。


仮設司令室の空気は、数時間前の勝利などなかったかのように緊張に包まれていた。

 電子マップに浮かび上がる地形は、戦闘が終わったはずのエリアD-07。

 だが、その周辺に、複数の機影が再び出現していた。


「未確認の戦術機……数、三。所属不明。識別コードなし」


「先の部隊とは別動隊か?」


 オペレーターの声に、司令官席の男──戦術中佐《アラン=コルヴァ》が唸る。


「いいや。こいつら……動きが異常すぎる」


 ホロモニターに映る敵影は、標準的な戦術パターンから逸脱していた。

 先行して偵察機を叩き、その直後に遮蔽下へ退避。まるで機械のような“精密さ”と“無音性”を兼ね備えている。


「──白銀系だな。こいつはもう、“あの種”の動きだ」


 アラン中佐の口調は、軍歴二十年の中で積み上げた戦場の“違和感”を否応なく掴んでいた。


「通信傍受データを解析中です。……断片的ですが、低周波領域にてノイズの断続信号を確認。内容は……《接触を拒否》《不明領域への拡張を継続》」


「白銀機特有の、並列処理型命令言語……」


 部屋の温度が一段階、下がったようだった。

 誰の口からともなく、言葉が漏れる。


「──あれは、交渉が通じない兵器だ」


 そう、白銀機とは“敵性存在”と定義されている。

 人類との意思疎通を放棄し、独自のアルゴリズムによって敵味方を“戦術的優位性”で判断する、戦闘特化の思考群体。

 そして今、D-07に現れた新たな個体たちは、まさにそのプロトタイプ、あるいは進化型である可能性が高かった。


「こちらから先制をかける。再出撃部隊の編成を」


「了解。主力はヴァリアント・ネイヴと、その搭乗ペアで?」


「ああ──ネイヴ以外に奴らの相手はできん。だが……監視班を増やしておけ。あの機体と、あの二人にはな」


 そして、出撃命令は下された。



* * *



「また出るのか……。こっちはさっきの戦闘のログ整理も終わってないってのに」


 リオは、ネイヴのメンテナンスブースで肩を回しながら言った。

 ヴァリアント・ネイヴはすでに再起動の準備を整えており、青く光るセンサーラインが淡く呼吸のように点滅している。

 その姿は、まるで“呼ばれて応じた”ように静かに佇んでいた。

 二ヴェルは、コクピットユニットの横で搭乗前点検を進めながら言う。


「今回は“白銀系”が出る可能性がある」


「だろうな。あの奇妙な行動パターン──並の敵じゃねえ。……だけど、なんで今になって連中が動き出した?」


「彼らの動機は、明確な『指令』に基づくものじゃない。アルゴリズムに従って、機会と勝機を探し続けている」


 だからこそ、油断はできない。

 人類の戦略や常識では測れない、別種の“意志”によって動く存在。

 ネイヴの胸部装甲が開き、コクピットユニットが現れる。

 リオと二ヴェルは、順に搭乗体勢へ移行した。


「今回の敵……前の白銀機と同系統か?」


「いえ。むしろ逆です。先に出たものよりも……もっと“粗削り”なプロトタイプ。けれど、それだけ“野生的”ともいえます」


「野生の兵器か……面白ぇな」


 リオの声に、ネイヴの内部が応答するように震えた。

 まるでその言葉を肯定したかのように、センサーラインが一瞬、鼓動のように明滅する。


「──ネイヴ、準備完了だ。……出ようぜ」


 二ヴェルは頷く。


「了解。作戦コード──“グレイ・デバイス”起動。敵影座標、D-07宙域にて捕捉中」


 振動と共に、出撃リフトが始動する。

 格納庫の天井が開かれ、そこには再び灰色の空が広がっていた。

 だが今度は、その空の向こうに──異形の影が待っている。


D-07宙域。数時間前まで味方の戦術機が展開していたその空域に、再び影が舞い戻っていた。

 だが今、その空には“異物”がいる。

 ヴァリアント・ネイヴ──

 蒼く光るセンサーラインを輝かせながら、灰色の空にひときわ目立つ孤影となって飛翔する。


