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偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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雪深き知らずの森(1)

「リリィ、お前の妹から事情は聞いているわ。ただいまをもって見習い聖女の資格を剥奪とする。情けを知らぬ偽聖女など、どこへなりとでも好きなところへ行くといいわ」

「お待ちください、何かの間違いでございます! どうぞお考え直しくださいませ!」


 かたかたと震えながら、リリィは大聖女に訴え出る。特別聖女として才能に溢れていたわけではないが、誰よりも真面目に聖女としての修行と職務に取り組んでいたつもりだ。他の見習い聖女たちが嫌がるような、目立たず、その癖労力が必要な面倒な仕事はリリィがすべて担ってきた。


 彼女がいなくなれば、神殿の仕事は滞る。それでも今まで楽をしてきた他の聖女見習いたちが、リリィの代わりに労力を割くことはないだろう。つまりその影響を受けて苦労するのは、上の決定に従うしかない末端の見習い聖女や神官たちだ。けれどそれをわかっているはずの大聖女は、つまらなそうな顔で膝の上の黒猫をなでるばかり。


「そんな、間違いだなんて。お姉さまが見習い聖女だなんてちゃんちゃらおかしいですわ。お話になりません。無意味以外のなにものでもないではありませんか」

「そんな……」


 くすくすと楽しそうに笑っているのはリリィの異母妹だ。本来ならば神殿関係者しか入れない場所に彼女がいる事実に、リリィは自分の置かれた状況が予想以上に悪いことを知った。ゆっくりと辺りを見回しても、リリィと視線が合う聖女たちはひとりもいない。


「お姉さまったら、お可哀そうね。跡取りの座も婚約者もあたしに譲ってくれたのに、せっかく手に入れた見習い聖女の資格まで失ってしまうなんて。お気の毒なお姉さまを実家で養ってあげたいのはやまやまなのだけれど……」

「見習い聖女として神殿に入った時点で、貴族籍を抜けております。実家に戻るつもりはございません」

「本当にお姉さまって、愚かなのだから。まだ理解していらっしゃらないのね」


 ただの平民になっているリリィは、どんな理不尽なことを言われても礼を尽くして対応しなければならない。幼い頃はリリィのことを慕ってくれていたはずの異母妹は、蔑みも露わに嘲笑っていた。


「お姉さま、ぼんやりしている時間などなくってよ。見習い聖女がその資格を失い、神殿から追放されるだなんて前代未聞。神の御加護を失った異端者と見なされて、石を投げられても仕方ありませんのよ?」

「それは」

「まあ悪口や石くらいなら良いでしょうけれど。異端審問にかけられた挙句、犯罪奴隷にまで堕ちてしまったら、魔力を強制的に吸い出す足枷をつけられてしまうやもしれませんね。鉱山奴隷と娼館落ち、どちらが楽しいかしら。さあ、早くお逃げになって」


 そこで扇を艶やかに広げると、へたり込むリリィの耳元で異母妹はそっとささやいた。


「ああでも、神殿に睨まれたお姉さまに行くところなんてあるのかしら。誰だって厄介事を持ち込まれるのはごめんですもの。お姉さまも、数少ないご友人を危険にさらしたくはないでしょう?」

「……私に名誉ある死でも与えてくださるのでしょうか」

「まさか。そんなお姉さまにお勧めなのは、知らずの森ですわ。餞別代わりに知らずの森までは馬車を用意しておりますわ。獣除けの香もね」

「何とも用意の良いことで」

「お姉さまの荷物もすべて積み込み済み。気の利く妹に感謝してくださって良いのですよ? どうぞあちらで、素敵な余生をお送りくださいませ」


 物騒すぎる異母妹の言葉に顔を青ざめさせつつ、リリィはわずかばかりの荷物とともに住み慣れた神殿を後にした。



 ***



 リリィは、歴史だけは長い田舎伯爵家の一人娘である。残念なことによくある話だが、リリィの母が亡くなると、彼女の父は外で囲っていた愛人と異母妹を屋敷に招き入れた。下町育ちの平民母娘。それでもリリィは、彼らを受け入れた。残念ながら差し出した手は、継母によって振り払われたのだけれど。


