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43 再会!


「ヴェール様!」

「……! リアナ、どうしてここに!」


階段を上り切ってすぐに名前を呼ぶと、今度はしっかりと返事があった。それが嬉しくてまた檻に向かって走る。

待っていたのは、先程の四つ足で立つ獣姿のヴェール様だった。人の方じゃないと聞いていたので想定内だけど、普通に流暢に喋ることにはちょっとだけ驚いた。


「ヴェール様……ヴェール様が心配で帰って来たんですよ……会いたかった」


鉄格子の間から腕を入れて伸ばすと、少し離れていたヴェール様が少しずつ寄って来て手のひらに頭を押し付けて撫でさせてくれた。かわいい。

毛並みは硬くてちくちくする。野生動物って感じがするな。触ったことないけど。


「……心配かけました……しかもまだ掛けてしまいそうです」

「ふふっ、ですね。でも私……またこうしてヴェール様にお会いできて、言葉を交わせて本当に嬉しいです」

「こんなに醜い姿なのに?」

「醜くなんてありませんよ」


浄化中の禍々しい瘴気を纏った姿と今とでは、見た目も大きさも放つ気配も何もかも全然違う。前者が山中で出くわした野生の熊だとしたら、今は動物園の狼くらい差がある。


「もしかしてご自身の姿が今どうなっているか、見ていませんか?」


頭だけと言わず、両腕を突っ込んで顔から首、体も撫でていく。でも毛並みに沿って撫でないと毛が刺さりそう。

ヴェール様も満更でもないのか、それとも私への贖罪の気持ちがあるのか黙って撫でられている。温かくてふかふかで獣くさい。


「……瘴気が出ていないのは分かっていますが、いつもとは違いますか」

「はい。とっても可愛らしいです」


そう答えると、ヴェール様はそっぽを向いてしまった。仮にも獣の姿になってしまっているとはいえ、年上の男性に向かって可愛いはなかっただろうか。いや、今ヴェール様の置かれている状況を考えると普通に不謹慎だったかもしれない。

四足歩行で檻の奥へ引っ込んで、本体の寝ているベッドの影に隠れてしまった。


「こんな姿、見られたくはありませんでした。そもそもあなたには二度と会うつもりはありませんでした」

「すみません……」

「でも、心は正直ですね。リアナに会えただけで、こんなに嬉しくて幸せな気持ちなれるなんて」

「ヴェール様……!」


私だって、こうしてまたヴェール様と言葉を交わせただけで胸がいっぱいになっている。何も問題は解決していないけれど、金色の獣から出て来る声も言葉も確かにヴェール様のもので、私は凄く安堵してる。

生きてる。ただそれだけで私は泣くほど嬉しかった。ヴェール様も同じ気持ちになってくれているのだと思うと、更に嬉しさが増してしまう。


「ヴェール様、私も同じ気持ちです」


不意に背後から肩を触れられて見上げると、オリビアが声を出さないようにと口元を人差し指で抑えていた。

何だろうと思っていると、二、三歩右横にずれて私に向かって手招きをする。静かに立ち上がって手招きに応じると、今度は檻の中を指差した。

そこからは隠れきれなかったヴェール様の後ろ姿が見えて、尻尾が激しく左右に揺れていた。


「フフッ」


頭隠して尻隠さず。尻尾は口ほどにものを言う。ね。


「旦那様、気がつかれたのですね」

「セバス……」


ようやくやってきたのか、それとも私とヴェール様の会話を邪魔しないように離れて見ていたのかは分からないけれど、いいタイミングでセバスチャンが声を掛けた。


「生きていらして、本当によかった」


震えた声で絞り出すように言ったセバスチャンは、鉄格子を握り締めて涙をに滲ませていた。

きっと、私なんかよりもずっとずっとセバスチャンはヴェール様を心配していたのだと思う。それは見ているだけで十分に分かるし、感情と記憶の一部を引き受けた今は強く思う。

誰よりも長くヴェール様と時を共にして、主人でありながら自分の子供のように愛情を注ぎ、光の盾という辛い仕事を支え続けてきた。その重荷を私に渡した筈だったのに、また背負いこむ形になってどれだけ負担だっただろう。


気付くと私はセバスチャンの背中をさすって一緒に泣いていた。


「ヴェール様、大丈夫です。ひとつひとつ、全部解決していきましょう」


ベッドの影から出てきたヴェール様は、私たちの元まで近付いてきて頭を下げた。


「リアナ、すまない。君のことを騙して実家に閉じ込めるようなことをして……それでも……今もそれが正しい事だったと思っている。君をローレンス家の呪いに巻き込みたくない。もう私のことは忘れて帰ってくれないか」