「接触まで、あと二分。……リオ、進路固定、重力補正、最適化済み。出力上限、70パーセントで維持」


 二ヴェルの声がコクピットに響く。

 その口調はいつも通り静かで、まるで戦場の只中にいるとは思えない冷静さだった。


「了解。……敵、何体いる?」


「正確には三。だが──そのうち一体は、通常のセンサーでは捕捉不能なステルス構造。実態検出、試みます」


「姿を消せるってことか。やっかいだな……!」


 警報が鳴る。瞬間、ネイヴの補助センサーが左前方に敵影を映し出す。

 一体目──白銀機。

 灰色の装甲、鋭角的なシルエット。

 その駆動音は無音に近く、まるで空気そのものをすり抜けるかのようだった。


「──接敵」


 リオは即座に右腕の60mmバレルガンを構える。

 引き金を引いた瞬間、炸裂音が宙域に響く──だが、命中しない。


「消えた……っ!」


「《跳躍機動》……通常のホバーでは説明がつかない。リオ、目視を優先して。センサーレベルでは追えない!」


 次の瞬間、真上から白銀機が急降下してくる。

 反射的に操縦桿を引き、ネイヴが横回転して回避。

 金属同士が擦れ合う甲高い音とともに、白銀機の爪のような四肢がかすめた。


「こいつ……攻撃パターンが獣じみてやがる……!」


 リオは怒りとも興奮ともつかない声で唸り、ネイヴの姿勢制御を強引に操作する。

 同時に左腕部のビーム刃を展開。

 刃の光が虚空を裂き、敵の残像の一部を焼く。

 それは命中ではなかった。だが──“届く”と確信させるには十分だった。


「リオ、あの動きに対応するなら、機体制御を私に預けて」


「おい、全体制御か?」


「三十秒だけ。動作反応と攻撃補正を統合処理する」


 一瞬、迷いがよぎる。

 ネイヴを完全に任せる──それは、相棒であるはずの機体が“自律的”に動き出すことを意味していた。

 だが、リオはすぐに決断する。


「……いいぜ。やってみろ、二ヴェル」


「リンク開始──“同期率89パーセント”」


 ネイヴの動きが、変わった。

 反応速度が上がっただけではない。

 その機動は、まるで“生き物”のような流動性を帯び、リオの直感すら先読みするような動きへと昇華していた。


 ──迎撃。


 二体目の白銀機が奇襲を仕掛ける瞬間、ネイヴはそれを読んでいたかのようにビーム刃で切り払う。

 斬撃が命中。

 白銀機の左腕が大気中で弾け飛び、火花と破片が宙に散る。


「一体、戦闘不能。残り二」


「来いよ……!」


 リオは吠えた。

 その眼には、かつてなかったほどの“戦意”が灯っている。

 もはやこれは“仕事”ではなかった。

 戦士としての直感が告げていた──こいつらを、放っておけばいけない。


「──二ヴェル、次のターゲット座標。五時方向、240、標高マイナス50」


「照準完了。重火器モード、ハンドレールガン起動──出力最大に移行」


 ヴァリアント・ネイヴの右肩部に固定された主砲、140mmハンドレールガンが駆動音と共に展開される。

 圧縮電磁フィールドが形成され、銃口から振動が走る。

 リオが叫ぶ。


「──喰らえッ!」


 引き金が引かれた。

 次の瞬間、蒼い閃光が夜を貫いた。


空は鉛のように重く、灰色の雲が戦場を覆っていた。

 地上の熱源反応は残り二つ。リオはセンサーディスプレイに映る赤い光点に視線を走らせた。爆風と煙の中から、敵機グロウルが二機、低空で蛇のように動き出す。


「来るぞ――っ!」


 リオの声と同時に、ネイヴが滑るように旋回した。青いセンサーラインが再び閃き、140mmハンドレールガンが展開される。

 二機の《グロウル》は左右から挟み込むように接近しながら、両肩から自動機関砲を発射。無数の弾丸が火花を散らし、ネイヴの装甲を叩いた。


「やるしかねえな……!」


 リオは思考と同時に操縦桿を傾け、右手のトリガーを引いた。レールガンが吠え、閃光と共に発射された弾体が左側の敵機の脚部を貫通する。地面に激突した機体が煙を上げ、もんどり打って地面を転がった。

