56 プラントル国王
何度も何度もローレンス家で使用人を相手に力を試してきて気が付いた発動条件は、私の赤い目を見た相手が恐怖心を抱くことだった。それはほんの僅か、本人すら気付いていない程度でいい。
真っ赤な目を見て怖いと思う感情があれば、それはもう相手が蛙になったも同然だった。
裏を返せばエドワーズ家で散々練習相手になってくれたオリヴィエお姉さまでさえ、私の目に恐怖を抱いていたことになるけれど、そんなことはどうでもいい。
中々力を発揮できないのもお姉さまが相手だったし、その時のお姉さまはこの目を怖いと思っていなかったということなのだから、その事実だけで十分だった。
私はこの目の力を無意識にヴェール様に対して使ったことから『人の強い感情を引き受ける力』と思い込んでいたけれど、実際は魔物の目と同等の力が使えることが分かった。
人間の常識に囚われない力を発揮するために、沢山の使用人に相手になってもらったお陰で今はもう目さえ合わせてしまえばこちらのものだった。
「……役に立たん奴らだ。女に睨まれた程度で動けなくなるとはな。後で全員纏めて処刑してやる」
国王のことは拘束していない。今は圧倒的に人数が逆転して、私たちローレンス家の人間に対して国王一人きりだから、たとえ暴れたって逃げようとしたってすぐに抑えられる。
この人は口を開けば簡単に処刑だ死刑だというけれど、時折口にする言葉にはちゃんとした理性がある。ちゃんと話し合ってお互いに折り合いをつければ、解決への道が見えて来るんじゃないかって思わされる。
国王がどうして光の盾を終わらせたいと思っているのかを知りたい。私たちは絶対に終わらせないけれど。
「プラントル国王、あなたは私がこうなるように、わざと光の盾に負荷をかけるような噂を流したのですか」
「なんのことだか」
「私のことが嫌いなのは構いません。それでも、共に光の剣と光の盾を継いだ者として、リュミエールに平和をもたらすのが仕事でしょう。何故自らの手で破壊に回るのです!」
ヴェール様が叫ぶように追及すると、国王はそれに対して怒るのではなく表情を曇らせたあと、口元を歪めて笑った。やっぱり何かある。ヴェール様のことが嫌いだという感情とは別に国王は何かを隠している。
「麗しの光の盾公爵に仕える健気な下僕共に聞こうか。光の盾は本当に必要か?」
私に聞いたことと同じことを、今度はローレンス家の使用人にも問い掛けた。
国王の中では既に答えが決まっていても、他者の意見や考えを聞くという事はまだ迷っている部分があるのかもしれない。
それとも聞いたうえで否定することで、自分が正しいことを再確認してこれから行おうとしている罪を軽くしようとしている?
「おそれながら国王の面前での発言をお許しください。我々使用人は皆、光の盾はこの国に必要だと思っています」
セバスチャンが一歩前に出て頭を下げて言うと、国王は大きく舌打ちをした。この人が聞きたいのは表向きの総意ではなく、個々人の本心からの意見なんだというのが分かる。
「お前らの主が苦み命を削ろうと、国が平和ならそれでいいと」
フン、と鼻を鳴らした国王は意地悪く口元を歪めて笑い、更に言葉を続ける。
「そもそもお前たちは殆ど城の外に出ない生活をしているというのに、この国が平和かどうかなんて関係あるのか?」
なんて元も子もないことを言うのだろう。自分たちさえよければいいなんて、どこぞの官僚よ。違った国王だった。
私たちだけが、ローレンス城に住まう者たちが幸せに暮らすことしか考えなければそんなの勿論、答えは分かり切っている。多少国が荒れたってどこかで戦争が始まったって、公爵家に大きな打撃はない。
だけど平和っていうのはそういうものじゃないじゃない。
「戦争もない、飢饉もない、病気だって他国と比べれば少ない。闘争心も嫉妬もなく、ただダラダラと平和に生きることの何が面白い。私は光の盾を消した後は光の剣も消すぞ」
「なんてことを……!」
大勢に囲まれる中で黙っていても無駄と思ったのか、それとも聞いてもらいたいという気持ちがあったのか、素直に話し始める国王の言葉に全員がざわついた。
「平和に生きることの何が悪いのですか」
戦争だって飢饉だって無い方がいいに決まってる。そんなの当然すぎて、壊そうとする意味が分からない。
「……もしかして、光の剣にも何か想像を絶する負担があるのですか?」
そう聞いたのは、メイドに偽装して紛れ込んでいたオリヴィエお姉さまだった。全員がハッと息を飲んだのは、そうかもしれないと思ったからかもしれない。
国王はお姉さまの言葉に眉を顰め、品定めでもするかのようにその姿を上から下まで眺め回す。
「何者だ」
「私が何者でもあなたには関係ありませんわ、国王陛下」
尚も国王はお姉さまを睨み続け、お姉さまも怯むことなく国王を見返していて、少しの間時間が止まったみたいだった。
「そうか、お前が主人公のオリヴィエか。会えば分かるとは聞いていたが成程な……」
「主人公? 私は冒険者のオリヴィエよ」
「ならば冒険者オリヴィエ、お前は数多くの国を渡りその名の通り数多くの冒険をしているらしいな。その噂は私の元にまで届いている。だからこそ聞こう。リュミエールという国は面白いか?」
いや! いやそこ他国との判断基準面白いかなの!? なにその聞き方! 平和かとか幸せそうかとかそういうことを聞くんじゃなくて!?
じゃなくて! 今国王お姉さまのことを主人公って言った!? 言ったわよね!? 言った、一体どういうこと!?




