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第2話 冒険者と去った者

「お兄ちゃん!! 早速配信準備をしようぜ!!」



 さっきまで豪勢に夕食を食べようと言われていたのだけど、そんな事は忘れてしまったのか。


 まるで、ワクワクする子供のように机を叩きながらこちらにキラキラした瞳を向けてくる。




「Vチューバーとか俺知らんけど」

「私が知ってるよ!! パソコンとかマイク、機材はあるから任せて!!」

「なぜ、持ってる」

「Vチューバーになって稼ごうと思って。お兄ちゃんの勝手に借りてた」

「おい」




 勝手に俺の機材を借りていたのか。まぁ、確かに俺もDチューバーになって有名になってやろうとかは思っていたけども。


 そもそもあれは俺の父親の奴だけどね。






「Vチューバーのモデルは私に任せて! こう言うのは得意だから!」

「あ、そうなんだ」

「ちょっと待ってて、テーマも名前も設定も考えておくから! それまで適当に休んでて!!」





 そう言って、ソファに寝転がりタブレットに色々と書き込んでいる。



 あれ、今日ってダンジョンに一緒に行く予定だったけどいつの間にVチューバーのデザインを描く予定に変わったのだろうか?





「……えっと、ここをこうして」






 じっと、眉間に皺を寄せながらひたすらに描き進めていく永遠。



 なんか、状況の変化が読み込めないけど……俺、冒険者向いてなかったんだな。




 冒険者に俺は成りたかった。いや、英雄になりたかったんだ。



 そんでもって、借金なんてすぐに返して妹幸せにして外に出してやりたかった。あとついであわよくばモテたいし、美味しい高い寿司も食べたかった。




 いつもDチューバーを見てて、憧れと嫉妬を持ってた。この人達はすごくて俺も成りたいと言う感情と、俺だってこれくらいは出来ると言う願望。



 だから、今は凹んでいる。結局、俺には才能が無かったのだと……




「お兄ちゃん」

「ん?」




 今、へこたれた顔を見せるわけには行かないな。永遠は俺の妹だ、俺はお兄ちゃんだからな。だからこそ妹に弱みを見せれないのだ。




「ブラジャーの付け方知ってる?」

「……え? 知らないけど」

「あー、だよね。今度から女の子のふりするんだからその辺の常識はインストールしようよ。私の手伝うから!!」

「えー……あのあと、『だよね』って言い方腹立つんだけど」

「ごめん。でも、お兄ちゃん彼女居ないって言ってたし」

「逆に男子のパンツどうなってるか知ってる?」





 おい、否定はしないけども俺に彼女が居ないだろうって決めつけるなよ。こっそりモテてるパターンもあるかもしれないだろうが。



「おいおい、お兄ちゃんそんなの知ってるよ?」

「男子は秘部のところに穴が空いてておしっこしやすいようになってるの知ってる?」

「ええええ!? そうだったの!?」



 バカが!! 引っかかったな!!




「そんな訳ないだろ」

「あ、引っかけたな! このやろー!!!」

「ふっ、まだまだだね」

「ちくしょー! まぁ、冷静に考えたらお兄ちゃんのパンツは穴空いてないもんね……くっ、他の男子のパンツなど見たことがない無知が出てしまった!」





 さて、こんな茶番をいつまでもしている暇もない。俺として冒険者の夢が絶たれたことを切り替えないとな。



 


「お兄ちゃん、今度流行りのクレープとか食べいこっか」

「そうか……俺の傷を癒すために」

「え? あ、違う違う。冒険者の才能が無かったのは残念だなって思ってるけど、そう言うのじゃなくて、普通に女子が好きそうなスイーツとか把握しておこうよ」

「……」

「出来ればメイクコスメとかも」





 え? 



 E?

 


 もしかして、本当にこのままだと俺美少女Vチューバーにされる?


