58 国王の記憶①
私、っていうか俺には前世の記憶があった。思い出したのは十歳の頃で、形だけの剣技の稽古を受けてる時に転んで頭打った時だった。
前世の俺は社畜のクソリーマンで毎日家と会社の往復、朝は六時に家を出て帰りは終電とかいう死んだ方がいい人生を送ってた。
つまるとかつまらないとか考える余裕もなかったけど、明らかに最悪だろ。これが楽しいと思うやつはどうかしてる。そんなわけで、ある日突然俺は死んだ。
最後の記憶は仕事帰りにコンビニでビールと弁当買って、家に着いた途端気が抜けて倒れた。過労なのか、脳の血管が切れたのか心臓が発作でも起こしたのか、原因は何だか知らんがそこで終わった。
俺は自分の葬式も、親の泣き顔を見ることもなくどっかに飛ばされて、そこでなんかよくわからん奴が来世の話をし始めて、強制的に聞かされる羽目になった。
頭に輪っか乗せてて背中には白い羽があって、多分天使的なのだと思うんだけど、それ以外は普通にスーツを着た疲れたオッサンで、死後の世界にも社畜ってあるんだなってゲッソリした。
それでそのおっさんに、俺が次の生を受ける場所は、一人の主人公の為に作られた世界だと説明された。
ふーん、あっそ。どうでもいい。そう思ったのは、本音が8割で強がり2割……いや3割くらいあったかも。何でかって、俺は主人公じゃないって言われたから。
まあそもそも俺みたいなのが主人公になれるわけないのは分かってたし、勇者でも魔法使いの少年でも何でもいいから、主人公が勝手に頑張って世界でもなんでも救ってくれればいいと思った。
「それで俺は、村人Aとかですか?」
社畜の天使に聞いたら、いえいえと手を振られた。
「あなたは主人公が生まれ育つ国の王子です」
「おお……!」
次の生は王子だと聞いて喜ばないやつがいるか?
俺は宝くじに当たったような気持ちで大喜びした。金持ちでうまいものがいくらでも食えて、いい服を着れて働かなくてよくて、みんなが頭を下げて俺の言う事を聞く。
主人公じゃなくてよかったって心の底から思った。生まれた時からの勝ち組だし、痛い思いや辛い思いをしながら強くなるよりずっといい。来世最高!
そうして俺はルンルン気分で、次の世界、今この世界の王妃の胎の中に入った。
ま、そこから十年間は前世のことなんて忘れてただの赤ん坊と子供時代を過ごしたんだけどな。
頭を打って、前世の記憶とくたびれた天使との会話を思い出して、抱いた感情は絶望だった。
王子に生まれたってのはその通りなんだけど、違うじゃん! 思ってたのと全然違うじゃん! 何この中世ヨーロッパ舞台のファンタジーみたいな世界。
いやあさあ、確かに主人公一人の為に作られた世界だって聞いた時に俺、勇者とか魔法使いとか考えたよ。
普通に考えたら前世とそっくりな世界のハーレム主人公とかさあ、なんかあるじゃん、ええと……なんかほら……近未来のロボットに乗って戦う主人公とかさ。
なのにあの時頭を過ったのがファンタジーだったのは、終電帰りで家に着いた後、なんとなくつけたテレビでやってたアニメがそんな感じだったから頭に残ってたのかな。
豪勢なのに、コンビニ弁当の味にも遥かに劣る飯。動きづらいしごわごわした服。なんか全体的に汚い町。普通に勉強が忙しい毎日。最悪だあ。
想像通りだったのは、金持ちでみんなが頭を下げることだったんだけど、こんな世界じゃ何も欲しいものもないし、頭を下げるのは父親が国王だからってだけで俺の権威じゃない。
はぁ~~~~~。前世のことなんて思い出さなきゃよかった。
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「プラントル国王は生まれる前にいた世界? というものの記憶があるようですね」
「わあっ! ヴェール様びっくりした……ああ……驚いた、ついて来てしまったのは分かっていましたが、私たち会話が出来るんですね」
誰かの記憶を引き受けて頭の中で再生している間私の体は無防備で、一瞬で終わるものならその場に立ち尽くす程度だけれど、国王のこれはきっと眠るように倒れていると思う。
プラントル国王の記憶とその時に思っていた事を映像として見ている間、私はただの傍観者として居るだけの筈だったのに、今回は隣にヴェール様がいる。しかも会話が可能とは知らなかった。
「喋ろうと思ったら出来ました」
「あ……ヴェール様、お姿が……」
人間に戻っている。つい癖で斜め下を見たらすらりとした足しかなくて、見上げたら驚くほどの美形が私を見下ろしていた。何ヶ月ぶりの本来の姿のヴェール様だ……!
「恐らくここが夢や精神的な世界であるために、姿が元の姿に見えているのだと思います……何か変ですか?」
「い、いえ……久しぶりなのでつい……」
見惚れてしまった。改めて見てもヴェール様はやっぱり綺麗で美しくて、嬉しくて胸がドキドキする。
一瞬でここがどこで自分たちが何をしているのか忘れそうになった。ダメダメ、国王の記憶から目を離している場合じゃない。
やっぱり国王も前の世界の記憶があるんだ。しかも私と同じか、かなり近しい世界みたい。私はああいう天使から説明受けた記憶はないんだけどな。
でも主人公の為に作られた世界というのは知っていても、小説の中だということは分かっていなさそう。原作を読んだことが無いのか、立場がオリヴィエから遠すぎて気付かないのかも。
「……手を繋いでいても構いませんか」
「……勿論です」
まだ国王の記憶は暫くありそうなので、私たちは隣同士座り込んで指を絡め合って手を繋いだ。記憶を取り戻した国王がどうなっていくのか、興味と恐れを抱きながら。
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私にとって最も長い付き合いになるであろう光の盾が産まれたのは、十五の時だった。
その頃の私と言えば王宮での自由のない生活に飽き飽きしていて、何かと理由をつけては外に出掛けたがっていた。
本当は別に光の剣とか盾とか興味無かったけど、勉強や監視される生活から数日でも逃れるためにローレンス公爵家に赤ん坊に会いに行った。
新生児が可愛くないことくらいは知っていた。猿みたいなんだろうという知識はあったので、どんな見た目でも一応お世辞でも可愛いという準備だけはしておこうと思った。大人なので。
だけど、ヴェールと名付けられた私の光の盾に会った瞬間に、そんな考えは何処かへ吹き飛んだ。
美しかった。天使の寝顔とでも名付けて絵画にして、ファミレスの壁に飾っておくべき芸術品だと思った。透き通るような白い肌に、薄く生えた金の髪、触れるだけで壊してしまいそうな小さな体に小さな手のひら。一瞬で胸を撃ち抜かれて雷に打たれたような衝撃を受けた。
「この子が私を国民の負の感情から守るために存在する、光の盾……」
私の意識が変わったのはこの時だった。




