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76 七年後


レナルドは、とても優秀な子に育った。


そして同時に、とてもヤンチャな子にも育った。


頭の回転が速くて理解力が高く、一度教えたことは覚えて忘れず自分で物事を考え意見することも出来る。公爵の爵位を継ぐには十分過ぎる頭の良さに感謝しかないのだけれど、なんというかまあその反面でとても悪戯坊主だった。

頭がいい分、何をしたら大人の気を引けるか、どこまでなら怒られないかという一線を知っている。知っていてわざと超えることもあるけど、ギリギリを攻めてこちらをやきもきさせるのが楽しいみたい。怒ればいいのだけどそれも結構体力を使うし、理論で反発されると面倒くさい。

そう、面倒くさいのだ。子育てって忍耐なのだ。


隙あらば城を抜け出して森の中を駆けまわって、木登りをしたりトムに魔法を使って遊んでもらったりしているようで、まあ一体誰に似たのやらと考える度に、オリヴィエお姉さまの存在が頭に浮かぶ。

私の子というより、オリヴィエお姉さまの子と言う方が納得がいく。いえ、私も閉じ込められていなかったら、もしかしたら活発な子供だったのかもしれない。今となってはもう分からないけれど。


「でもまさか引きこもり夫婦の間から、あんなに活発な子供が生まれて来るなんて」


庭園でお茶を飲みながら、隣に座るヴェール様に軽く肩を寄せるとフフ、と頭上から笑いが降りてきた。


「確かに我々は迫害されなくなった今でもあまり外には出ませんが、それでも私は一応公爵として馬術も剣術も体術も一通り収めていますよ」

「そうでした。家から一歩も出ない生活をしてきたのは私だけでした」


口を尖らせて自虐的に言うと、よしよしと頭を撫でられる。悪くない。


「意地悪を言ってすみません。私も過去を振り返っても、木登りをした記憶はありません。どちらかと言えば暗い子供でした」


母親の愛に飢えていたヴェール少年の姿は想像に余りある。更には光の盾公爵の仕事を知り、自分の父が獣になる様子を見て、受け入れるまでに時間が掛かったであろうことは容易に想像がつく。


「……あの子が七歳の誕生日を迎えたら全てを話す。それでいいんですよね」

「目の力は今のうちから鍛えておくべきでしょうし、何に使うのかと聞かれたら私の仕事の話をせざるを得ないですから」


レナルドはまだ、光の盾公爵の真の仕事も、赤い目の持つ力も知らない。

物事の分別のつかないうちに自分の目は特別だなんて教えてしまえば、どんなことに使ってしまうか分からない。それこそレナルド本人の意思に関わらずに、力を発動させてしまうことだってあるかもしれない。

事故を未然に防ぐために、レナルドがある程度成長するまでは何も教えないことにしたのだ。使用人にも徹底して国王や王子にも口止めをして、ただ目が私と同じく赤いだけということにしている。


「レナルドにはどうにかして、自分で浄化の苦痛を消せるようになってもらわないといけないですもんね」


私たちはもう何度も何度も確認し合ったことを、また確認して頷き合った。

レナルドならきっと直ぐに赤い目の力のことも理解出来るし使いこなせるようになると思う。私でさえ数ヶ月で――とはいえかなり無理をしたけれど――使えるようになったのだから、きっと大丈夫。

私なんかには思いつかないような使い方だって考え付くかもしれないし、自分の苦痛を消す方法も、光の盾を継ぐ前までには考え出せると思う。

だけど問題は目の力そのものよりも、光の盾公爵としての仕事の方。瘴気に包まれ獣の姿に変わる父親の姿を見て、いずれ爵位を継げば自分もそうなるという事実を受け止められるかどうかが心配で仕方がない。

というより私が自分の子供にその役目を負わせることを理解した上でレナルドを産んだことを、責められるのが怖いのかもしれなかった。


「何だか色々考えすぎてぼうっとしているみたいですけど」

「っ、ぼーっとしてました」


ヴェール様に声を掛けられて、はっと背筋を伸ばした。


「心配し過ぎる必要は無いと思いますよ」

「どうしてですか?」

「リアナと私の子だからです」


根拠がありそうでなさそうなことを、自信を持って言われて思わず吹き出して笑ってしまった。


「ふふっあははっ」


ここは別に笑う所じゃない、そうですねと頷くところなのに、何だかツボに入ってしまった。そんなに自分たちを信用しているなんてと思ったら面白くなってしまった。


「笑わないで下さい、恥ずかしいことを言ったみたいじゃないですか」

「そうですね!」


あ、間違えた。違うの恥ずかしいことに対して肯定したわけじゃないのよ。


「フフッ、酷いことを言うなあ私の奥さんは」

「ち、違うんです、すみませんヴェール様、今のは間違えただけで……」

「相変わらずラブラブですね、お父様、お母様」


突然背後から声が掛かって驚いて振り返ると、一体いつからそこにいたのかレナルドがニヤニヤと笑いながらベンチの影から姿を現した。

こういうところが悪戯坊主なのだ。今の話をどこから聞いていたのだろうとドキリとする。


「気配を消して近付くのはやめなさいと言っているでしょう」

「ごめんなさい。お父様とお母様の驚く顔を見るのが楽しくて」


レナルドが前に回るので、私とヴェール様は少し間を開けて真ん中にレナルドを座らせる。

額や首筋に玉のような汗を掻いているのでハンカチを出して拭っていく。相変わらず外を駆け回っていたらしい。


「ねえお母様、お母様と一緒のこの赤い目には、普通の人とは違う力があるんでしょう?」

「えっ?」

「お父様の光の盾のお仕事で僕に秘密にされていることの方は、残念ながらまだ分からないんですけど、お母様の目の力と関係があるんですよね?」

「……」


我々が言葉を失っていると、レナルドは背を反らせて顔を上げて、キラキラした目で私たちを見上げて二ッと笑ってみせた。


「僕が小さい頃に熱を出して、苦しい、心細い、怖い、助けてって思ってた時に、お母様が僕の目を覗き込んで、それで赤い目がキラって光ったと思ったら急に怖かった気持ちが楽になったの、ちゃんと覚えてますよ」


そんなの気のせいよ。丁度薬が効くタイミングだったのよと、誤魔化すべきかと一瞬迷ったけれどやめた。ここで否定しても、もう七歳の誕生日は直ぐにやって来るし、聡明なこの子はきっとこのエピソードだけじゃない具体的な根拠も持っている。


「……記憶力がいいのね、レナルドは。それに頭もいい」


緊張が顔や態度に出ないように、極力言葉をゆっくりと喋ってレナルドの頭を撫でて、その間にヴェール様にちらりと目配せをする。今ここでどこまで話すべきか、という相談だった。


「レナルドは、何か目の力が使えたりするのかな?」

「します!」


間髪入れずに頷かれて、ヴェール様も私も開いた口が塞がらなかった。


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