 いや、やりたくない……





「出来た!! お兄ちゃん見て!! 可愛いモデルができたよ!! 『ヴィクトルナ』!! 超絶可愛い女の子だぜ!!」

「あ、か、可愛いね……」

「でしょ! ここにお兄ちゃんの声があれば最高だよ! 勝利と月の女神っていう設定だから! キャラ設定は頭に入れてね! 慈愛に満ちた感じで!!」

「あ、キャラ設定とかあるんだ……」






 あの、俺Vチューバーに関してはほぼ無知と一緒なんだけど……





「お兄ちゃん、配信日は来週だよ! イラストは私が仕上げておく! 準備も進めておくから! あと、明日は日曜日だけどスイーツとか服とかアクセサリ見にいくよ!」

「……あ、うん」





 そして、俺は落ち込んでいる暇もなく、あれよあれよと言うままにパソコンの前に座り、ヘッドホンをして配信スタートまで秒読みとなってしまっていた。






 2040年、6月20日。俺は『ヴィクトルナ』と言う名前で配信をスタートさせた。



 そのヴィクトルナは勝利と月の女神、と言う設定であるそうだ。



 彼女と言っていいのかは分からないが、見た目は可愛らしい。流石は永遠が描いたキャラクターだ。



 その髪は銀色で腰ほどまで伸びており、瞳は右が赤、左が青のオッドアイ。さらに左目には涙ホクロがある。


 そして、髪の毛は永遠と同じでアホ毛が一本生えている。



 付け加えると、服装は白銀シルクのようなドレスに身を包んでおり、背中には神々しいサークルのようなものが書いてある。






「お兄ちゃん、がんばれ! 応援してる!!」

「あ、うん」






 やりたくねぇとは思いながらも、借金をもしこれで返せるならとも少し思ってしまった。


 あと、妹の圧が強くて逃げるに逃げれなかったのだ。





 ──【世界でとびっきり1番の美少女声を持ってる、Vチューバーです】




「ちょっと!? なんかすごい大袈裟なタイトルになってるんだけど!」

「でも、本当だぜ。お兄ちゃん」

「そうなの? 俺には可愛く聞こえない。いつもの自分の声なんだけど」




 何度もスキルを使ったが俺の声が可愛く聞こえることはなかった。やはり、自分には自分の声で聞こえるのだろう。ずっと疑問があったので録音した声も聞いてみたが


 妹には可愛く聞こえていても、俺にはいつもの自分の声にしか聞こえなかった。




 だから、いくら可愛いとか言われてもピンとこないし、自分がなんか裏声をしているような感じがして恥ずかしいのである。



「あの、本当にやらないといけない?」

「お兄ちゃん。これはやらないと! 周りを見返してやるチャンスだよ。もうね、バカにした連中全員、めっちゃ高い車とか乗って中指立ててやろうよ」

「おい、暴力的だぞ」




 こんな感じでいくら言っても聞こうとしてくれない。しかし、この次にチャレンジする精神は重要かもしれないな。


 うんまぁ、文句ばかり内心に垂れ流してもしょうがない。さっさとやってみるか。



「それじゃ、お兄ちゃん。始まるよ! ガンバ!!」

「おう」





 パソコンの中にヴィクトルナのアバターが表示されている。既に俺の体の動きに合わせて動いているようだ。





「お兄ちゃん、それじゃ! 見てるからね!」





 そう言って俺の自室から永遠は出て行った。一人ポツンと、いや、目の前のアバターがいるからなんか二人いるような気がする。


 まぁ、実質一人だけども。


 さて、そろそろ始めなくてはいけない。いつまでも逃げてはいられない。始めよう。





「あ、どうもー。新人Vチューバーのヴィクトルナですー」





 そうつぶやいた、俺には俺の声で聞こえるが妹が言うに美少女に聞こえるらしい。しかし、本当にそうだろうか。


 他の人の意見も聞いてみたいところだ……




 だがしかし、それを確認する術を俺は持たない……なぜかと言うと……





「同接1人かぁー」





 まさかの同接が1人、誰もみていなかったからである。この1はきっと妹であろうから、意味がないのだ。



 あらあら、これは流石にショック……とか言う気持ちには一切ない。



 寧ろよかったよ、美少女のふりをしなくて済むからね。それと昔ダンジョン配信していた時も客なんて身内であり妹が見ているだけだったからな。





「まぁ、これはしょうがないよね」






 そのタイミングで妹の永遠が携帯に連絡をしてきた。




