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74 目隠しとか悪阻とか


ヴェール様の解決策というのは、私が無意識に力を使っていたとしても効力を発揮しないよう目隠しをして行為に及ぶというものだった。

にこにこと笑顔で包帯を用意して待っていたヴェール様の姿を見て、思わず吹き出してしまった。ヴェール様が真剣に私の悩みに向き合って提案して下さっているのに、どうしてもそういうプレイがしたい人にしか見えなくて、申し訳ないけれど可笑しかったのだ。

笑うのをやめなくちゃと思えば思うほどツボにはまって、この包帯は私がするのか、それともヴェール様がするのかと考えて更に転げ回ってしまった。どっちにしても変態性が高い。

ヴェール様は暫くの間私がどうして笑っているのか分からず驚いた顔をしていたけれど、そのうち理解が出来たのか同じように笑いだして、お互い体を軽く叩いたり擽ったりを繰り返した。

こんなに笑いが止まらないのはこの世界に来てから初めてで、腹が捩れて腹筋が痛くなってきたころに、どうにか落ち着いてベッドに寝転んだ。


「笑いすぎて頬もお腹も筋肉痛になりそうです」


口角が上がりっぱなしで頬が痛くて、両手の指先で揉み解しながら言うとヴェール様もそうですねと同意した。


「真面目に考えたものなのに、リアナにこんなに笑われるとは思ってもみませんでした」

「ふふ、すみません、フフッ、だって」

「……まあ、やろうとしたことは確かにマニアックなプレイそのものでしたけど」


そういうつもりでは、と言い訳するヴェール様に、私は分かっていますと抱き着いた。お互い笑いすぎて体温が高くなっていて、ヴェール様の胸元はしっとりと湿っていた。

それが運動ではなく笑いによるものだと言うのが更に面白く感じてしまう。箸が転んでも可笑しい年頃だわ。


「とてもいい案だと思います。笑ってしまってすみません」

「いいえ。寧ろお礼を言いたいくらいです。こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれません」

「フフ、実は私もです」


まだ油断すると笑ってしまう。だけど、そうなんだ、ヴェール様もこんなに笑ったのは初めてなんだ。そのことを知れるだけで嬉しい。


「これからはこれより笑えることが沢山ありますよ」

「そうですね。ではそろそろこの包帯でリアナの目を隠して……」

「えっヴェール様の目を隠すのではなくてですか!?」


心底驚いた風に大袈裟に言って、再び二人で大笑いする。

私の赤い目の力は、相手の目を見て発動する。お互いに目を合わせなければ効果は無いのだから、目隠しをするのは本来どちらでも構わないのだ。

ヴェール様はそのことに初めて気付いたとばかりに大きく目を開けて、それからきっと自分が目隠しをしている姿を思い浮かべたあと笑っていた。

こんなに楽しいのは本当に久しぶりで、今まで鬱々と悩んでいたことが馬鹿らしい……とまではいかないけれど、何だか晴れやかな気分になった。同時に体を重ねる雰囲気ではなくなってしまったけれど。


