60 国王の記憶③
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私とヴェールは年齢差が開いていることもあって、程よい距離間で良い関係を築けていると思う。
年に数回しか会う機会はないが、顔を合わせる度にこの国の未来について論じ、更にリュミエールを良くしていく約束をした。
見る間に成長し大人に近付いていくヴェールは、期待以上に麗しく育った。生まれた世界が違えばアイドル、いやモデル、何にせよ芸能界が放っておかない千人に一人の逸材と言える。
王族や貴族の出席するパーティに出れば老若男女問わず目を惹く存在となり、王子である私なんかよりもよほど注目されていたが、驚くことにモテなかった。金色の髪を後ろで束ねた美しい少年が、呪われたローレンス公爵家の人間と分かると近付く者はおらず、身の程知らずで声を掛ける人間すら出て来やしない。
私には意味が分からなかった。
パーティの花になるはずの美少年が、誰にも声を掛けられず端の方で所在無さげに一人ぼっちで佇んでいる。それはそれで画になるが……そうじゃない。
ローレンス家の人間が呪われているという噂は有名だが、その内容は一般には知られていない。何せこの国の王子である私ですら教えてもらえていない機密事項だ。こいつら貴族連中が知っている筈がないのだ。
ここに居る人間たちは、呪いの噂が嘘か本当かも知らずに、ただただ恐ろしいからと避けているのだ。この国を守るために光の盾を掲げ命を削るローレンス家の人間を。
怒りの感情で、急激に血圧が上がるのを感じる。
許されるのならば王子として、正式にヴェールを避ける必要は無いと声高に宣言したかった。だが、出来ない。
私も、光の盾を継ぐものに課せられる業を知らないからだ。その事が無性に悔しくて許せなくなってくる。
「ヴェール、こちらへ」
私は壇上を降りて真っ直ぐにヴェールの元へ向かうと、強引に腕を掴んで会場の外に出た。人目につかず誰も来ない場所がいい。
「王子、どうされたのですか?」
「聞きたいことがある」
それ以上は何も聞かれなかったので、私たちは無言でずんずん歩いて、私の数ある私室のうちの一つに入ってドアを閉めた。
「……ローレンス家が呪われていると言われている理由は何だ、教えろ」
言葉を選ぶ余裕はなかった。ストレートに聞くとヴェールは驚いた顔で私を見返した。知らないことを知らなかったみたいな意味か? それとも言えないことを聞かれた顔か?
「現国王様からは、何とお聞きになっているのでしょうか」
「父上は、私が光の剣を継承する時に話すと」
チッ、今のは言わなきゃよかった。こんな馬鹿正直に言ったらコイツだって答えなくなるだろうが。ほうら、困った顔をする。
眉をひそめても、視線を逸らしても、どんな表情をしていても美しい。嫉妬するなんて烏滸がましくて出来ない程に私とは……いや、他のどの人間とも比べられない。
たとえ呪われていたとしても好きだと言い寄る人間がいないのはおかしい。ヴェールもヴェールの父親も、当たり前に人として普通だ、それほど酷いものであるはずがない。確かに光の盾公爵の寿命は短いとは聞いているが。
「国王様が、お話しできないことを私の口から言う訳にはいきません」
「貴族連中は、お前が呪われてると思って近付こうとしない。私なんか、ヴェールが生まれた時から一緒に居ても何も悪い事なんて起こらないぞ。大したものでないというのなら、私が全員の前で否定してやる」
そう言うと、ヴェールは唇を噛んでキュッと口を結んだ。その顔で、その心の中で何を考えているのか私には想像もつかない。
「……王子がそうであるように、私もまだ光の盾を継承していませんから、当然呪われてはいません……というか、呪いではないのです。光の盾の副作用のようなもので、誰かに移るようなものじゃありません」
ヴェールは自分の右手で左腕を握り締めながら、極力何でもないように私に説明した。だが視線が揺らいで、唇が歪んでいる。
「それなら余計に私が否定したっていいだろう。その副作用の内容は勿論口外しない」
だが、首を横に振って拒否された。どうしてだ、何が悪い、否定してはならないと父親に言われているのか?
「もう国王は長くない。数年で私に代替わりするだろう。今知っても構わなくはないか? ヴェールは勿論知っているのだろう」
「い、言えません……国王様にも父上にも怒られます」
「黙っていればバレない」
私はヴェールを壁際に追い込んで逃げ場を無くす。
とうに結婚も童貞卒業も済ませておっさんの域に片足を突っ込んでいる私が知らず、まだ中学生の子供が知っている事に、少しずつ苛立ちを覚えて来る。
私はもう二十八だ。十六を成人とするこの世界で、いつまで子ども扱いするつもりだ。
「ヴェール、お前は私の光の盾じゃないか。それとも私を信用できないか」
少年の目に怯えが浮かび、小刻みに首を振った。ああ、その顔もいい。大人である私が怖いか。
「教えてくれ、私は私の光の盾公爵が、呪われているだの気狂いだのと言われていることが悲しい。私が王位に就いたら国民にそんなことは言わせはしない……」
何が刺さったのかヴェールの目が潤む。気丈に振る舞い呪いではないと否定しつつも、辛いと感じているという事だろうか。
それとも今現在国のために身を尽くしている父親を悪く言われていることや、現国王が否定しない事に不満を持っているのだろうか。
「……申し訳ございません、それでも私の口からは言えません」
一筋の涙が目尻から零れ落ちて頬を伝い落ちた。ああ、泣き顔すら……。
「無理強いをしてすまなかった」
「いえ……王子の心中はお察しします。自分だけが知らないというのは、辛くて寂しくて悔しいと思いますから」
その言葉を聞いて、ヴェール自身もきっとローレンス家で自分だけが知らないという時期が長くあったのだろうという察しがついた。それほどまでの内容なのだろうか、光の盾の副作用というものは。
「……会場へ戻ろう。我々がいないと心配するからな」
「はい」
「時が来たら、父上に教わるとするさ」
まだ心配げに私を見るヴェールに、肩を竦めてわざと軽くそう言った。
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「……国王は随分とヴェール様の見た目を気に入られているみたいですね」
「これほどとは思っていませんでした。それに、いくらなんでも千年に一人は言い過ぎです」
確かにヴェール様は世界一素敵で格好良くて綺麗で美しいけれど、それは私の欲目が入っていると思う。私の旦那様だから。愛している人だから。
きっと国王にとってもヴェール様は、自分だけの光の盾という特別な目線があったのだと思う。
それなのに一体どうして……。
国王とヴェールは15歳差。
国王は30歳の時から光の剣に。
ヴェールはそこから更に2年後の17歳の時に光の盾に。
リアナがヴェールと出会ったのは、ヴェール20歳の時です。