『やっぱり声は最強に可愛いのに……この良さが伝わらないのが悔しい!!!』





 いや、これでよかったよ。うん、俺としてはこれでよかったのではないかと思うぞ。何度も言うつもりだが、俺には俺の声でしか聞こえないんだから。



 借金はバイトして、学生を卒業したら営業とかやっていくらでも残業して、必ず返してやるからな。



 だから、ここからはさっさと離れよう。




『お兄ちゃん、もうちょっと頑張ってみて!!』




 そう思っていたが妹がまたスマホに連絡をしてきた。どうやらまだ頑張るしかないらしい。ただ、誰もいないのに話すと言うも流石に無駄な行為では?




 しかし、俺もダンジョン配信を最初していた時はひたすらに話していたな。



 誰もみてないと分かっていたのに……コメントをするのが妹だけと言う経験もある。



 ふむ、まぁ、誰もいない訳だし。妹となら今からでも話せるだろし。



 直接、面と向かってさ。





『お兄ちゃん。もう少しだけやってみよ!! もうちょっとだけ!!』





 もう、辞めようと思っていた時にそう言われた。もう少しだけか……それなら、



 もう少しだけね……




 そのタイミングで……【同接2】と表示されたのに驚いた。




「あ!? だ、誰か見てます!?」

『お兄ちゃん、客が来たよ!! その声なら絶対キープできる!! 萌え萌えきゅんと言って!!(妹スマホ緊急連絡)』




 いやいや、流石に萌え萌えきゅんは言いたくないけども。だがせっかく客、視聴者が来てくれたと言うことでもある。


 何か話したほうがいいだろうか。




「え、えっとぉ、あ、【ライトセイバー(男)】さん、い、いらっしゃーい? こんにちは?」





 【ライトセイバー(男)】さんが視聴を開始しました。



 そう、俺の画面位は表示されている。確かに妹以外の視聴者が現れたのだろう。ほほう、男性ってことなんだろうか。わざわざ性別を記載するとは……。これはあれかな、話題とか振る時に性別とかも大事かもだし。



 そう言うのも考慮してくれってことか?






「あ、えっと……今日はなにされてたんですか?」




 そうは聞いてみたが返信とかするわけがないか……。こんなしどろもどろな感じじゃね。




【ライトセイバー(男):ダンジョンに行ってた】




 うぉ、返信が返ってきた!!! ダンジョン配信も含めて一度も帰ってきたことがなかった俺だけど初めて返ってきたよ。


 うわぁ、嬉しい! そうは思ったけど、この人冒険者なのか。


 単純な興味でどんな冒険者なのか気になるな


『お兄ちゃん、その人と会話して! 盛り上げて!!』



 おっと、我が妹も怒涛の思いをスマホで連絡をしてきているぞ。



「冒険者お疲れ様です。それでそれでどんな場所に行ったんですか!」

【ライトセイバー(男):詳しく話せないけど、まぁ、火山地帯】

「火山地帯!? え!? 火山地帯!?」




 おいおい、火山地帯って言ったらBランク以上の冒険者しか入れない場所だろ。


 ダンジョンには危険度が判定されており、ランクに見合った場所しか入れないはず。そして、火山地帯はBランク以上が入れる場所にしかないはず……う、嘘だろ、こんな凄い人がいるだなんて




「す、すごいですね! ……あ、私も冒険者を目指していたって言うか。英雄が憧れだったと言うべきか……でもまぁ、Eランクだったんですけどね。ははは……だから、凄いと思ってしまうんです。Bランク以上ってことですもんね?」

【ライトセイバー(男):別に……まだまだ弱いよ】




 いや、Bランク以上で弱いとか言われたら俺どうなってしまうんだよ。こっちはEランクなんですけど? 才能なさすぎて心折れてるんですけど……




「弱くないですよ。めっちゃ凄いと思います!」

【ライトセイバー(男):そんなことない】



 理想が高い人なんだろうか? まぁ、確かに上には上がいるとも言える場所だからなぁ。でもBランクって人気Dチューバーが多い印象なんだよね。


 危険度が高すぎる場所は死亡率が高すぎてエンタメ向きではないと言うし。


 しかし、この人のランクがどこまでなのかは判断つかない。だけれども、Sはほぼあり得ないとして、Aランク、いやBランクかもな。


 そこそこ強いけどまだ実力が足りないと思っているタイプ……うん、Bランクで伸びやなんでいる人と見た!!