「私が目を隠してリアナに動いてもらうのも、かなりアリですね」


笑いながら何を想像したのか、ヴェール様は不意に真剣な声音でそう言った。確かに、それはそれで楽しそうだけれど。


「……交代制にするか、じゃんけんとか」

「いいですね。では栄えある第一回目はじゃんけんで決めましょうか」

「これからするんですか?」


私はもう腹筋を使いすぎてくたくたで、今眠るといい感じに幸せな気持ちで夢の中に入っていけそうな気持でいるのに、ヴェール様はやる気満々みたいだった。

早く包帯を使いたくて仕方がないといった、新しいおもちゃを手に入れた子供のようなまなざしを向けて来る。くやしい。なんだこの可愛い生き物は。私の夫か……。


「一回目は私がつけます」


そうすれば横になってるだけでいいんだっていうことに気付かせて頂いたので、先手を打って宣言して、ヴェール様の手から包帯を受け取った。


結果としてその日から暫くの間、目隠しプレイが楽しくて盛り上がって、それからやっぱりお互いの目を見てしたいという結論に至った。

違うのよ。プレイじゃなくて私の赤い目が悪さをしないようにそうしただけで……。って私は誰に言い訳をしているのかしら。



妊娠が発覚したのはそれから数ヶ月後、本格的に子作りを始めて八ヶ月が経った冬の日だった。

ヴェール様はまだギリギリ二十一歳。子供が産まれる頃には二十二歳になっているけれど、出会った時が二十歳だったことを考えれば許容範囲だと思う。

多分本当に、目隠しに効果があったのだと思う。私は妊娠も出産も子育ても……その後のことも怖くて……でもやっぱり避けられないことだし、無理矢理にでも先に進んだ方がいい時だってある。


だけど私は子供の将来のことばかりを憂いていて、妊娠期間のことが頭からすっぽりと抜け落ちていることに、悪阻が来てから気が付いた。

こればかりは前もって考えた所で無意味と言ってしまえばそうなのだけど、私は想像以上の悪阻の酷さに何も出来ず、殆ど寝たきりの日々を過ごしていた。


「ハァ……」


寝ても覚めても気分が悪くて、辛さに堪えかねて鏡で自分の目を見て自分の感情を消せないか試すほどだった。無理だったけど何度も試した。

悪阻の辛さは人それぞれなんて聞いていたけれど、私は多分悪い方。お腹の中の子のために、必死に少しの食事を摂るのが仕事みたいになっていて、本を読む元気もないし誰かと談笑する気分でもないしで、ただつけておけば色んなものが見られるテレビの存在が物凄く恋しくなった。


「リアナ様、何か食べられそうなものや私たちにしてほしいことはありませんか?」


オリビアに聞かれて少し考えるふりをしてから首を横に振った。食べたいものはあるけれどこの世界には無いし、今何かしてほしいことも無い。何だろう、テレビがないならせめてうるさくない音楽を静かに流していてほしいかな。蓄音機とかレコードとか、無いよねえ。考えたことがないし小説にも出てきたことがないけど、電気がないなら無いかあ。


「何でもいいんです。リアナ様が少しでも元気になって下さるなら何でもしますから……」


そう言ってもらっても無いものは無い。あるにはあるけど叶わないので無い無い……あ、でもそうだ。


「本をね、読みたいんだけど文字を追う気力が無いから、もし可能なら読み聞かせてくれたら嬉しいな」


それなら目を瞑っているだけでいいし楽しいかもと思って言ってみた。私はこの世界で作られた小説の類を何も知らないから何でもいいし、寝物語にもいいかもしれない。


「……! 畏まりましたリアナ様! どのようなお話がお好きですか? 待ってください書庫からいくつか本をお持ちしますね」

「あ、オリビア、出来れば最初は子供が親から教えてもらうような童話があれば聞かせてほしいのだけど」

「童話ですか? 分かりました。では私が幼い頃に聞いた、ウサギと狼の話でもいいですか?」

「うん、お願い」


オリビアは、私の育った家庭環境を直ぐに思い出して何も聞かずにそう提案してくれた。どこの世界に、動物を主題にした物語が存在するんだなと思うと楽しくて、話を聞くために寝返を打った。


「その野原には、一匹の白いウサギがいました。まだ子供のウサギは、食べ物を探しに行ったお父さんとお母さんの帰りをまだかな、まだかなと待っています……――」


やばい、何か情景を思い浮かべただけで泣きそう。


「ちょっと待ってオリビア……それ、悲しい話じゃないよね?」

「えっ? えー……大丈夫です! 安心して聞いてください」


そう言われて安心したし、ウサギの子とオオカミの子が種と草食肉食の壁を越えて仲良くなるハートフルストーリーだったのに、結局よかったねと思って泣いてしまった。

自分のことながら情緒不安定過ぎる。


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