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45 檻の中


「庭師のトムだ。植物を操る魔法が使える。若い頃は戦場にいたし役に立てると思うぜ」

「素晴らしいわ。この城の周囲が自然に囲まれていることを存分に生かせる力じゃない。是非協力してほしいわ。私はオリヴィエ、魔法は万能型で覚えたものなら魔力さえあれば何でも使えるわ」

「……! そういう天才がたまにいるって噂は聞いたことがあるが……心強えーな。喜んで協力させてくれ」


メイが呼んできたトムという人物は、かなり大柄な人物だった。身長もあるし筋肉もすごい。だけど日に焼けて頭は薄く、顔は皺だらけでセバスチャンよりも年上に見える。軍人上がりと言われるととても納得できるし庭師でも通じる。だけど一般的な魔法使いのイメージからはかけ離れていた。

お姉さまの手を取る姿は力強く、目もぎらついている。もしかしたら、戦場にいたり庭師をして日に当たり続けていた結果として、実年齢より上に見えるだけでもっと若いのかしら。


「しかしトム、あなたは……」


檻の中からヴェール様が掛けた声には戸惑いが滲んでいる。そんなことはさせたくないとでも言いたげで、それでも否定までは出来ないみたいだった。

トムはそんなヴェール様の方へ歩み寄ってしゃがみ込んで、目線を合わせると白い歯を見せて笑った。


「いいんですよ。兵士としてでなく庭師として雇ってくれた旦那様には、感謝してんだ。です。いつも庭園を見てくれてることも嬉しい。旦那様のためなら俺は、植物を武器にすることくらいなんてことない。です」

「……不甲斐ない主人ですまない。頼む」

「別に旦那様が悪いわけじゃないだろ。気にすんな。……です」


セバスチャンに背後から睨まれながら、トムはどうにか偽の敬語を使って丁寧な言葉遣いを心掛けているみたいだった。きっといつもこんな感じなのだろうという構図が見えてくる。けど、全然使えていなくてちょっと面白い。

庭師が魔法使いだというのは以前ヴェール様に聞いていた。様々な季節に咲く花が同時に咲いていたり、常に手入れの行き届いた綺麗な庭園はこのお城の中でもかなり好きな場所だった。本当に植物が好きな人なんだろうなとは思っていたけれど。


「早速だけどトム、時間が惜しいわ。実際に外で色々見ながら作戦と仕込みに掛かりましょう」

「おうよ嬢ちゃん」

「嬢ちゃんはやめて、オリヴィエでいいわ」

「よっしゃオリヴィエ、一人として部外者をこの城には入れさせねえぞ」


全ての行動の早さにあっけに取られていると、二人はじゃあ、と手を振って意気揚々とこの場を去って行った。

お姉さまもすごいけどトムもすごい。思わず元気だなあなんて感想が出てきてしまったけれど、どう見ても私がこの場の最年少なのだった。


「城の周辺の警備についてはあの二人に任せて問題ないでしょう。我々は……」


とヴェール様がそこまでで言葉が止まった。そしてこの場に残った全員が同じことを思っていた。我々は一体何をしたらいいのだろう。と。

解決しなければならないことは山積みなのに、現状手を出せることが何もないことに全員が気付いていたのだ。

とにかくプラントル国王が変な噂を流す行為をやめさせなければならない。噂を止めない限り、光の盾を修復しようとヴェール様が人の体に戻ろうと、直ぐに再び同じことが起こってしまう。

国王に直談判するしかないのだろうけれど、果たして話を聞いてもらえるのかという問題がある。私が行くにしても相当作戦を練らないと、会う前に目が赤い罪とかいうのを作られて捕まってしまう可能性すらある。


もっと色んな人の意見を聞いたり案を練らないといけなさそう。この薄暗くて閉塞感のある空間だと、思いつくものも出てこないし、まずはここからヴェール様を出せるといいのだけど。