 これ絶対当たってるだろ!!


 これでも冒険者オタクなんだぜ? 感は鋭いんだぜ? 知識だけは凄いんだぜ、カマキリ勝利だぜ。




「毎日ダンジョンに潜られてるんですか?」

【ライトセイバー(男):まぁ、それなりに】


「頑張ってるんですね」

【ライトセイバー(男):別に……まだまだ強さが足りないから、頑張ってると思わない】




 ふーむ、だいぶ自己肯定感が低い人だな。これはもしかして、長年Bランク冒険者をやっていたがなかなか先が見えず、成長も横ばいになってしまったが故の悩みか?



 ダンジョン系の本とか読み漁ってるとそう言う冒険者の悩みがあると聞いた。


 うんまぁ、Eランクの俺には無縁の悩みなんだけどね。ほら、あれだよ。いつかそんな悩みが来るかもしれないとか思っていたんだよ。来なかったけど。



 でもそうか、色んな悩みを持ってる人が居るんだろうなぁ……




 


 俺は冒険者として脚光を浴びるのは一部だけだと知っている。圧倒的な強さを持つ冒険者、多彩な配信をするDチューバー、我が道をいく個人勢冒険者。



 でも、それだけじゃないんだ。



 ダンジョンはモンスターを討伐しないと、モンスターが溢れてしまう。それを誰かが、日の目を浴びなくても討伐してくれる人が居るのだ。


 そりゃ、お金が発生してるからさ対価もらってるとは思ってるけどさ。



 それでも、俺は感謝をしている。俺はダンジョンに潜ることを許されなかった人間なのだから。


 俺は弱いのだから。




「強さを求めてるんですね。やっぱりかっこいいですね……私は強さを求めることをやめてしまったから。でもね、これでも、その、ライトセイバーさん、ほどでないと思うけど、少しだけは頑張ってて……だから、分かります。伸び悩みの時はきっと……苦しいですよね」

【ライトセイバー(男):苦しい……それはよく分からないけど。でも、焦りとかならあるかも。なんで冒険者やめたの】




──なんで冒険者やめたの




 その答えを俺はすぐに言えた。言おうかどうか迷ったけど、だが、この人とは少しだけ話してみたいと思った。いや、語りたいと思ったのだ。


 自分の話を聞いて、Bランクという高みに居る人はどう思うのか。気になってしまった。どうせ、俺の声としては聞こえないならバレることもない。




「そっか……わ、私? 借金がかなりあって、それで妹もいて、だから借金を返すために冒険者を目指したんです。でも、ずっと伸びやんでて。才能があるって思いたくて……いや、ないと認めたくなくてやってました」




 その人はコメントをしてこなかった。だが、同接は2人のままだったからまだ聞いているだと仮定した。




「英雄に……なりたくてカッコいい冒険者になりたくて。借金を背負ってそれなのに自分を貫いてました。でも、現実を知って最近、踏ん切りつきました」

【ライトセイバー(男):……そっか。私は正直、才能がない人の気持ちは分からないかもしれない。どちらかと言うと才能はあると言われてるから。でも、私も英雄、どちらかと言うとヒーローかな? それになりたいって思ってる。だから、少しだけ気持ちはわかるかも】

「そっか。ヒーローに……それで理想と現実のギャップとかがある感じですか?」

【ライトセイバー(男):うんそうかもね。足りないの。世界を救うには。ヒーローと言えるには】





 この人……どんな人物像なのか分からないけど熱い夢を持ってるんだな。俺とは違って、本物の冒険者なのかもしれない。




「いや、もうヒーローですよ。少なくとも私には憧れていた英雄と同じに見えました。それに私は弱いから。弱いからダンジョンに、強いダンジョンに挑む資格も与えられなかった」




