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54 魔物のいない国


リュミエールには魔物がいない。それでも誰もが魔物は恐ろしいもので、人間や獣などの生物とは違う、世界の常識や摂理から外れたものだと知っている。

魔物は単独行動が主で家族や仲間という概念はない。子供を作ることもなく、穢土から湧き出て来る。

魔物の歩いた地は草木が枯れて土が腐り、浄化しない限りその土地は使い物にならなくなる。言葉は通じず、戦い倒すことが出来るのは聖女か魔法使いだけ。

目は血のように赤く、睨まれるだけで動けなくなりその場に立ち尽くしてしまうという。


建国以来魔物のいないリュミエールに生まれ育った者なら、それへの恐怖心なんてとっくに消えてしまっているはずだ。私と同じように、本の挿絵で見て知識でしか知らないのだから。

それでも赤い目は恐れられて、閉じ込められて迫害される。


それはもしかして魔物と同じ目の色だから怖いのではなくて、この赤い瞳自体が怖いのではないだろうか。形容しがたい恐怖を感じるために、同じ色をしている魔物と結び付けたのだ。

前の世界では漫画やアニメで比較的見慣れた赤い目だけれど、そんなもののないこの世界ではやっぱり異質で不気味なのだ。私自身は鏡を覗き込まない限り自分の目を見ることはない。だけどみんなは、私と会うたびにその色を目にしているのだから怖いと思う。

私は正直な意見が知りたくて、ヴェール様やオリヴィエお姉さま、オリビアにセバスチャンに使用人の皆に話を聞いて確信を得た。


生まれてこの方魔物を見たことが無くとも、この世界の住人はこの目に対して例えようのない恐怖を覚えると。


私の目は魔物なのだ。人の常識や摂理から外れたものだから恐怖を感じるのだ。

そのことに気付いてから、私は人として赤い目の力を使おうとするのではなく、魔物になりきって直感的に使えるようになる訓練を重ねた。




「リアナに多くのことを託すことになってしまって本当に申し訳ない」


揺れる馬車の中、更に狭い檻に入ったヴェール様が申し訳なさそうに言った。

ヴェール様は、意識を取り戻されてからは一度も獣に自我を奪われていない。それなのに今も必ず首輪と縄で自分の動きを制限して、もし獣に乗っ取られても被害を出さないようにと気を遣っていらっしゃる。

馬車でもしものことがあれば私たちに逃げ場はないし、逆に自我を失った獣が馬車から逃げ出したらとんでもないことになってしまう。だからわざわざ作らせた檻に自ら入っている訳だけど、この揺れの中で更に狭い所に入っているだなんて見ているだけで酔いそうだった。


流石のオリヴィエお姉さまも王宮には足を運んだことが無いとのことだった。王都にはあるので一応転移魔法での移動も可能だったけれど、今回は公式訪問になるし国王と対峙した際に何が起こるか分からない。

だからこそこちらもある程度の護衛を従えているし、お姉さまには魔力も回復薬も温存しておいてもらいたい。


表向きは、光の盾にひびが入り負の感情の回収が出来なくなってしまった事への対応策に、盾の修復方法の相談。荒れた国内への救援策を話し合うことになっている。

というかそれが可能なら、何事もなく話し合いたい。出来れば目の力なんて使いたくない。だけど多分無理だから、表向きという事になっている。

本当の目的は、国王の心を覗き見て再起可能かどうかを確かめて然るべき対応を取ること。それが何度も何度も会議を重ねてきた上での結論だった。


勿論その役目は私。失敗は許されない一発勝負。もし国王に目的がばれたら、私は目隠しをされたまま両目を潰される可能性だってある。

重荷なんかじゃないとは言えない。だけど、これが出来るのは魔物の目を持つ私だけだから。


「この話の結末は私にはまだ見えませんが、必ず全員無事でいい終わりを迎えましょうね」


自分自身を奮い立たせる意味も込めてそう返事をすると、ヴェール様は檻の間から鼻先を出して私の手の甲を舐めた。


「詩的で表現な素敵ですが、詩的なだけに、一つ指摘をしても構いませんか?」

「っふふ、はい。お願いします」

「いい終わりではありませんよ。この問題が解決することで、ようやく始まるのです」

「……何がですか?」


これは分かってて聞いている、ちょっとしたいじわるだ。

小説には必ず最後のページがやってくるけれど、物語は終わらない。むしろ始まりすら感じられるものも多い。


「その顔、いじわるで言ってますね」

「ヴェール様の口から聞きたくて」

「……やっぱり言わないでおきます。一段落がついたら、いくらでも言って差し上げますよ」


口の端をにやりと持ち上げると、犬歯が覗く。ヴェール様の感情表現は獣の方が素直だ。

檻に手を伸ばすと、鼻先を押し付けられて顔を撫でるように手のひらに擦り付けられた。もうすぐこの姿とはお別れだと思うと少し名残惜しいくらいだけれど、ヴェール様に会えることもとても楽しみになっている。

今度こそ本当に幸せな家族になろう。私たちにならそれが出来る。


「もうすぐ王都、城下町に入ります。城下町に入ると王宮までは半刻ほどになります」


オリビアに言われて馬車の外を見る。先程見た時よりも立派な建物が多くなって来た。やっぱりそういう感じなんだと思う。

私は王の前に出るための特別にあしらった帽子に触れる。人前に出るために帽子を用意するのは久しぶりで、被ることに抵抗があるよりは少し気恥ずかしかった。

でも私のこの赤い目の本当の力が判明した後も、変わらないままでいてくれるローレンス家の人たちには感謝しかない。今回のことが無事に終わったら皆とお祝いしたいな。


「正念場ですね」

「頑張りましょう」


正面に座るオリビアの手に触れる。オリビアとセバスチャンは本当によくやってくれた。使用人たちをまとめ上げて私の力の実験台にも進んで名乗りを上げてくれて。


「オリビア、私たちにもしものことがあったらあなたは逃げてね」

「もしものことなんてありません。私は死ぬまでリアナ様のメイドです」


笑顔でそう答えてくれるものだから、抱き締めずにはいられなかった。


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