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6 ヴェールの告白


「私はジュリエット・エドワーズに縁談を持ちかけたのに、何故妹のあなたが来たのですか?」

「え……」


そんなこと聞かれる可能性があるなんて少しも考えたことがなくて、完全にカウンターパンチを食らった気持ちになった。

あまりに簡単にお父様からローレンス公爵への花嫁変更の打診と承諾が済んでしまったので、何も問題はないと思っていた。というか割と本気でヴェール様は若くて健康な女性なら誰でもいいのだとばかり思っていたのだけれど、もしかして違うの!?


「エドワーズ伯爵に無理矢理強いられたのですか」

「ち、違います……! 私の意思です!」


慌てて首を振って否定する。ここへ来たのは私の意思、それは間違いない。だけど、そもそも私に話が回って来たのはジュリエットお姉さまが嫌がったからとは、絶対に言えない。

もしかしてヴェール様とジュリエットお姉さまは元々知り合いだったりする?


「では何故私と面識もないあなたが結婚に名乗りを?」


何と答えればいいの? あの家を出られさえするのなら、相手は誰でもよかったなんて言えない。

体が勝手に震える。どうしよう、フリーズしてる場合じゃない。頭を回転させて何でもいいから口に出して。


「わ、私はずっとこの目を、魔物の目だと、呪われていると言われてきて……誰とも目を合わせられずに生きてきました。だけど私は目の色が人と少し違うだけの、ただの人間なんです」


緊張して声が震える。どんどん喉が締まって声が上擦っていく。もっと冷静に、就活していた頃を思い出して。


「……ローレンス公爵が、国王の光の盾という称号と共に、あまりよくない二つ名があることは耳にしていました。ジュリエットお姉さまはその名を恐れていましたが、私は逆でした。公爵に親近感すら覚えました。この方は私と同じように、謂れのない中傷や事実無根の噂で傷ついていられるのではないかと……そう思ったら、私は自身の行動を止められませんでした」


――大根役者一世一代の大芝居だ……!――


「お父様もジュリエットお姉さまも、私の気持ちを理解して下さり、ヴェール様にご相談させて頂いた次第なのですが……行き違いがあったのでしたら申し訳ございません」


……やばい。最後だけ『こっちも悪いけどそっちも悪いよね?』と思いながら謝る会社員みたいになっちゃった。


「……つまり、同じように傷ついて生きて来たのであろう私に興味があったということですか?」

「あの……そうです……」


物凄く良い言い方をするとそう。お父様は真逆の言い方をしていたけれど。

ヴェール様からは、先ほどまで何度も見せてくれていた笑顔が消えている。怒っていたり、不快に感じているようには見えないけれど、何を考えているかは分からない。

それでも怖くて顔が見られず、紅茶の入ったティーカップに視線を落とす。私にこれ以上婚姻の理由を求めないでほしい。


「私が何故気狂い公爵、或いは呪われた公爵と呼ばれているか知っていますか」


昨日の悲鳴と使用人の叫び声が脳裏をよぎり、思わず唇を噛む。


「……存じ上げません」

「それでよく、名乗りをあげましたね」


心臓の鼓動で体が揺れる。怖い。答え方を間違えれば殺されるかもしれない。いえ、もう助かる道は無いのかも。


「……公爵様も、私が魔物の目を持っていて呪われているという話を聞いていても、承諾してくださったじゃありませんか」


うう、私はなんてことを言っているんだ。もうダメだ。口から内臓が全部飛び出て死ぬ。


「ああ、リアナは自分の目は呪いではないと確信しているから、私の噂も嘘だと思っているのですね」

「えっ……」


その言い方じゃあまるで……


「私は呪われていますし、気も狂っていますよ」


ハッと息を呑んで顔を上げると、ヴェール様は少し微笑んだ顔で私のことを見つめていた。その表情は寂し気で、悲恋映画のヒロインを失ったヒーローを思い起こさせた。



その後のことは、よく覚えていない。

タイミングを見計らったようにセバスチャンがやってきてヴェール様に耳打ちすると、急な仕事が入ったとかで城に戻ってしまい、私は迎えに来たオリビアに手を引かれて自室に戻った。

ソファに座ってぼうっと目の前に映し出されている景色を見る。

短時間の間にジェットコースターのように感情が上下して、精神的に疲れ果ててしまった。

下着姿になってベッドの上に寝転んで眠ってしまいたい。そういうことがしたくても出来ないのが辛い。


「リアナ様、少しお話させて頂いてもよろしいですか」

「……うん、あなたも座ってオリビア」

「では失礼します」


オリビアは軽く一礼して、私の向かいのソファに腰掛けた。使用人って、許可が無いと座れないなんて酷いわよね。


「……リアナ様、これからどうされますか?」

「どうって?」


緊張した面持ちのオリビアに聞き返すと、少し間を置いてから口を開いた。


「今ならまだ引き返せます。というお話です」

「まさか、ヴェール様との結婚の話を無かったことにするということ?」

「その通りです」


オリビアが言うには、呪いの内容を知らない今なら、婚約を破棄してこの城を出て行くことが出来るということらしい。そんな権利が与えられること自体意外だし、やっぱり呪われているのは本当なんだ。

だけど、婚約破棄する権利がヴェール様ではなく私にあるというのがおかしい。どう言語化したらいいのか分からないけれど、身分も権力も年齢も何もかも彼の方が上なのにどうして私が決めていいの?

彼が私を気に入らなかったなら分かる。だけど私に、呪いが怖いからと出て行く権利がある? ヴェール様は自分に自信がないのかしら。呪われているから。

一週間閉じ込められていたのも、話を聞いた時の私の反応も含めて、全て試されていたということかもしれない。


「その必要はありません」


私は一つ静かに深呼吸をしてから、背筋を伸ばしきっぱりと言い切った。

きっと今まで何人もの貴族令嬢がこうしてヴェール様の元へ赴き、監禁され、話を聞いて去っていったのだと思う。

昨晩の叫び声も、わざと聞かせるためにこの部屋まで届くよう調節したのだ。それがただの試し行動なのか、本当の呪いや気狂いの正体かは分からない。

私がもし本当のリアナと同じ年齢だったらここまで肝は座っていなかったし、相手の行動の真意も読めなかった筈だ。だけど違う。


「私は既にヴェール様と婚約した身。帰る家はここしかあり得ません」


ここで言い淀んではダメだ。さっきヴェール様の前で失敗してしまった分、もう少しの間違いも許されない。


「……分かりました」


ふっとオリビアの緊張が緩む。


「本日のご夕食は旦那様と召し上がって下さい。お時間になりましたらご案内します」


頷くと、オリビアは立ち上がって一礼して部屋を出て行った。今の話の報告に行くのだろう。

一人きりになって、ようやくソファに背を預けて全身の力を抜いた。

人のことを何重にもトラップを仕掛けて試して、それでも逃げて行かないかどうか見るなんて性格が悪い。

私自身不遇に慣れ過ぎていたので考えもしなかったけれど、きっと部屋に閉じ込められる段階でダメになった令嬢もいるのだろう。


きっと呪いの事や光の盾公爵としての裏の顔のこと、それに今までの縁談で、ヴェール様はとてもナイーヴで慎重になっているのだ。その不安を一つ一つ取り除いて、私のことを信頼してもらえるように頑張らなくちゃ。この世界で生きていくために。


けれど、その日の夕食をヴェール様とご一緒させて頂くことはなく、私は再び監禁されてしまうのだった。


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