77 そして主人公のバトンは次へと引き継がれた
レナルドは、今までの光の盾公爵と同じように自分に課せられた仕事と使命を理解して、すんなりとその事実を受け入れてくれた。
……と、言えたらどれだけよかったことか。
レナルドは物凄く反抗した。びっくりするくらい、想定外に反抗した。
「勿論お父様のお仕事の後は継ぎますよ。でも僕は、オリヴィエおばさまみたいに色んな国を冒険したいんです! どうして僕が、ローレンス家が、この国の負の感情を一手に引き受けないといけないんですか? それで溜まり切ったら浄化作業ですって? 冗談じゃないです。そんなの絶対におかしいです!」
これは、私たちがレナルドにリュミエールという国の成り立ちと共に、光の盾公爵の仕事がどのように変わって現在の形になったのかを説明した時に言われた言葉だった。
私もヴェール様もレナルドの理解力の早さと自意識の強さに圧倒されて一瞬言葉を失い、前半に対する返答と後半に対する返答、どちらから答えるべきかと考えてしまって返答するのが更に遅れた。頭の回転の速さではもう負けている。
「レナルド、説明したようにリュミエールに魔物が出ず、他国と比べても豊かで平和でいられるのは、国王の光の剣とローレンス家の光の盾の力があるからだ。今は私の体内にあり、次はお前の番だ。すまないと思う気持ちがないではないが、これはローレンス家に生まれた者の宿命なんだ」
「……光の剣のお陰で国内に魔物が出ないのはいいですよ。でも、国王への不満から反乱や紛争が起こらないように先回りして負の感情を回収するのは、馬鹿げていると思います。王が正しい政治をすれば悪い事なんて起こらない筈でしょう?」
全く耳が痛い。確かに理想を言えばその通りで、ぐうの音も出ない正論に益々反論の余地がなくなっていく。
でも、頷くわけにはいかなかった。私たちは光の盾の機能が止まった時を知っているし、世界は理想だけでは成り立たない。
「お父様の、そしていずれあなたが継ぐ光の盾のお仕事が馬鹿げている事かどうか、レナルド自身の目で確かめたらどうかしら」
「リアナ……それはどういう」
「レナルドにリュミエール国内と周辺の諸外国とを、直接見せてあげたいと思うのですがヴェール様はどう思われますか?」
本当はこんな教育はよくないのかもしれない。恵まれている自国と、魔物が出て負の感情の回収など無い他国とを見比べさせて、どちらの方がいいと思うか? なんて最低な人間のやることな気がする。
でも、ただ生まれついた先が貴族だったというだけの人間が、平民の生活を見てああはなりたくないと見下すのとは違う。ローレンス家の当主は命を懸けてリュミエールの平和を守ることになる。
リュミエールという一国の平和を存続させるか終わらせるか自体の鍵を握っているのだから、事前に自身の目で見ておくことは正しいことだと思う。
「外に行けるの? 冒険に行けるの? 行きたい! 僕はこの国も他の国も沢山見てみたいです!」
「……そうですね。自分の目で見てみるというのはいいかもしれません」
レナルドが既に決定事項のようにはしゃぐ姿を見て、ヴェール様は軽く息を吐きながらもそう同意して下さった。
後で聞いた話だけど、やっぱり何代かに一人はレナルドのように光の盾不要論を唱えて拒否する当主がいるという記録が残っていて、その解決方法が私の提示した内容と同じ、国内や近隣の外国を見て回りいかに光の盾の存在が必要で重要かを理解させるというものだったのだ。
試しに負の感情の回収を止めてみるなんてことは出来ないし、人里離れた辺境の城に住んでいると、平和を守っていると言われてもピンと来ないようで結局はショック療法が一番いいらしい。
「やっっった! ありがとうございます、お父様、お母様! お二人とも大好きです」
これは、レナルドの冒険がしたいという希望と、光の盾の重要性を認識してもらうのとを一度に済ませようという、私の策略。本当は好きに人生を送らせてあげたいけれど、ローレンス家の次期当主にお姉さまのような生き方はさせられない。
だからまだヴェール様が元気なうちに、出来るだけやりたいことをやらせてあげたい。
「ただし、条件がある」
そう言ったのはヴェール様で、提示したのは三つだった。
一つ目は、国内と近隣の国を見て回るにはオリヴィエの同行が必須であること。オリヴィエの言う事には全て従うこと。
二つ目は、旅に出る前に浄化作業がどういうものか、自分の目で見て目を逸らさぬこと。
三つ目は、帰ってきたらどのような感情を抱いたか、何を思ったか、自分の言葉で書いてまとめて私たちに報告すること。
静かに、だけど反論や口答えはさせないという強い意志を感じる口調でヴェール様が言うと、レナルドも真剣な表情で頷いた。
「分かりましたお父様。ただの遊びではないこと、理解しているつもりです。ローレンス公爵家の次期当主の座に就く者として、しっかりと必要なことを学んできたいと思っています」
ううん、立派過ぎる。あまりの立派な物言いに、冒険に行きたいという言葉も負の感情の回収への異議申し立ても全て、レナルド自身が納得するために最初から考えていたことみたいだった。
凡そ七歳とは思えない言動や考え方に、もしかしたらこの子はある地点から戻ってきて二度目の人生を歩んでいるのか、それとも別の世界である程度生きた人間が飛ばされてきた転生者なんじゃないかと思う。
だけど確認はしない。したって意味がないから。私もそうやって見逃されてきたのかもしれないし、うちの子は神に愛された天才なんだって思う方が余程幸せだもの。
「レナルド、世界一可愛い私の子、愛してるわ」
「僕も、お母様とお父様の子に生まれて来れて幸せです」
そんな会話をしてから約半年後、入念な準備と打ち合わせを重ねて、レナルドは専任の執事と使用人、それにオリヴィエお姉さまと冒険仲間の一行と共に旅立って行った。
予定では半年ほどの、勉強を兼ねた冒険だ。出発前には沢山抱きしめてキスをして、私とヴェール様と使用人たちとで手を振って送り出した。
可愛い子には旅をさせよ。とは言っても流石に早すぎる気もするし、大切なローレンス家の跡取りを国外に出すのが怖くないとは言わないけれど、レナルドならきっと大丈夫。
赤い目が呪われた魔物の目ではないことが証明されてから、凡そ八年。その話はリュミエールだけでなく様々な国に広がって、目の色はただの個性という認識になりつつある。
完全に差別や迫害が無くなったわけではないみたいだけれど、それでも人伝に何件か、赤い目を持つ人が少しだけ生きやすくなったという話は聞いた。どこの国でも存在をひた隠しにされていただけで、いない訳じゃなかったみたい。
赤い目を持つレナルドが外に出て行くことで、更に良い方向へ向かってくれたらいいのだけれど。
「暫くの間、寂しくなりますね」
ヴェール様が私の肩に腕を回して抱き寄せながら言うので頷いた。
「レナルドがいないと、このお城は一気に静かになりそうですもんね」
それから私は首を傾けて、ヴェール様の顔を見上げて笑った。
「でも同時に、私はヴェール様を独り占め出来る時間が戻って来て嬉しいですよ」
そう言うとヴェール様も笑って、使用人たちの目があるのなんて少しも気にしないでキスをした。
物語の終わりはこうでないとね。
これで、呪われた令嬢リアナのイチかバチかの大冒険はおしまい。めでたしめでたし。ちゃんちゃん。またね。
後半更新が不定期ですみませんでした!
拙い作品にお付き合いいただきありがとうございました!
 




