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51 覚悟を決める


ローレンス家に戻ってから、早くも一週間が経過した。

状況は悪化の一途を辿っていて、私とヴェール様が処刑される日も近いんじゃないかなと思っている。


どういうことかと簡潔に言うと、負の感情の回収が止まったことで国内での窃盗、暴行、強盗、殺人その他諸々の凶悪犯罪が急激に増えた。

行き場を失った不安や怒りはとめどなく溢れ、今まで抱いたことのない悪意に翻弄される中でついに、原因は呪われた公爵と呪われた令嬢による国家転覆計画の一端に違いないと言い始める人間が出てきたのだ。

今や国民の怒りはローレンス家に、私たち夫婦に向けられている。


実際に討伐に出ようという人たちはまだ殆どいないけれど、ゼロではない。

お姉さまと庭師のトムは日夜、侵入者対策で走り回っている。植物に命令できるトムが道を変え罠を仕掛け、お姉さまが城の周囲を囲う森に霧を発生させることで、更に侵入者を迷わせる。

最後には光で誘導して追い返しているため城に辿り着いた人間はいないけれど、長引けば長引くだけ防戦一方のこちらが不利になるのは明白。


各所からの報告を聞く度にヴェール様はどうにか自分の体に戻ろうとされるのだけれど、本体がどうにも受け付けないらしい。そのせいでもうずっと獣の姿のまま、日に数時間は獣に意識を奪われる生活が続いている。

光の盾は未だひびの入ったままで直し方も分からないし、ローレンス家に残されているどの資料や文献を読んでも盾が壊れた時の対処法なんてものは書かれていなくて、正直お手上げ状態。



国王の流した噂一つで、この国が終わろうとしている。



リュミエールの平和がこんな危うい均衡の上に成り立っていただなんて、誰も思いもしなかっただろう。

この国の人たちは光の盾のお陰で平和に暮らせていることを学んでおきながら、自らの手で過剰に負荷を掛けて壊してしまった。そして壊れた盾を見て公爵が悪いと言う。


「もうこんな国、捨てちゃいませんか」


それか、王を殺すか。


獣の姿から戻れないままのヴェール様と並んで庭園を眺めながら、私はそう言ってしまった。

常に満開の花々が咲き誇っていた庭園は、トムの管理が行き届かなくなってから少しずつしおれたものが出てきている。それも自然のあるべき姿なのは分かっているけれど、好きで管理していたものの状態が悪くなっていくのは何だか言い様のない悲しさがあった。


「……リアナにそんなことを言わせてしまってすみません。そもそも私が優秀で強靭な光の盾であれば、国王の流した噂程度で壊れるようなことはなかったのに……国民にも、この家に使えてくれている使用人たちにも申し訳が立ちません」

「生まれつきの能力に対してそんなことを言っても仕方がないじゃないですか。私だってこの目が赤くなければと何度思ったか分かりません。ですが、こればかりは変えようがないじゃないですか……」


解決策の見つからないまま時間だけが過ぎていくことに、焦燥感ばかりが募って少しずつ心が荒んでいく。もし使用人たちすらヴェール様を見放したとしても、私だけは最後まで味方でなければならない。そう覚悟をしているのに、つい言葉に棘が出てしまう。

私の負の感情も回収されなくなっているのだから、余計に気をつけないといけないのに。ヴェール様が自分ばかりを責める姿勢に少し苛ついてしまうのも事実だった。


「……プラントル国王は、何故これほどまでに私の外見に拘るのでしょう。これだって生まれつきのもので変えようがありませんし、私の二つ名と光の盾としての負担や死に様を考えれば、羨むところなど何もないと思うのですが……他に隠された理由があるのでしょうか」


ヴェール様の記憶の中で見たことはあっても、会ったこともない人物の心中を推し量るのは難しい。いえ、例え目の前にいたとしても、毎日寝食を共にしたとしても、他人の心を理解する事なんて出来ない。

私の目の力でだって強い感情と記憶しか読み取ることは出来ないし、人の感情というのはそこまで簡単じゃない。

正直もし自分が同性だったらと考えると、ヴェール様の外見に嫉妬する気持ちは分かる。だけどだからといって国を混乱に陥れてまで負担を与えてやろうとは思わない。普通は。

国王には普通を普通ではなくする何かがあったはずなのだけれど、それが何か分からないと対応のしようもない。


「国王がヴェール様の外見に文句をつけ始めたのはいつ頃からですか?」


無駄だろうとは分かっていても何か決定打となる出来事がなかったかとヴェール様に尋ねると、考えるように首ごと視線をあちこちに動かした。


「現国王とは年齢差のせいか元々距離感はありましたが、それでも父と共に王宮へ足を運び顔を合わせた際には、我々の代で更に国を良くしていこうという話はしていました。それが私が十歳くらいだったので、王はその頃でもう二十五歳ですね」


ヴェール様は暫く私に聞かせるというよりは自分で記憶を整理するように、ぼそぼそと小声で独り言を呟き、時折思い出せないことがあるのか首を捻っていた。その動作の全てが美しい、ではなく可愛いという感想になるのはやはり獣の姿だからになってしまう。

どうしたって二つの目がついている我々は、見た目じゃないなんて言いながら視覚から入る情報に、感情も感想も左右されてしまう。即位前のプラントル王子は、成長するにつれて美しさを増していく自分の光の盾を見て何を思ったのだろう。

恐らく最初から憎かったわけではない。美しい外見を羨み、憧れ、妬み、嫉妬する。人の感情には過程がある。ヴェール様の容姿を素直に褒め称えていた時期だってあったのではないのだろうか。


「国王の態度が変わったのは、やはり私が父の後を継いで光の盾を継承した後からですね。今の国王は即位して五年、私は三年とズレがありますが、私の父が光の盾だった頃は特に問題行動は無かったように思います」

「そうですか……」


やっぱり片一方の話を聞くだけでは何も分からない。

ヴェール様はご自分の見た目の良さを認識していながら、そこに頓着していないところがあるせいだと思う。そうするとどうしても周囲からの羨望の眼差しや嫉妬にも気付きにくい。

テストで学年一位を目指す万年二位は一位を敵視し自分を追う下位も敵視するけれど、大した努力をせずに一位を取れてしまう人は、二位の人間が誰なのかも、自分の順位すらも気にしないから。

話を聞くべきは、敵意を向けられている側ではなく向ける側なのかもしれない。


「国王に直接会わないと何も解決出来そうにありませんね」


私個人としては本当にこの国を捨てるのは有りな考えだけれど、それは私がリュミエールの土地に思い入れが無いからだ。ヴェール様にそれが出来ないことはよく分かってる。

それなら国王をどうにかするしかない。一応一度は対話を試みたい。話の通じる相手ならどうにかしたいし、狂ってしまっているならそれなりのことを考えなければいけないし。

光の盾公爵を拘束し私を人質にして、浄化を眺めて喜ぶような人間なんか死ねばいいというのが本音だけれど。現実問題国王を殺すのは難しすぎる。


「……分かりました。覚悟を決めましょう」


失敗すれば、私たち夫婦は処刑されるかもしれない。だけど逃げ出せない以上こちらから動くしかない。

ヴェール様と決意を固めていると、遠くからオリヴィエお姉さまが走って来るのが見えた。


「お姉さま! どうされたのですか……って、ええっ!?」


お姉さまの肩には大きな白い鳥が乗っていて、思わず感嘆の声を上げてしまう。お姉さまが走っているのも気に留めず、全く落ちる様子もなく乗りこなしている。かっこいい!


「凄いことを聞いたの、リアナ、あなたの目のことで!」


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