「だから、ダンジョンの中で必死にモンスターを倒してくれる人は尊敬してます。ダンジョンの出口で見張ってくれたりする人もですけど」





「えっとだから……ありがとう、ヒーロー! 私は感謝してます! 無理をして守ってくれて、でも、無理はしすぎないように!!」

【ライトセイバー(男):……うん、ありがとう。あ、今日はそろそろ落ちるね】

「そうですよね。寝てください」

【ライトセイバー(男):いや、ダンジョンいく】

「ええ!? 寝たほうがいいですよ!!」

【ライトセイバー(男):睡眠いらない体質なんだよね】




 そんな毒効かない体質なんだよね? みたいな某暗殺一家の一族みたいなことを言っても……そう言うスキルなのだろうか。それとも痩せ我慢を……



 いや、どちらでもいいか




「そうですか! それではまた、気をつけてくださいね。貴方の冒険が上手くいくように祈っています」

【ライトセイバー(男):うん、ありがとう。ヴィクトルナ】






──【ライトセイバー(男)】さんが退出しました






 こうして、俺の最初の配信は終わった、なんだか複雑な気持ちで終わることになったけど。



 それでも、俺も……少しだけ気持ちが晴れた気がしたのだ。



 だから、良かったかもしれない











◾️◾️




 ダンジョン名『灼熱の螺旋』。Aランク以上しか入ることができないダンジョンが存在している。



 Aランク以上しか挑戦権が存在しないダンジョンは当然の如く高難易度であることは言うまでもない。そう、つまりは人が死ぬ可能性が大きくあるのだ。



 それも当然だろう。Aランク以上とは実質的にSランク、Aランクしか潜れないのだから。


 そこまで限定するのは意味がある。そのダンジョンから溢れるモンスターが全てが甚大な被害を引き起こす可能性を秘めていた。



 このような場所に入るものなど、なかなかいない。Dチューバーも基本的には安牌なダンジョンに潜り配信のゆるい空気感を大事にする。



 だからこそ、入れるものは数知れず、そして、どんな場所かは一般には公開されていない。




 それほどの危険な場所を




 《《一人の少女が佇んでいた》》




 まるで花畑に立っているかのように自然と、顔色ひとつ変えずに瞳を閉じている。


 微かな風で銀色の髪が揺れ、身につけている軽装の黒いコートも一緒に揺れていた。


 だが、次の瞬間その全てを切り裂くように瞳を開いた。その瞳の奥にはサファイアのような宝石と見間違う眼球が飛び出す。



 そして、突如として発生した紫炎を剣のような形にして手に収める。



「【冥界の剣】」




 小さく呟いた彼女は一歩踏みだす、すると一気に数十メートルまで跳躍し空飛ぶモンスターに突撃した。



 それだけで終わらず、豆腐を切るように10メートルはあろうモンスターを両断する。




「マジかよ……【冥剣】すごすぎだろ」

「現代を生きる伝説、Sランクねぇ。俺達いります?」

「圧倒的すぎて引く……人間って理解できない存在を見るとこうなってしまうもんかね」




 その様子を見ていた冒険者全員が、彼女の強さに恐れと敬意を抱いた。


 僅か16歳でSランクになってしまった最高峰の冒険者。



 ──その名を姫乃光(ひめのひかり)







 彼女はダンジョンにて計56体を討伐し、自宅に帰宅した。するとすぐさま彼女は着替え、風呂に入り、自身の冒険者ライセンスを確認した。




「……レベルアップなし」




 彼女はただ、強さを求めていた。だからこそ、自身のレベルがこの1年上がっていないことに焦りを感じていたのだ。


 レベルは上がれば上がるほど上がりづらくなっていくものであり、同時に自身の限界点を示すとも言われている。つまりは彼女は限界点を迎えようとしているのだ。


 しかし、彼女はそれで満足をしていない。





「まだ、強くなりたい。ヒーローに……」





 ふと、幼い時の記憶が蘇った。彼女の父親がモンスターによって襲われ目の前で死んだ時の記憶を。



 その後悔が彼女の原動力でもあった。もうそんな景色は見たくない、全ての人を救うヒーローになりたいと彼女は願っていた。



 だが、彼女は限界点を迎えていた。いまだに強さが足りないと思う彼女にとってはそれがストレスだった。いくらダンジョンで稼いでいようが、良い部屋に住んでいようが目指している場所から遠のくことは



