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第3話

 その後も森の中を歩き続けたが。一向に森から出られる気配はなかった。やがて、日が暮れて、元々薄暗い森の中はすぐに暗くなる。


「これ以上歩くのは無理ね。この辺で休みましょう」


 エリカの意見に、とおるも「そうだな」と賛成する。暗くなってから森の中を歩くのは危険だ。


 エリカは、袋から火打ち石を取り出した。そして、枯れ葉を集めて火をつけようとする。カチッ、カチッと石を叩きつける音が響いた。徹は、その様子を不安気な顔で眺める。


「火をつけるのか?」


「そうよ。明かりがないと真っ暗で、何も見えなくなるでしょ? それに、少し寒いから」


「でも、大丈夫かな? さっきのオークみたいなやつに見つかるんじゃないか?」


 徹が気にしていたのは、さっき見かけたオークに似た怪物のことだった。火を起こせば、向こうに発見されるリスクがある。


「確かに、その危険はあるわ。でも、それでも火を起こすべきよ。じゃないと凍えて死んじゃうわ」


 エリカは、火打ち石を鳴らし続ける。やがて、飛んだ火花が火種となって、枯れ葉が燃えだした。そこに、木の枝を入れて炎を安定させていく。


「ずいぶん手慣れているな」


 徹は、感心したような声を漏らす。エリカは、振り返って笑った。


「趣味よ。ソロキャンプが好きだったの。死ぬ前の話ね。だから、こういうの得意なの」


 アウトドアが趣味なのか。エリカの行動は頼もしく感じられた。それに比べて自分のなんと頼りないことか。オークみたいな化け物を恐れて、火を起こす勇気すらなかった。徹は、自分が恥ずかしくなった。


「お腹が空いたわね。食事にしましょう」


 エリカは、背負い袋を地面に置き、中から干し肉を取り出した。そして、口に入れてかじりつく。咀嚼そしゃくしながら言った。


「うん。食べられるわ。何の肉か分からないけど。あなたも食べたら?」


 徹も自分の袋から干し肉を取り出した。噛んでみるとかなり固い。しかし、噛むごとに塩と肉の味が染み出してきて美味かった。


 焚火の火で、少しあぶってやると柔らかくなり、さらに旨味も増して食べやすかった。



 食事を終えて、2人でただ焚火を囲むだけの時間が流れる。エリカは、軽くため息をついた。


「はあ。コーヒーでもあれば、沸かして飲みたいところだけど。そんな贅沢言ってられないわね」


「そうだな……」


 気まずい空気だ。彼女もいない、いたことのない徹にとって、女性と2人きりで何を話せばいいのか分からない。しかし、いらぬ心配だったようで、エリカの方から話題を振ってくれた。


「ねえ。あなたのこと徹って呼んでいい? それとも名字で、古賀さんと呼ぶべきかしら?」


「徹でいいよ」


「そう。私のこともエリカって呼んでいいからね。ところで、徹は何歳だったの? 死ぬ前の年齢としは」


「25歳だけど」


 徹が答えると、エリカは少し微笑んだ。


「あら。じゃあ、私の方がお姉さんね。私は、死ぬ前27歳だったから。もっとも、今の体は何歳なのかしら? 生まれ変わったのなら、死ぬ前の年齢なんて関係ないかもね」


「いや、どれだけ長く生きたかの方が重要じゃないかな。関係なくはないと思う」


「……そうかもね。まあ、生きたって言ってもそんなに大した人生じゃなかったけど」


「俺だって、別に大した人生じゃなかったよ。最近は毎日遅くまで仕事で。家と会社を往復するだけの日々だったし。つまらない人生さ」


 しばらく沈黙が訪れる。焚火のパチパチという音が響いた。2人ともぼんやりと焚火の炎が揺れるのを眺めていたが。エリカが沈黙を破る。


「ねえ? 私たち、考えようによっては、ラッキーだったと思わない? 死んじゃったけどさ。こうして別の世界に生まれ変わってさ。しかも、1人じゃなくて2人でだよ。もし、1人ぼっちだったら、今頃どんなに孤独だったか。徹。あなたがいてよかったわ」


 エリカがジッと目を見つめてくる。徹は、恥ずかしくなって視線を逸らした。


「お、俺も君がいてくれて、よかったと思うよ……」


 これは徹の本心だった。1人でこの世界に転生していたら、どんなに心細く感じていたことだろう。素直に、エリカがいてよかったと思える。


「あははは。私たち、いいコンビになれそうだね。まずは、この森を抜けなくっちゃね」


「そうだな……」


 手持ちの食糧は限られている。この森を抜けて、村や町の人里を見つけたとしても、それからどうするか課題はあるが。まず、この森を抜けなくては話にならない。


 やがて、夜は更けていく。徹とエリカは、交代で睡眠をとることにした。片方が寝ている間、もう片方は見張りだ。


 この森には、昼間見たオークみたいな怪物がうろついている。用心するに越したことはない。


「じゃあ、先に眠らせてもらうわね。何かあったら、遠慮なく叩き起こしてちょうだい」


 先にエリカが寝ることになった。レディファーストだ。徹もこれくらいは男を見せたかった。


 エリカは、横になるとすぐに寝息を立てる。エリカが寝ると、今まで静かだった森の中は途端に音であふれ出した。鳥や虫の鳴き声など、森の中は静かなようで騒がしかった。


 1人でいる時間が心細く不安になるが、徹はエリカの寝顔を見て落ち着きを取り戻す。そうだ。自分は1人ではないのだ。そのことが、どんなにも心強く感じられた。



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