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72 帰還


「えっ、帰っていい許可が!?」


寝室に戻って来られたヴェール様が発した言葉に驚きすぎて、オウム返しにそう聞き返した。

夕食後にヴェール様だけが国王に呼び出されていたけれど、そんな話をされているとは微塵も思いもしなかった。嬉しくてその場でジャンプして小躍りしてしまいそう。


「準備が整えば明日でも明後日でも構わないと」

「で、でも、よろしいのでしょうか……まだ国内が元に戻ったとは言い切れないですし……」


ヴェール様の浄化も回数が減ってきたとはいえ、それでもまだ以前の周期に戻ったとは言えない。もしまた盾にひびが入るようなことがあっても国王がいれば直ぐに対処できるけれど、王宮とローレンス城にはかなりの距離がある。浄化が止まってしまったらまた国内に混乱が起こってしまうし、ヴェール様自身にも負担になる。

そのことが分かっているから、帰りたいと口先で言いはしても我慢するしかなかった。私にとって一番大事なのはヴェール様の健康だから。


「国王が光の盾を強化してくれましたし、浄化の合間も開くようになってきました。もう大丈夫です」


不安が表情に出ていたのか、ヴェール様は微笑んで私の頭に手を置いて撫でた。どうしよう、嬉しくて泣きそう。ローレンス城に帰れるんだ。やっと、やっと! 私たちの家に。


「ありがとうございます、ヴェール様」


きっとヴェール様が国王に掛け合ってくれたんだ。そうでなければ今帰っていいと言われるわけがない。毎日仕事に追われている中で、二人分穴が開くだけでどれだけ大変になるかは私にだって分かる。

考えたら考えるほど、帰るなんて我儘を言わずに国民の為にここで働くべきなのだけど、そうは言い出せなかった。言いたくなかった。それくらい早く帰りたかったし、ヴェール様も私も執務とは違う形で国と国民の平和を守ってる。それでいいじゃないと自分に言い聞かせた。


「感謝しなければならないのは私の方です。いつもありがとう、リアナ……」





~~第五部・最終章~~





ローレンス城に戻ってから暫くの間、全てから解放されたかの如く素晴らしく素敵な時間が続いた。

これまでの色ん~~~なことをひっくるめた、ささやかで盛大なお祝いが続いて、ヴェール様も私もオリヴィエお姉さまも使用人のみんなも大いに楽しんだ。

そう、お姉さまも一緒にローレンス城に帰ってきた。話を聞くねと言っていたのにあれからゆっくり話す時間が取れなかったせいもあるけれど、お姉さまは一度ヴェール様の浄化の様子を見ないと冒険に戻れないと言って聞かなかったのだ。


そのことは、ヴェール様は溜息を吐きながら一つ返事で了承してくれた。何せ今回の大事件はお姉さまの存在があってこそ解決したと言えて、特にヴェール様は返しきれないほどの大恩があったからだ。

オリヴィエお姉さまがいなければ、私は今でも実家に閉じ込められていただろうし、ヴェール様も獣の姿のまま意識が戻らず国王は心を病んだまま、リュミエールは崩壊に向かっていた筈だ。お姉さまに求められて、断れることなんてない。

それに浄化を見たいと言うのも興味本位ではなくて、私がお姉さまに文句を言って泣いたからに他ならない。お姉さまはただ、部外者が見てはいけないものだと自主的に席を外してくれていたのに、私がヴェール様の浄化の苦しみも見たことが無いくせになんて言ってしまったからだ。私が光の盾の妻として何を見ているのか、お姉さまも知ろうとしてくれているだけ。申し訳ないのは巻き込まれたヴェール様なのだけど。


「ローレンス様の浄化を拝見したら、私はここを出るわ」


庭園でお姉さまとお茶をしていると、そう告げられたので頷いた。寂しいけれどそれでいいと思う。きっと、お姉さまにとって妹であるリアナを救い出してからの一連の出来事はオリヴィエの冒険の外伝か、番外編で短い短編として収録される。