 良い状態とは言い難い。





「ヒーローは1番強くてかっこいいんでしょ。パパ……なれるかな……私」




『パパは昔ヒーローになりたくてさ。でも、無理だったんだ』

『パパがなれなかったのなら、私がなる! 沢山助けるよ!!』

『それは嬉しいな。確かに光なら誰かを照らすことも、皆んなを照らすこともできるんだろうな。ママみたいに』






 遠い日の記憶の約束、もう彼女にはそれしか残ってなどいない。だからこそ、強さに執着していた。





「何か、強くなれる方法……」





 ただの気まぐれだった。スマホのDチューブで色々と動画を見ていた。


 しかし、すでに彼女は最強クラス。だからこそ、全てが役になど立たない意見だった。





「……強くなる方法……世界で1番」





 そう思っていた時……



──【世界でとびっきり1番の美少女声を持ってる、Vチューバーです】





「……世界でとびっきり1番、Vチューバーか……戦闘の動画ではないだろうけど……でも、世界で1番、とびっきり。世界で1番強くなる何かヒントになるかな」




 たまたま世界で1番の強さなどと検索して、適当に動画を見ていたら、世界でとびっきり1番の美少女声を持っているVチューバーを見つけた。



 その時の彼女の意見はなんとも言えないだった。このような世界で1番とか適当に言ってくる人はたまに出てくる。日本で1番売れてるメロンパンですとか言っておいて、実はそうでもなかったりする。


 

 だから、適当にバズりたいだけのやつかと思った。しかし、もしかしたら、何か強さへの秘訣があるかも知れないと思い、配信をクリックした





「つまらなかったらすぐ切ればいい……」





 そう思って、配信を開いた。するとすぐさま




『あ!? だ、誰か見てます!?』




 Vチューバーが彼女に反応をした。その時の彼女の心境は想像を絶する感覚だった。




「……か、可愛い」





 保護欲が湧いてくる、天使の生まれ変わりとすら言えるほどにその声は美しかった。荒れ狂うマグマの中に一滴の水だけで冷ましてしまうかの如く、姫乃光の心に保護欲が湧いた。





『え、えっとぉ、あ、【ライトセイバー(男)】さん、い、いらっしゃーい? こんにちは?』





 ちょっと慣れていない所が余計に可愛いなと言う印象を彼女は持っていた。思わず、手が震えまじまじと配信画面を見る。








「あ、どうしよう……声可愛い、てか可愛い。どうしよう……これはもう少しだけ」




 すぐさま配信を切るつもりであったが彼女はもう少しだけ残ることにした。















「──あ、【ライトセイバー(男)】……身バレ防止で男性ってことにしてるけど……問題はないよね……?」
















『あ、えっと……今日はなにされてたんですか?』

「こ、これは返信したほうがいいよね? だって、こんな可愛い子を無視するなんてできないし」



 誰に確認をしているのか、彼女自身もわかっていないが可愛い声に誘われるように彼女は返信をしてしまっていた。



【ライトセイバー(男):ダンジョンに行ってた】



「淡白な返事すぎたかな」





『冒険者お疲れ様です。それでそれでどんな場所に行ったんですか!』

【ライトセイバー(男):詳しく話せないけど、まぁ、火山地帯】

『火山地帯!? え!? 火山地帯!?』

『す、すごいですね! ……あ、私も冒険者を目指していたって言うか。英雄が憧れだったと言うべきか……でもまぁ、Eランクだったんですけどね。ははは……だから、凄いと思ってしまうんです。Bランク以上ってことですもんね?』

【ライトセイバー(男):別に……まだまだ弱いよ】




 何度もラリーをする中で彼女は逆にあわあわとして、焦りながら返信をしていた。もうコメントというより一対一の話し合いのようなものだ。



「え、えと、こんなコメントでいいのかな? そもそもコメント自体が初めてだし」



『弱くないですよ。めっちゃ凄いと思います!』

【ライトセイバー(男):そんなことない】

『毎日ダンジョンに潜られてるんですか?』

【ライトセイバー(男):まぁ、それなりに】

『頑張ってるんですね』

【ライトセイバー(男):別に……まだまだ強さが足りないから、頑張ってると思わない】



 少しずつ、コメントをして配信を眺めていく中でわずかな充実を抱いていた。


「この人、すごく褒めてくれる」

 



