第五部 遠い遠い昔話
エヴェルと戦っている間、火犬のソウマは草狐のソウマの中で昔の事を思い出していた。
感情の無い兵器。彼を端的に表す言葉は、誰がどう見てもそうであった。彼は謎の人物の元で延々とそうなる為の教育と強化しか受けなかったからだ。彼が唯一感じていたであろう強化時の『痛み』さえも消え失せ、命令に従うという意識のみを持つ様になった頃、ある命令が出された。
「試しに、この都市を滅ぼして来い」
彼にとって、初めての外の世界、無機質な白い壁以外の風景だった。普通なら目を輝かせ、憧れるに違いないだろうが、残念ながら彼はそうならないように作り上げられていた。彼は目に留まるもの全てを焼き尽くした。作戦など必要ない程、彼の紫色の炎は強力で、戦士、更には軍人の攻撃すらも無意味だった。殺したうちの一人が、
「なんでこんなことするの!」
とソウマに恨み言を放った。
「メイレイサレタカラ」
それは、彼がこの先一万回は言う言葉だった。それから、彼は同じような事を何度も何度も繰り返した。そして、それは永遠に続く筈だった。ある狐の国の都市で、彼はストキに出会った。もう五百年程前の話である。大量の岩に体を貫かれ、彼は撤退した。その時彼は、『痛み』を取り戻した。
「メイレイ、デキマセン、デシタ」
彼は更に強化された。また同じ日々が繰り返された。少し何かあったとすれば、一人の少女が周りの怨念を巻き込んで暴走したが、直に力尽きそうだったので放って置いたことぐらいだった。しかし、彼はそこで『嫌悪』を身を持って味わった。それから、彼は同じ生活を続けながらも、強化の度に胸がざわつくのを感じた。
「今回のは大きい都市だ」
五年後、彼はそこで出会ってしまった。滑らかな純白の直毛に白い虎の耳、そして琥珀の様な目。それを持ち合わせた者は、彼の攻撃を全て無効化し、捕まえてしまった。それから彼は処刑されたが、結局彼が人生の中で取り返した感情はたった二つで、狭間の世界でもその数が変わる事は無かった。しかし、彼は幸運にも今のソウマに出会った。そのソウマが彼にかけた言葉は、彼にとっては全く知り得なかったものであり、彼に大きな変革をもたらした事は言うまでも無かった。
『ありがとう』
その一言で、彼の行動原理は根源から覆されてしまった。彼が知識として知っているだけだった、その言葉で。
「アリガトウ」
ソウマはポツリと呟いた。勿論戦っている草狐のソウマには届かない。しかし、彼は初めて微笑んだ。




