第五部 壁を越さずとも
イネイは遠くにいた為爆発に巻き込まれずに済み、偶然ライトを見かけた。ロルは相棒を探しに去っていった後だった。イネイは近づいた。
「ライトさ……」
イネイは目に飛び込んで来た景色のせいで言葉が継げなかった。穏やかに眠るトルキと、その真反対に震えながら涙を流しているライト。イネイはすぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
イネイはライトの肩を持とうとしたが、ライトは正面からイネイに倒れ込んだ。イネイは慌てて受け止めたが、まるで抱擁の様だった。
「へっ……」
顔が真っ青なライトとうって変わって、イネイの顔は真っ赤になった。
(今はそんな場合じゃなかった!)
イネイはライトの頭を撫でた。
「ぼ、僕っ」
ライトは泣きながらイネイに告げた。
「もう、戦士、続け、られない……かも」
それは、三十分前の出来事だった。トルキはライトに再び話しかけた。
「良いのか?親の仇は」
ライトは膝をついた。冷たい汗が頬を伝った。
「何、だよっ、それ」
「言葉の通りだ」
「ばっかじゃ、ないの」
「生憎頭は打っていない」
「うっ……」
ライトはそのままうずくまった。
(なんか、吐き気がっ……)
ライトはそのまま動かなくなった。トルキは指先さえ動かさなかった。
「そうか……。だが、俺がまたお前に会う事は……おそらく無い」
(僕には、そんな壁、越せない……。越したくない……)
ライトには、トルキの言葉が聞こえていなかった。そのまま、トルキは眠ってしまい、ライトは一人で悶々と考え出してしまったのだった。
「そう、ですか」
イネイはライトのおぼつかない説明を、ゆっくりゆっくり聞いていた。イネイはライトを抱きしめた。
「“勇者”と呼ばれたベルナラ。“勝利の女神”と呼ばれたエレン。この二人の共通点は、なんだと思いますか?」
ライトは答えなかったが、イネイは続けた。
「正解は、『人殺しである事』です。でもね、ライトさん」
イネイはライトを解放し、目を合わせた。
「私がライトさんになって欲しいのは、勇者じゃありません」
イネイはライトの両頬を包んだ。
「人殺しの出来ない、優しすぎる戦士……かつて誰も見たことの無い形の英雄です」
ライトの目に光が戻った。それと同時に、
「イネイ……ちょっと、近いっていうか……」
と顔を赤くしながら言った。イネイは時間差で顔を真っ赤にした。
「ああっ、なんてことを!申し訳ございません!一生の不覚!」
「あ、ええと、でも……ありがとう」
ライトはそう言って笑った。いつもと違う、控えめな笑顔で。