 リリィのことを毛嫌いする継母とは対照的に、異母妹は非常によくリリィに懐いていた。「姉さま」と舌ったらずに呼びかけ、どこへ行くにもちょこちょこと後をついてくる。生まれて初めて見た生き物を親だと勘違いした小鳥のように、異母妹はリリィを慕っていた。懐いてくれれば、情だって湧くというもの。もともと一人っ子で寂しい思いをしていたリリィもまた、新しくできた妹を心から可愛がっていた。事情を知らぬひとが見たならば、ふたりは実の姉妹にしか見えなかったことだろう。


 その関係がおかしくなったのはいつ頃か。リリィに婚約者ができる頃には、もうすっかり異母妹はリリィのことを下に見るようになっていた。ことあるごとに、「ほしい」「ずるい」と繰り返す。リリィがたしなめようものなら、「不貞の子だと意地悪をされている」と泣いて周囲に訴えていたものだ。


 冗談ではない。大切なもの、お気に入りのものは、金額の大小にかかわらず、すべて異母妹のものになった。人形、ドレス、宝飾品。リリィの婚約者まで異母妹が「欲しい」と言い始めた時には、予想通り過ぎて密かに笑ってしまったくらいだ。歴史はあるが金のない伯爵家と、金はあるが歴史のない成金男爵。政治的な意味でちょうどつり合いのとれた婚約だった。


 そして確かに婚約者は、異母妹好みの美しい男だった。ただ非常に優柔不断で、押しに弱いところがある。だからこそ、唯々諾々と異母妹に流されてしまったのかもしれない。どうせ自分ではなく、異母妹と婚約・結婚することになるのだろうとわかっていたから仲良くなり過ぎないように距離を取っていたし、最初から覚悟はできていたけれど、それでも傷つかないわけではないのだ。


 そのような中でリリィが幼い頃から大切にしていた腕輪が取り上げられなかったのは、僥倖だった。もちろん、異母妹がその腕輪を善意で見逃してやったというわけではない。何せ亡き母の形見だろうが、問答無用で取り上げるような人間なのだ。実のところただ単にリリィが成長してしまっているせいで、腕輪を外すことができなかっただけなのである。


 ちなみに基本的に何でも欲しがる異母妹だが、本心からリリィの物が欲しいのかというとどうもそうではないらしい。何はともあれ、リリィから取り上げるという行為こそが重要のようだ。だからこそ、腕輪の場合は負け惜しみめいた嫌味を言われるだけで済んでいた。


『まあ、そんなもの欲しくありませんわ。ガラス玉にも劣るくすんだ宝石、さすがお姉さまが昔から大切にしていらっしゃるだけありますね。しょうもない代物を一生外すことができないだなんて、お姉さまったら本当にお可哀そう』


 異母妹が本気で欲しがっていたなら、実の父親によってリリィは手首を切り落とされていたかもしれない。異母妹を溺愛している父親なら罪に問われることでも簡単にやりかねないことをよく理解していたリリィは、腕輪に嵌められた宝石の素朴さにこっそり感謝を捧げたほどだった。


 こんな場所にいては、命がいくらあっても足りない。結局この一件の後すぐに、リリィは神殿入りすることを決めた。王国の神殿は心の拠り所であると同時に、病や怪我に苦しむひとにとって最後の砦である。万年人手不足の神殿では、神官や聖女を志す者には広く門戸を開いていた。


 もちろん聖女は尊敬されるが、裕福な暮らしができるわけではない。貴族社会から切り離されているため、質素倹約につとめ、人々のために奉仕する日々となる。戦場に立つこともないとは言えない。それは蝶よ花よと育てられてきた貴族の子女にしてみれば、とんでもない苦行に見えるらしい。


 それでも神殿に行けば、自身の能力を活かして、自分なりに生きていくことができる。何より神殿には、リリィの憧れである大聖女がいた。通常ならばお目にかかることもできない大聖女にも、聖女見習いになれば仕事上そばに行くことも可能になる。リリィは最良の選択だと信じて、神殿の扉をくぐったのだった。

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