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59 国王の記憶②


前世と今世を比べて溜息を吐くことを止めて、私はこの世界でリュミエールの次期国王として真っ当に生きる覚悟を決めた。

私はこの美しい光の盾に恥じない光の剣となり、国を照らして守る。それが使命だと漸く分かったからだった。


ローレンス公爵は国王に次ぐ地位と権力を持っているのに、王宮から遥か遠く離れたド田舎に城を構えていた。その上何故か国民からは呪われた公爵だとか、気狂い公爵と呼ばれて忌み嫌われていたし、そのことを否定もしていなかった。

私も幼かった上にこの世界に興味も持っていなかったので、事実を事実として認識するだけでその謎を追及することはなかった。

だけど、ヴェールに会ってからは違う。

何故あの美しい子供があのような田舎に追いやられ、いずれ光の盾を継承した後はその蔑称までもを背負うことになるのかと憤った。


私は国王である父上にその理由を尋ねたが、光の剣を受け継ぐその時までは教えられないと断られた。きっと代々そうなのだと思う。

誰に尋ねても教えてはもらえず、ヴェールと会った時にも聞いてみたが、やはり私より十五も下の子供に聞いたところで分かる筈が無かった。


「もう五歳になったのか、時の流れは速いな」

「王子はなんさいですか?」

「私はニ十歳だ」

「それってもう大人ですか?」

「フフ、そうだな。でも私が王になるのはまだまだ先の話だ」


ヴェールの頭を撫でると柔らかい金の髪触りが心地よくて、何度も何度も指で髪を梳いた。

私を守るためだけに存在する光の盾。そう考えると胸が高鳴り、得も言われぬ幸福感があった。この思いで何度自慰をしたか分からない。

でも決してヴェール本人には手を出さない。いずれ私とヴェールが互いに光の剣と盾を継承した時、その時こそ二人は一つになる。


「ぎゅっとしてもいいか?」

「いいですよ」


私はちゃんと許可を取って抱きしめる。それもやらしい触れ方じゃない。親愛による正面からの正しいハグだ。少しでも力を誤れば折れてしまいそうな背骨、少しだけ手を下に降ろせば、手のひらにすっぽり収まる小さな尻が……。

ああ……今すぐ全てを手に入れてしまいたい。この絵画のように美しい……いや、絵画なんてものでは表せないほどに美しい顔を、苦痛と快楽で歪めたい。金の瞳から流れ落ちる涙は宝石のように美しいのだろうな。舐めとって……ああいかんいかん、次期国王たるもの性犯罪者になるわけにはいかない。

……たとえ誰も私を裁けないとしても。



――――――――


ヴェール様と握り合った手の、一体どちらが震えているのか分からなかった。

まさかこんなに幼いヴェール様に対して欲情していたなんて。怒りというより恐怖で心が芯から冷えて、指先が冷たくなっていく。

だけど私なんかよりもヴェール様の方が辛いに決まってる。幼いころから交流のあった年上の光の剣が、こんなことを考えていたなんて思いもしなかったはず。


何か言わなくちゃと口を開いて、喉がからからに乾いていることに気付いて慌てて唾を飲み込む。どうしよう、こんな時になんて声を掛けたらいいのか分からない。でも、でもここで黙っていちゃだめだ。


「ヴェール様……大丈夫ですか……?」


ああもう、大丈夫じゃない人に大丈夫ですかは禁句だって何度も言われてきてるのに、私のバカ!


「大丈夫ですよ。国王に限らず、大人からのこういった視線は昔からありました。言い方は悪いですが慣れています……寧ろこんなものを見せてしまってすみません。リアナの方が傷付いていませんか?」

「わ、私は……」


私は何だ!? 大丈夫です? 気にしません? えっ、なんて答えたらいいの、ええと、ええと……!


「……こ、国王が……一線を越えなくてよかったというか……心の中で何を思っていても、口に出したり行動しない分には犯罪じゃないというか……ごめんなさい……こんなことヴェール様に言う事じゃないんですけど……」


私は一体何を言ってるんだ……! 本当にこんなことヴェール様に言ってどうするんだ。バカバカバカ、自分の頭が悪過ぎて情けなくて涙が滲んでくる。

美しいって大変なんですね、じゃなくて、国王も酷いことを考えてはいても、自分を律する心はあったんですねとか、そういうことを言うべき?


「リアナ、すみません、泣かせたくなど無かったのですが」

「違うんです……私、こういう時になんて言葉を掛けたらいいのか、分からなくて……」


慣れているなんて言ったって、傷付かない訳が無い。だけど慰めの言葉が出てこない。


「……では、今思いきり抱きしめてもらえますか?」


頷いて、一度繋いだ手を離すと私は膝立ちになって正面からヴェール様を頭から抱きしめた。犬の姿でも毎日抱き合っていたけれど、本当のお姿だとこんな感じだったんだ。

サラサラの金の髪ごと頭を撫でながら自分の胸に押し付けて、背中に回した腕に力を入れる。この人は私のものだ。私だけの旦那様だ。国王のじゃない。

そう思っていると、ヴェール様も私の背中に腕を回して抱きしめてくれた。お互いの体温と、少しやりすぎくらいの圧迫感が気持ちよくて幸せだった。


「あの頃の国王はあれで、きちんと理性を持った人だったことには間違いありません。リアナの言う通り一線は越えなかったのですから」

「はい……、……続きを見ましょうか」


ずっと抱きしめ合っていたいけれど、私たちはお互いに抱擁を解いて再び並んで座った。だけどさっきよりももっと近く、腕と肩が触れ合う距離になった。


「あの……幼いヴェール様、とっても可愛らしいです」

「ありがとうございます」


ふふ、と笑ってくれたのが嬉しかった。


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