ヴェール様の耳も尻尾もぺたりと垂れて、それが全く本心ではないことは一目で見て分かる。たとえ本心だったとしても引く気はないけれど。


「駄目ですよヴェール様、そんな強がり言って。私たち夫婦じゃないですか。健やかなる時も病める時も一緒です。私はここに戻ってくるために、この赤い目の力だってコントロール出来るようにしてきたのですから」

「だが……!」

「私は、いえ私たちはヴェール様が思っているよりずっと、あなたのことが大好きですよ」

「……リアナ……」


ヴェール様は言葉に詰まって、私とセバスチャンを見つめたあと項垂れた。今起きている問題の数々に誰のことも巻き込みたくないのに、巻き込まざるを得ないことが辛いのかもしれない。

勝手にヴェール様の心情を読み取ったような気持になって胸を痛めていると、顔を上げたヴェール様が不意にオリヴィエお姉さまに視線を向けた。


「ところで、気になっていたのですがこちらのご婦人は?」

「申し遅れました。リアナの姉で、エドワーズ家の長女のオリヴィエです」

「魔法使いで、冒険者としていろんな国の色んな所を旅しているんです。実家にいた頃色んなことを教えてくれたり、今回閉じ込められていた私を助けてくれたのもお姉さまなんですよ」


慌てて補足の説明を加えると、ヴェール様は納得されたように頷いた。以前私が実家の話をした時に、オリヴィエお姉さまだけは私の味方だったことや貴族令嬢としての生き方を捨てて冒険をしていることは話してあったので、思い出してもらえたと思う。


「それは迷惑をお掛けしました。冒険者オリヴィエの名前はよく耳にしています。私の姿を見ても驚かないのはその経験値故なのでしょうね」

「そうかもしれません。他国では魔物も出ますし、秘境に行けば人語を話すゴブリンもオークもいますからね」

「お姉さま」


思わず服の裾を掴んで言葉を止める。お姉さまのその言い方ではまるで、ヴェール様がそういう怪物染みたものと同種みたいじゃない。

それにしてもどちらも初対面とは思えない口の利き方だわ。やっぱり以前会ったことがあるのかしら。


「私の可愛い妹が泣き虫公爵と結婚したなんて聞いたから慌てて帰ってみれば、何故か実家に幽閉されているしあなたは人の姿すらしていないし、一体どういうことなのでしょう」

「ハァ……私が何も言い返せないと思って相変わらず口が悪い。令嬢としての地位を捨てたとしても、あなたが淑女であることには変わりないのですよ」

「淑女だなんて片腹痛い、私は冒険者で魔法使い、それだけで十分。ドレスだって着ないし窮屈なパーティにも出ないの」

「そうして自分の立場から逃げた結果、あなたの可愛いリアナがこんな化物と結婚することになってしまったようですが? そのことへの責任は感じないのですね」


「ストーーーップ! お姉さまもヴェール様もやめてください! 二人がどんな関係か存じませんが、喧嘩をするのは今じゃないでしょう!?」


お姉さまが上から見下すように睨み付けて、ヴェール様が唸り声を上げて睨み上げる、この異様な光景をこれ以上このままにしておくわけにはいかない。

二人の間に物理的に割って入って会話を止めて、お姉さまの両肩を正面から掴む。


「オリヴィエお姉さま、やめてください。私の夫を悪く言わないで下さい。ヴェール様も、私のお姉さまの生き方に口を出さないで下さい」


幽閉されていた私と違って、貴族である二人が子供の頃出会っていたっておかしくはない。そこで二人に何があったのかは知らないけど、仲が良くないことは分かった。

だけど憎み合っているとか恨んでいる訳ではなさそうだし、喧嘩をするなら全部解決して丸く収まってからにしてほしい。

決してやきもちとかじゃなくて。いきなり二人が私の前では見せたことのないような口調で罵り合いを始めたことに嫉妬したとかじゃなくて。

私の知らない二人の過去の関係に何か心がモヤっとしたわけじゃなくて!


「ご、ごめんなさいリアナ。そうね、今はこんなくだらないいがみ合いをしている場合じゃないわね」

「すまないリアナ……つい。そうだな今は……手を貸してくれないか、冒険者オリヴィエ。君の愛する妹のためにも」

「勿論そのために来たの。私はリアナが幸せになるためなら何だってするわ」


何だか複雑な気分だけど、休戦協定が結ばれたみたいだから一先ずめでたし!


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