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48 王宮の記憶②


準備が整ったと言われ連れていかれたのは、パーティに使われる会場のうちの一つだった。

王宮には開かれるパーティの規模によって使用される会場が違う。此処はその中でも小規模な部屋のようだった。恐らく身内親族だけでの祝い事などに使われるのだろう。

私は首に掛けられた縄を柱に括りつけられて、手錠を掛けられる。


「漸く浄化作業というものが見られるのだな、楽しみにしておったぞ」

「……これが終わったら、帰してもらえるんですよね」

「ああ」


国王と側近、それによく知った王族たちが私を囲う形でテーブルに着いている。

その表情は様々で、国王と同じく意地の悪い笑みを浮かべて今か今かと待ち望んでいる者。そういう顔をしてはいけないと思いながらも興味を隠せない者。私に憐みの目を向ける者。目を逸らす者。ただ時が過ぎるのを待とうと感情を消した者。

多くは興味津々といった表情だが、それでも全員が自ら望んでこの場に居るわけではないという事実と、プラントル国王の息子である第一王子が同席していないことに少しではあるが救われる。


だがそうか。皆、光の盾公爵が呪われているという話は聞いていても、目にする機会がない故に気になっているのか。


光の盾としての仕事と役割には誇りをもっている。リュミエールの国民が平和に生きていく為に犠牲になることは苦ではない。どれだけ痛くとも辛くとも耐えられる。

けれどこんな風に見世物にされて平気な精神は、残念ながら持ち合わせていない。

それなのに私の意思とは関係なく、体が熱くなっていく。


「そろそろか。皆、麗しの光の盾公爵がどのような化物に変化を遂げ仕事を成すのか、見物させてもらおうじゃないか」


国王がグラスを上げると、参加者たちも倣ってグラスを上げたのが、冷静に全員を見ることの出来た最後だった。


「カッ……ぐ、ぅ……」


全身に痛みが走って膝をつく。なるべく声を出さないように歯を食いしばる。苦痛に声を上げればここに居るやつらに笑われるだけだ。意識を保ち続けろ。獣に乗っ取られたらその間何をするか、されたかも分からなくなる。

こいつらが飽きるのが先か浄化作業が終わるのが先か。きっと前者だ。こんなのは面白いのは最初のうちだけですぐに見飽きる。面白いものではないと感じさせなければ。


「……っ! っ……うっ……」


体中から瘴気が溢れ出て、体が獣へ変じていく。痛い、苦しい、負の感情が体にまとわりついて吐きそうだ。頭が痛い。耐えろ。ここでいくら悲鳴を上げても慰めてくれる人間も手を差し伸べてくれる人間もいない。ただ嘲笑の的になるだけだ。

こんなのは大したことじゃない! 早く浄化を終わらせて帰るんだ、リアナの待つローレンス城へ。


「……!! ガッ、ガハッ、ぐうっ、うっうがあっ……!!」


首が! 首に掛けられた縄が! 食い込んで、痛い、苦しい! 息が出来ない……!

そうか、獣に変じて首元が太くなったことで縄の長さが足りなく……くそっ、余計なことに意識を割きすぎて気付かなかった! 何たる不覚……!


「ゥグルゥウウ……ゲゥウウ……ギャッ、ガァッ……!」


縄を引き千切らなければと藻掻いても、手錠が邪魔をして上手く動かせない上に、体毛が邪魔で食い込んだ縄まで辿り着くことが出来ない。

このまま死ぬのか、嫌だ、こんな所で、こんな王のせいで死にたくない。リアナを一人には出来ない、生きて帰らなければ。誰か、誰か助けてくれ。


「ァ……ガァ……! ……ア、アアアア!!」


だめだ……











「いつまで寝ているつもりだ起きろ」


びくん、と体が跳ねて意識が引き戻された。目を開けた途端に勢いよく顔に何かが当たって驚いて、数秒経ってからそれが水だという事に気が付いた。

息が出来る、縄が外れたのか。そう思った次には、乾いた音と共に背中に鋭い痛みが走る。一体何が起こっている?

どれだけ気を失っていた? その間に何があった。


「グアッ!」


再び鋭い痛みが走って悲鳴が上がる。なんだ、叩かれているのか。頭が痛くて思考が回らない上に、瘴気のせいで視界が曇ってよく見えない。

脳に酸素が行き渡って意識がはっきりしてくると、同時に浄化の痛みも蘇って来る。息は出来るようになったが体が動かない。どこかを縛られているのか。

そうだ、腕だ。首の代わりに手錠を柱に……うう、痛い、また気を失いそうだ。


「ギャッ、ガァッ! や、やめロ……ッアッ!!」

「おい、浄化中は咆哮を上げて悶え苦しむんじゃなかったのか。おい、おい! 泣き叫べ! この国の腐った感情にまみれなければならない自分の運命を呪え!」


鞭のようなもので私の体を何度も叩いていたのは、自国の王だった。それはそうだ。私に直接手を出せる者などプラントル国王以外にあり得ない。

この男を満足させるためにも叫んでやりたいのは山々だが、もう何が痛くて苦しいのか分からないくらいに全部が辛い。


「さっきお前の首輪を外させるために使った奴も、お前の手錠を柱に括りつけさせた奴も、お前の出してる瘴気に触れただけで悲鳴を上げて泣き叫んでいたぞ。なのにお前は何だ、ただ醜いだけじゃないか! つまらん!」

「! ッ!! ぐぅっ!」


この姿では流暢に喋ることは出来ないし、正論を言ったところで通じる相手ではない。

もう、いい、プライドも恥も外聞もどうでもいい。無事に帰るためなら、リアナに愛してもらえるのなら、見世物だって笑われたって構わない。

プラントル国王、お前の望む呪われた公爵の姿を見せてやる。せいぜい楽しめ。


「グアアアアアアアアアアアア!」

「うおっ」


体中の痛みを、瘴気に纏わりつかれる苦しみを、国民の負の感情を、全て咆哮で表してやる。


「ガァアアアア! ウワァアアアアアアイタイ、イタイイタイイタイイダイ゛!! ウワーーーーー!」


両腕が動かないので、両足をばたつかせて床を蹴りのたうち回る。


「ウヮアアアア、イタイ、いやだ、かえる、ウァアアッアアアアッ」

「フ……フフ、いい声で叫ぶじゃないか。そうだ、浄化は辛いだろう。光の盾なんてもうやめたいだろう。どうだ、この辺りでローレンスの血を絶やすのも手じゃないか」

「ギャウン! イ゛ッ゛……! アゥ……ガァ……ヤメッ……ナイ!」


意識が飛びそうになっていたが、国王のとんでもない発言に引き戻される。

愛する人の言葉でなくとも、あまりにも衝撃的なことを耳にすれば意識は保てるものなのだな。新たな知見だ。


「うるさい。お前はその醜い顔でギャンギャン鳴いていろ」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……グギィイイ……!」


皮肉なことに、私が浄化中にはっきりとした意識を保ち続けられたのは、これが初めてだった。


――――――――



「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁっ、っつ……はぁ……」


頭の中に流れ込んできたヴェール様の記憶と感情に、眩暈を起こして床に尻もちをついた。

目は開いているのにどこにも焦点が定まらなくてぐらぐらする。気持ち悪い、吐きそう。


「リアナ、リアナ! 言わんこっちゃない、だから嫌だと」

「いいえヴェール様……見れてよかったです……ご気分は?」


そこまで問い掛けた所で、限界を迎えて床に倒れ伏した。


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