この事件が全て解決して終わったのだから、お姉さまはまた自分の冒険に戻らなくちゃ。寂しいけれどそれが前に進み続ける主人公に求められるものだもの。

本当はリアナが主人公の外伝なのかもなんて思っていたけれど、これだけお姉さまが出てきて活躍されたのだからきっと主役は変わらずなんだわ。ちょっと、ほんのちょっとだけ悔しい気もするけど。


「冒険に戻られるんですよね。次はどちらへ?」

「ええ、でもその前に、赤目の魔女を探そうと思って」

「あ……村から逃げてしまったんですよね……」


感情を引き受ける赤い目の力で、自分の中に溜め込んだ感情を一気に外に出して爆発させたらしい、っていう。危険すぎて試してみる許可が貰えなかったけれど、いざという時のためにも一応ちゃんと覚えておこう。今ならきっと、使おうと思えば使えるから。


「あの人には赤い目の力について色々教えてもらったし、今度はこちらが得た知識を教えてあげてたいわ。それに、赤い目は呪われたものではないって言ってあげなくちゃ」

「私からも是非、お願いします」

「その後パーティに戻ったら、リュミエールの深淵の森を冒険する提案をしようと思っていてね」


深淵の森。確か北部にある国内最大の森だ。大昔にはエルフ族が住んでいたらしいのだけれど、いつの間にか森を捨ててどこかへ移動し今は野生動物しかいないということになっている。

国内を回るうちに何か面白い情報でも得たのかしら。それとも何もないことを分かっていて尚、リュミエールという国を知るために冒険に行くのかしら。

どちらにしても、何も起こらない訳はない。きっと作者が何か大事件を起こしてくれるに違いないのだから。


「きっとリュミエールも楽しいですよ」

「そう思うわ。あ、オリビアが走って来る」


お姉さまが私の背後を見て言うので振り返ると、言った通りこちらに向かって慌てた様子でオリビアが走ってきた。かなり急いでいる様子なので、察しがついて立ち上がった。


「リアナ様、オリヴィエ様、旦那様が浄化が始まりそうだと……!」

「ありがとう、ヴェール様はどちらに?」

「旦那様の寝室です」


そこまで聞いて、私とお姉さまは急いでヴェール様の元へと向かった。前回の王宮での浄化から十六日。着実に間が伸びている。

この分なら次回は二十日前後空くだろうし、普段が三~四週間に一度だったので元通りになるのももう目の前だ。今はただそのことが嬉しい。


出来る事と出来ない事の見極めという訳ではないけれど、お姉さまに諭されてから私も少し考えを改めることにした。

私は神様じゃない。主人公でもない。出来る事と出来ない事があるし、私は出来る事の中での最大限をやったと思う。ヴェール様の苦痛を完全に無くしたいなんておこがましい考えは、今は一旦保留にすることにした。


「お待たせしました、ヴェール様」


寝室のドアを開けるとヴェール様は既に下着だけ着用した状態で部屋の隅に待機しており、脱いだ衣服をセバスチャンが綺麗に折り畳んでいた。


「遅い! 愚鈍な奴め……俺を待たせるだと……浄化が始まったらどうするつもりだ。どうせそこの女と何もせず遊んでいたのだろう!」

「はあ? 何言っ……!?」

「遅くなってすみません。ヴェール様に心細い思いをさせてしまいましたね。でももう大丈夫です。リアナがついていますからね」


お姉さまの言葉を遮って謝りながら、私は直ぐにヴェール様に近寄れるギリギリまで歩いていってしゃがんで目線を合わせる。

黄色い瞳が濁り始めて、今すぐにも体から瘴気が噴き出しそうだった。大丈夫、お姉さまの前でだって、私はいつも通りにするだけ。


「オリヴィエお姉さま、これが光の盾公爵のお仕事です。どうぞよくご覧になって行って下さい」


お姉さまに背中を見せたままそう言うと、ヴェール様は見るなと叫び怒っていたけれど、直ぐに浄化が始まって言葉は呻き声に埋もれて消えて行った。


浄化の一部始終を見たお姉さまは、やっぱりそれなりのショックを受けたみたいだったけれど、翌朝にはいつも通りに戻って、話していた通り新たな冒険に出るためにローレンス城を去っていった。


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