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42 山積みの問題


「うう……目が回る……」

「リアナ大丈夫?」

「ひぃ冷たい!」


額に濡れて冷えた布を乗せられて、思わず体がびくりと跳ねた。お姉さま、私は起きているのですから予告してから乗せて下さいませんか?

でも慣れてしまえばその冷たさが心地いい。セバスチャンの怒りと悲しみの感情と記憶をこの赤い目で引き受けて、その壮絶な感情の波に倒れ込んで今に至る。


異様な回数に増えた浄化で、ヴェール様を失ってしまうのではないかという焦りと悲しみ。自分にはどうすることも出来ない憤り。そして元凶がどこにあるかを知った時の驚愕。どれも一度に引き受けるには強すぎるものだった。


「すみません奥様、余計なご負担をお掛けしてしてしまいました」

「いえ、話に聞くよりよく分かりました。こちらこそ人の記憶なんて覗き見て申し訳ないわ」


頭の痛む箇所に布を押し当てて冷やしながら、私は横に寝かされていたソファから起き上がる。


「とんでもございません。奥様にあの行き場のない憤りの感情を引き受けて頂いたことで、私は久しぶりに心穏やかになりました」


そう答えるセバスチャンの表情は、先程までの疲れ切った深刻そうな表情から一変して、憑き物の落ちたような顔になっていた。

なるほど、他国にいるという赤い目の魔女がこの力を仕事にしているというのも納得できるわね。


「代わりにリアナは眉間に皺が寄っちゃってるけどね」

「私が見たかったんですからいいじゃないですか」


お姉さまに人差し指で眉間をぐりぐりと押されて、思わず唇を尖らせる。余計なことは言わないようにしているけれど、私は今セバスチャンの感情に引っ張られて結構不機嫌なのだ。

不穏な噂を流すことで国民の負の感情を煽ってヴェール様に負担を掛けさせる。もしこれが戦争を仕掛けようとしている敵国の仕業だったなら天晴れな作戦だけど、自国の王による嫉妬だなんて言うんだから開いた口が塞がらない。

呪われた公爵と呪われた令嬢が何かを企んでいるらしい。なんて、きっと多くの国民は大して不安には思わない。だけど一人が十の不安を抱えているよりも、百人が三の不安を抱えている方がヴェール様には負担になる。噂が広がる速さと人数に比例して、浄化の間隔が短くなったのも理解だわ。


「王への追及はされたのですか?」


正に今私が聞こうとしていたことを、お姉さまが先にセバスチャンに尋ねた。私が不機嫌なのと思案に耽っているのがお姉さまにはバレバレみたい。

聞かれたセバスチャンは、残念そうに首を振った。


「……実は国内で何が起きているのかを探らせたときに、王宮にも人をやったのです。その時は勿論噂のことなど知らず、ただ旦那様の具合がよろしくないというご報告と、光の剣である国王様の方はご無事かと確認をするためでした。ですが、国王はこちらの報告を聞くと嬉しそうに笑ったそうです……」


そこまで言うと、セバスチャンはまだ続きがあるように口を開いたものの、言葉に出来ず口と目を固く閉じてしまった。ついさっきまで精神負荷のない表情をしていたのに、もう老け戻ってしまうなんて。私に移したものとは別の記憶と感情だからかしら。


「国王は笑って、何と仰っていたのですか?」

「……一生醜い獣の姿でいろ……そうすれば私と外見を比べる愚か者もおるまい……魔っ……い、以上です」

「魔っ?」

「いえ、何でもありません」

「セバスチャン、もう隠し事はしなくていいのではないですか? 言わないようであるなら、その感情も引き受けますよ」

「リアナ様落ち着いてください。その先は聞かなくても何の問題もありませんから」


私たちの会話を一歩引いたところから黙って聞いていたオリビアが、急に私の機嫌を取るように後ろから肩を揉んで誤魔化そうとする。

ああなるほど、セバスチャンが言わなかった部分は私の悪口ということね。今更そんなこと気にしないのに。でも関係ないならいいか。無駄に脱線する必要もないし。


「……ええと、いいわ。話を戻しましょう。その国王の発言で決定打となったということですか?」

「というか、国王様は自分が噂を流させたことを隠そうともしていなかったそうですよ」


セバスチャンの代わりに今度はオリビアが話してくれたけれど、頭の痛い内容ばかりで気が遠くなる。リュミエールがあまりに平和過ぎて、とうとうどうしようもない王様が出て来てしまったということなのかしら。

確かに私たちは呪われていると言われているけれど、それが国家転覆と何の関係があるというの? なんて憤っても無駄ね。


ヴェール様が分裂してしまった問題、光の盾の力が止まってしまった問題、噂、国王のバカさ加減、考えることが多すぎて頭が痛い。

負の感情の回収が止まっている原因は不明だけれど、噂を止めない限りヴェール様の負担は軽くならない。もし目を覚まされて力が回復しても、また苦しまれることになってしまう。

だけどどうすれば噂なんて止められる? 人の噂も何日……なんて諺を昔どこかで聞いたような気もするけれど……あれ、どこでだっけ。

とにかく噂話は長持ちしない。国王が次々と新たな噂を流さない限りはそのうち消えていくと思う。積極的に火消しに動くより時が経つのを待つべき?

国王はどこまでヴェール様を追い込みたいのだろう。精神的に疲弊させたいだけなのか、死にまで追い遣りたいのかでも違ってくるはず。そこも考えないといけないし……。


「肝心なことを聞き忘れていたわ。結局ヴェール様は一体いつどうして分裂してしまったのですか?」

「それは……」

「リアナ様、セバスチャン! 旦那様が目を覚まされました!」


ノックもなしに部屋に飛び込んできた使用人が、息を切らせながらそう報告するので部屋にいた全員が瞬時に立ち上がった。


「本当ですか!」

「今行きます!」


早くヴェール様にお会いしたい一心で部屋から飛び出して走ると、使用人がそのまま私の隣をついてくる。ええと、確か名前は、何だったかしら。


「あのリアナ様、目を覚まされたと言っても、ハァ、ハァ、ええと、人の方じゃなくて……なので、見た時に、気落ちされないで下さい……!」

「獣の方だということ? ……いえ、分かったわ。ありがとう。大丈夫よ」


獣の方は既に私が会った時には起きていたけれど、それとは違うという意味よね。

走っている事と、再び緊張している事で心臓が余計にドキドキと大きく跳ねてすぐに息が上がる。何でもいい、ヴェール様がご無事なら、回復されているのなら。


十代の本気の走りについて来られたのはオリビアとお姉さまだけで、セバスチャンはいつの間にか姿が消えていた。ごめんセバスチャン。


「先に行っていてくださいとのことでした」

「悪いけど、そうさせてもらいましょう」


そうして再び地下通路へのドアを開けた。


セバスチャンが寸前で言い留まった「魔っ」は「魔物の嫁と釣り合いが取れることに感謝してほしいくらいだ」でした。絶対誰もリアナには言いませんし伏線ではないのでこちらで。

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