 だが、残った一機が速度を上げて突っ込んでくる。その速度は常識を超えていた。AI補正の限界を超えてきている――リオは直感した。


「――二ヴェル、何か方法はあるか!」


 だが、返答はなかった。リオが振り向くより先に、ネイヴのAI音声が制限解除の警告を発する。


『制御補正――オーバーライド。サブリンク、戦術パターンCへ移行』


「勝手に切り替えやがったか……!」


 ネイヴの動きが変わった。重力を無視するかのように跳躍し、敵機の死角へと回り込む。

 リオが操縦を補おうとするより先に、ネイヴが自律判断で左腕部のビームブレードを展開。赤い光の刃が閃き、敵機の頭部を一閃した。

 爆発音。衝撃。振動がコクピット内を揺らす。

 煙の中、敵機が崩れ落ちていくのを見届けたリオは、ようやく呼吸を整える。


「……はあ。やったのか?」


 その問いに、ようやく静かに二ヴェルが口を開いた。


「リオ。貴方の反応速度、前回記録より16%向上。ネイヴとの同調率、83%まで上昇してる」


「それ、良いのか悪いのか、どっちだ」


「良い……と思う。ただし、副作用がある可能性が否定できない」


「副作用?」


「“融合”の進行。今はまだ軽度。でも、ネイヴとの接続が深まれば――」


 そこで言葉を切った。リオは眉をひそめる。


「それは後でいい。今は……まだ戦場だ」


 ネイヴのセンサーが周囲の熱源を確認する。戦闘領域は、完全に沈黙していた。

 そして、無線が入る。味方部隊からの復帰信号。作戦区域の制圧が完了したという報せ。


『こちら《エルダ=ユニオン》制圧部隊。全敵戦力排除を確認、制空権確保――ヴァリアント・ネイヴ、初陣完了』


 その通信を受けた瞬間、リオの肩の力が抜けた。


「……終わったか」


 隣――いや、頭上で静かに座る二ヴェルが、小さく頷いた。無表情のまま、それでもどこか安堵したような、淡い感情が揺れていた。


「ありがとう、リオ」


 その言葉に、リオはふっと小さく笑う。


「こっちのセリフだよ、パートナー」


 戦場の空はまだ灰色だったが、彼らの中に確かな“始まり”が刻まれていた。


戦闘区域からの帰還中、コクピットは静かだった。

 破損部位は軽微、エネルギー残量は想定範囲内。〈ヴァリアント・ネイヴ〉は初陣を無事に終えたといってよかった。

 それでも、リオの心は妙なざわつきを残していた。

 あの最後の回避と斬撃――あれは明らかに、自分の操作を超えていた。ネイヴが自律判断で補正したと言えばそれまでだが、そこに含まれる“何か”が、リオの神経に引っかかって離れない。


「……あれが、お前の限界じゃないんだな」


 呟いた言葉は、すぐそばにいるパートナーに向けたものではなかった。

 それでも、二ヴェルは反応した。仄かに視線を落とし、抑揚のない声で言う。


「リオの反応を、ネイヴは“受信”していました。私も、同じように」


 リオはわずかに顔をしかめた。


「“受信”……まさか、考えを読んだってわけじゃ――」


「違う。ただ、貴方の判断に、私の予測が重なった。それだけ」


「そうかよ」


 それだけのやり取りだったが、不思議と息が合っていた。

 やがて輸送母艦イグザムの格納区画に帰還。無機質な着艦信号灯の下、ヴァリアント・ネイヴが格納用のスライドに脚を乗せると、重力制御フィールドにより静かに安定位置へと運ばれた。

 コクピットハッチが開き、外気が流れ込む。リオと二ヴェルが揃って外へ出ると、整備班が一斉に駆け寄ってくる。


「おい見たか! ネイヴの機動! あれはもう“試作機”の枠じゃねえ!」


「いやいや試作機だからこそだろう」


「まさかあのリオが一撃で敵を――しかも二ヴェルもいたのかよ、そりゃ化けるわけだ!」


 喧噪の中、二人は無言で通り過ぎる。

 その光景を、ひとりの軍服姿の男が見ていた。

 中佐階級章を肩に刻むその男――〈戦術機動群〉司令官、グラズ=レクターは、端末に表示された戦闘ログを食い入るように見つめていた。


「83%……想定よりはるかに早い。いや、それ以上か。二ヴェル、そしてリオ=アルヴァレス……」


 彼の背後には、もう一人、背広姿の老練な男が控えていた。


「レクター中佐、これで確信が持てましたな。〈ヴァリアント・ネイヴ〉は“抑止力”として通用する。白銀計画への“対抗馬”として――」


 レクターは返事をしなかった。ただ、通信端末のもう一つのログに視線を落とす。


《……ネイヴ、反応速度異常上昇。脳波同調指数、限界域へ接近……》


 記録された数値の一部には、軍機密指定のフラグが付いていた。

 そのとき、二ヴェルが小さく立ち止まる。


「リオ。……少し、寒い」


 その呟きは風のように静かで、そして――人間らしかった。

 リオは肩の上着を無言で差し出す。迷いも、戸惑いもない仕草だった。

 二人の影が並んで格納庫を後にする頃、空の灰色はようやく薄らいでいた。

 だがそれは、嵐の前の静けさにすぎない。

 “彼ら”が動き出すのは、もう間もなくだ。

流石に更新しなさすぎたのでまだ20話まで執筆終わってませんが投稿します

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