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70 張りつめていた糸


ヴェール様は、朝日が昇って部屋が明るくなった頃に浄化を終えて、そのまま眠りについた。

それに付き合っていた私も一睡もしていないので眠くて仕方がない。浄化があったことはみんな知っているし、今日は私も休ませてもらおうと思ってヴェール様の隣に潜り込んだ。疲れた体が横になる幸せよ。

浄化による苦痛は取り除けているけれど、人の体が獣に変化して、また人に戻るだけで結構体力を消耗してしまうみたい。瘴気を出し切って元のお姿に戻ると、ヴェール様は必ず深く眠り込んでしまう。ちょっとやそっとの物音じゃ目を覚まさない。


……という事を、私は王宮へ来てから知ったので、ここ最近の楽しみは熟睡するヴェール様の寝顔を好きなだけ堪能することだったりするのだ。

美人が三日で飽きるわけがなく、眺める度にその美しい造形にため息が出る。そうして何度でもこの人が私の旦那様なのだと思って新鮮に感動する。

早くこの人との間に子供が欲しい、なんて、前の人生では一度も考えたことが無かったことを自然と思うようになっている。これが愛なんだ、なんて自覚して照れる。


ヴェール様が目を覚まさないことをいいことに、首を伸ばして唇にキスをする。好き、大好き。


「失礼致します。リアナ様、オリヴィエ様がお戻りになられました」

「きゃっ……! の、ノックくらいして頂戴、オリビア……!」


突然ドアが開いて声を掛けられて、叫ばなかったことを褒めてもらいたいくらいびっくりした。心臓が止まるかと思いながら飛び起きて、平常心を装いながらオリビアに小言を言った。


「しましたし、開ける前に声も掛けさせていただきましたよ。眠っていらして聞こえなかったのではありませんか?」

「……そう、寝ていたから気付かなかったわ……」


オリビアがそう言うのなら、そういうことにしておきましょう。私は寝てた。眠っている旦那様に勝手に口付けるなんてはしたないことはしていません。


「あ、それでお姉さまが戻られたですって……!?」


ヴェール様を起こさないよう、静かにベッドから降りるとオリビアが直ぐに着替えを用意してくれる。


「今は食堂で朝食をお召し上がりになっています」

「支度をしてすぐに行くわ」

「昨晩はお休みになられていないと思われますが、大丈夫ですか?」

「気遣いありがとう、お姉さまと話したら寝るから大丈夫よ」


話しながら着ていた服を脱いで、オリビアに手伝ってもらいながら私服に袖を通していく。


オリヴィエお姉さまは、私たち夫妻が呪われていないことを国王が証明して宣言した直後くらいに、ふらりと王宮を出て行った。

でも冒険に戻るわけではなく、少し考え事がしたいからリュミエール国内を散策すると言っていた。私たちが王宮を離れる前までには戻ってくると言ってくれてはいたけれど、本当にまた会えることが嬉しい。

お姉さまが出て行ってしまった時は理由が分からなかったけれど、流石に一ヶ月も時間があったから今は予想がついている。オリヴィエお姉さまは、国王に言われたことを気にしていたんだ。

主人公だと言われたことと、光の盾による平和を肯定していながら、リュミエールという母国を冒険していない矛盾。そのことについて一人で考える時間が欲しかったのだと思う。


まあプラントル国王は『オリヴィエと魔法の冒険譚』を知らないみたいだったから、ここが小説の中の世界とまでは気付いていないようで助かったけれど。


「オリヴィエお姉さま、お帰りなさい!」


身支度を整えて会いに行くと、お姉さまは笑顔で私を迎え入れてくれる。


「ただいまリアナ、長い間留守にしてごめんね」


ううん、と首を振る。元々お姉さまは私に付き合ってここまで来てくれていただけで、本来関係者じゃない。まだ冒険に戻らないでこうしてリュミエールの様子を見てくれているだけで十分過ぎるほどに有難い。

オリビアが気を利かせて私の分も朝食を用意してくれていたので、お姉さまの食事にお邪魔させてもらうことにした。

お互い横並びに座って、暫くの間無言でパンを食べ続ける。お姉さまとは話したいことがあり過ぎて、まず何から話題にすべきか迷ってしまう。最近の王宮内のこと、ヴェール様のこと、それともお姉さまがどこへ行っていたか? 主人公と言われたことをどう思っているのか、これからどうされるおつもりなのか……。最優先事項はどれだろう。まずは当たり障りのない話題から?