「ヴェール様、気分転換に檻から出て来ませんか? 外の空気を吸うと気分もよくなりますよ」

「いえ、檻の中が安心するのでこのままで結構です」

「……でも私はもっとヴェール様と触れ合いたいと思ってますよ」


檻の前でしゃがんで腕を伸ばすと、直ぐに近付いて来てくれて顔や体を触らせてくれる。

丸洗いしたら毛並みがよくならないかな。ブラッシングして太陽の光に当たったら、この金の毛並みがもっと綺麗に映えて美しいと思うのだけど。

それにちょっと野生動物の臭いもする。ヴェール様は人間なのだし、こんな家畜以下みたいな檻の中なんかじゃなくもっと人間らしくいてほしい。でもそんなこと流石に本人に向かっては言い辛いな。


「折角帰って来られて久しぶりにお会いできたのに、こんな鉄格子越しに触れるだけなんて寂しいです」

「ですが……そもそも私の本体はあちらですし……小さくなったとはいえ、自我を失えばただの獣になってしまうことに変わりありません。もしあなたや使用人を傷付けてしまったら……」


ああそうだ、いいことを思いついた。だけど人間としての尊厳に関わるかもしれない。私は気にしないけれど、ヴェール様や使用人たちがどう思うかはちょっと怖いな。でもこの方法なら。


「それなら、首輪をして縄で繋ぐのは如何でしょう?」


もしもがあっても大丈夫なように柱に縄を繋いでおけば問題ないし、外で散歩も出来る。ヴェール様にとっては不便なことに変わりはないけれど、この檻の中にいるよりはいいはず。


「首輪……縄……」


だけど驚いたように繰り返したヴェール様は、暫く放心したように口を開けたまま私を見て、それから顔を逸らすと檻の奥へ歩いて行ってしまった。それから獣用の布団の上に乗って、こちらに背を向けたまま横になって丸まった。


完全に駄目だった。まずいまずいまずい!


「ごめんなさいヴェール様! 申し訳ございません。嫌ですよねそんなの、ヴェール様は人間なのに、なのに考えが浅くて私……本当にごめんなさい」


獣の姿になってしまっているとはいえ人間なのに、しかも公爵様というお立場でもある方に、犬みたいに首輪をつけてしかもそれを縄で繋ごうだなんて、やっぱり言っちゃいけなかったんだ。割といい思い付きと思ったけどやっぱりダメだったか。ああ、誰か時を戻すか私を殺して!


「っ……ずっとこんな薄暗くてじめじめした所にいたら、ヴェール様の気分も晴れないんじゃないかと思って……でも方法が悪すぎましたよね。出過ぎたことを言ってすみません……あの、本当に、傷付けようとした意図はなくて……ごめんなさい」

「…………リアナは悪くありません。ただ……その二つにはいい記憶がないもので……」


ハァ、とこちらに背を向けたまま大きな溜息を吐いて、またもぞもぞと丸まってしまう。私の無神経さに気を使って、嘘をついて下さっている……ようには思えない。ということは過去に何か似たようなことがあった?

気になって首を捻ってセバスチャンを見るけれど、心当たりがないみたいで首を横に振った。オリビアも同じだった。

直ぐに考え付くのは、浄化の最中に檻の外で暴れて首に縄を掛けられたことがある、という類のものだったけれど二人が否定するならなさそう。幼少期に何かあったか、二人が知らない時に何かをされていた?


嫌なことを思い出してしまっているせいか、ヴェール様の体の毛は逆立って、尻尾は下に垂れ下がっている。私のせいだと思うと胸が痛い。


「セバスチャン、檻のドアを開けてください」

「かしこまりました」

「なっ、だ、駄目に決まってるでしょう、開けないで下さい!」


ヴェール様が驚いてこちらを振り返る頃には、ガチャンと南京錠の鍵が開いた。

檻の中に入って真っ直ぐヴェール様の元に向かうと、私が近付いた分だけヴェール様は距離を取ってじりじりと逃げていく。本当に動物みたいだ。体に意識が引っ張られているのかもしれない。


「ヴェール様、もう私のことなんて嫌いになってしまわれましたか?」

「……そんなわけ、ないでしょう……」


その場でしゃがみ込んで両腕を広げると、ヴェール様はおずおずといった形で私の元まで歩いて来てくれたので、そのまま抱きしめた。


「ずるい人ですね」

「でも私はずっとこうしたいと思っていましたよ」

「そんなの、私も同じです」


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