『強さを求めてるんですね。やっぱりかっこいいですね……私は強さを求めることをやめてしまったから。でもね、これでも、その、ライトセイバーさん、ほどでないと思うけど、少しだけは頑張ってて……だから、分かります。伸び悩みの時はきっと……苦しいですよね』



 


 ──苦しい




「苦しい……私は苦しいのかな……? どう、なんだろう。この人は冒険者をしていた時苦しかったのかな」



 自然と姫乃光はヴィクトルナに興味を持っていた。だからその疑問は当然だったのだろう。



【ライトセイバー(男):苦しい……それはよく分からないけど。でも、焦りとかならあるかも。なんで冒険者やめたの】





 その質問をすると、ヴィクトルナは少しだけ複雑そうな声音をで語り始めた。




『そっか……わ、私? 借金がかなりあって、それで妹もいて、だから借金を返すために冒険者を目指したんです。でも、ずっと伸びやんでて。才能があるって思いたくて……いや、ないと認めたくなくてやってました──』



『──英雄に……なりたくてカッコいい冒険者になりたくて。借金を背負ってそれなのに自分を貫いてました。でも、現実を知って最近、踏ん切りつきました』




 その話を聞いた時、姫乃光は自分とこの子は違うけど、似ているという不思議な感覚を持っていた。





【ライトセイバー(男):……そっか。私は正直、才能がない人の気持ちは分からないかもしれない。どちらかと言うと才能はあると言われてるから。でも、私も英雄、どちらかと言うとヒーローかな? それになりたいって思ってる。だから、少しだけ気持ちはわかるかも】

『そっか。ヒーローに……それで理想と現実のギャップとかがある感じですか?』

【ライトセイバー(男):うんそうかもね。足りないの。世界を救うには。ヒーローと言えるには】




「なに。言ってるんだろう……初対面の人。いやそもそも対面もしていない人なんかに」



──弱さ



 自身の弱さが出てしまったと彼女は後悔した。ヒーローになりたいと願う彼女にとっては、弱さを無くして見せないのが正しいと思っていたからだ。





『──いや、もうヒーローですよ。少なくとも私には憧れていた英雄と同じに見えました。それに私は弱いから。弱いからダンジョンに、強いダンジョンに挑む資格も与えられなかった』




──ヒーロー




「私が……私がヒーロー……?」



『だから、ダンジョンの中で必死にモンスターを倒してくれる人は尊敬してます。ダンジョンの出口で見張ってくれたりする人もですけど』



 また、頭の中に父親との約束の記憶がフラッシュバックした。それは彼女にとっては大事な記憶で根源でもあった。だから、それが芯でもあり、歪みでもあった。



 その約束だけが彼女に残された大事なものだったから。決して離すことができなかったのだ。







『えっとだから……ありがとう、ヒーロー! 私は感謝してます! 無理をして守ってくれて、でも、無理はしすぎないように!!』







「……私、私もなれたのかな」





 そうか、と彼女は思わず張り詰めた空気感僅かだが落ちた。ぱたん、とソファに背もたれをついて、僅かに天を仰いだ。




【ライトセイバー(男):……うん、ありがとう。あ、今日はそろそろ落ちるね】



「また、ダンジョンに行こう……強くなりたいから。私はこの子みたいな人を守りたい」



 そう言った彼女の顔は最初とは違って晴れやかだった。




『そうですよね。寝てください』

【ライトセイバー(男):いや、ダンジョンいく】

『ええ!? 寝たほうがいいですよ!!』

【ライトセイバー(男):睡眠いらない体質なんだよね】

『そうですか! それではまた、気をつけてくださいね。貴方の冒険が上手くいくように祈っています』

【ライトセイバー(男):うん、ありがとう。ヴィクトルナ】





 それだけコメントを残して、姫乃光は配信を見るのを止めた。




「チャンネル登録しよう……次の配信はいつなんだろう……」




 Vチューバーヴィクトルナを見ながら彼女は次も配信を見ることに決めた。












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