「ローレンス様のご様子はどう? 昨晩も浄化があったと聞いたけれど」

「あ、ええと、そうですね。やっぱり今は浄化の頻度が高いです。お姉さまがお出掛けになっている間に五回……いえ六回かしら。でも最近は少しずつ間が空くようになって来たんですよ」

「それはさぞローレンス様もお辛いでしょうね……。国内を見てきた感じだと、一時よりは大分落ち着いて来たからもう少しだと思うわ」


そう、ヴェール様はずっとお辛い思いをされている。そんなこと百も承知しているのに、お姉さまに改めて言われると何だかジワリと涙が滲む。

私に出来るのは苦痛を取り除くだけで、浄化自体を無くすことは出来ない。


「私がもっと役に立てたら、ヴェール様にお辛い思いをさせなくて済むのに……」

「リアナ……その考えは少し傲慢よ」

「えっ」


今の声に出てた? ということと、傲慢と言われたことに驚いて思わず顔を上げてお姉さまの顔を見る。私の考えが傲慢?


「ローレンス様は、ご自身が光の盾であることに誇りを持っていらっしゃるのでしょう。それがどれだけ辛い事であるかは本人が一番よく分かっていて、一度盾が壊れた時にその運命から逃げることだって出来た。だけど、自らの身を捧げて光の盾の仕事を全うされることを選んだじゃない」

「それと……私が役に立ちたいと思うことが何故傲慢になるのですか……?」

「……ローレンス様は浄化の苦痛に耐えなければならないことも受け入れているの。勿論リアナが消してくれることに感謝しているし、リアナの目が無ければ今の国の状況ではまたローレンス様の体が耐えられなくなって、光の盾が壊れてしまうと思う。今もこれからもローレンス様にはリアナが必要よ。だけどね、全部全部、瘴気を出すことや獣の姿になることまで解決しようなんて思わないで。あなたは神様じゃないの」


お姉さまの言う事はよく分かる。理解できる。私は神じゃない。この赤い目は万能じゃない。そんなの分かってる。出来ないと分かっていても、役に立ちたいって思っちゃいけないの?

お姉さまの言っていることは正しいけれど、何か……ムカつく。ただ知ってるってだけで何度も見た訳じゃないのに、お姉さまの方こそこそ傲慢じゃないの?


「私は……この一ヶ月ずっとずっといつ浄化が来るか分からないヴェール様と行動を共にして、何度も苦しみに呻いて瘴気に包まれて……骨が折れているんじゃないかっていうくらいの音を立てて獣になられるのを目にしてきて……浄化が終わると泥のように眠られる……そんなお姿を見て……もっとヴェール様の役に立ちたいと、楽にしてあげられる方法は無いかと、思ったり考えたりすることは、傲慢でいけないことなんですか?」

「リアナ……ごめんなさい、私が考えなしだったわ」

「私はオリヴィエお姉さまが大好きで尊敬していて、光の剣と盾やローレンス家の問題にも手を貸してくれて本当に嬉しいし助けて頂いたから、王宮から出ると仰った時だって反対しなかったわ。だけど、浄化も何も見ていないのに偉そうなことを言わないで下さい!」


泣くな、泣くな泣くな……! こんなところで泣いたら恥ずかしいぞリアナ!


「本当にごめんなさい、リアナ泣かないで」


まだ泣いてないもん!


「ごめんなさい……」


お姉さまに抱き締められても、まだ怒りが収まらない。お姉さまは一人きりになって考える時間がたっぷりあっていいわよね。一ヶ月も国中を回って、自分の存在意義について考えて。

私が一人きりでいられるのはエドワーズ家の狭くて薄暗い部屋くらいよ。でもそこから助け出してくれたのはお姉さまで……。ああもう頭の中がぐちゃぐちゃ。胸が苦しくて泣き叫んでしまいたい。


「離してよお……」

「何も知らない部外者が偉そうなことを言ってごめんなさい、あなたは十分過ぎるほどにやってるって言いたかっただけなの」


お姉さまのせいで涙腺が崩壊して、本当に泣き出してしまう。悔しい。恥ずかしい、こんなことで……感情が抑えられなくなるなんて。


「オリヴィエ様、リアナ様は昨晩旦那様の浄化に付き添われて一睡もされていないんです」

「……なるほどね」


オリビアがお姉さまに耳打ちした言葉が、全部聞こえてくる。そうだった、私完徹してたんだった。赤目の力も使ったし、気付かないうちに疲れすぎて気持ちの制御が出来なくなってたんだ。悔しいな。


「リアナ、少し眠りましょう」

「……うん」


それがいいかもと思って頷くと、頭の辺りが温かくなって目を閉じるとそのまま吸い込まれるように意識が消えた。


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