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40 セバスチャンの感情と記憶①


「……檻へ向かう。浄化が近いと思う」

「旦那様……また、なのですか……」


赤く火照った顔をして部屋を出ていく旦那様の後を直ぐに追って背中に触れると、布越しでも発熱しているのが分かるほどに熱い。浄化が始まる前の兆候だ。けれど、前回の浄化から三日と経っていない。

通常であれば浄化は月に一度程度、短くとも三週間に一度の浄化で済んでいたのに、何故だ。見る間に間隔が短くなっている。

確かにヴェール様は先代の大旦那様と比べても、光の盾としての能力は低い。溜め込める量は少なく失敗もある。自分の体調の変化にも気付きにくい等色々あるが、これは異常だ。

全てがおかしい。リアナ様を帰してしまった事が原因だろうか。旦那様の精神状態が不安定であることと関係があるのだろうか。私はどうすればいい。


「セバス、すまない……人を呼んでくれ……」


自らの足で檻に向かい、地下通路を歩いていた最中だった。旦那様は目の前で崩れ落ちて歩けなくなってしまった。

このまま獣の姿に変じてしまえば大変なことになる。私は大急ぎで来た道を戻り、男手を呼んで旦那様を檻に運び入れた。

度重なる浄化で受ける苦痛、何度も人の姿と獣の姿を行き来する事への負担で、疲労も蓄積しているのだと思う。旦那様はあっという間にお痩せになってしまった。元々線の細い方だったこともあって見ていて痛々しい。


「うう……うグッ……ガ……」

「旦那様……」


幾度となく見てきた変身すら弱弱しい。いつもの雄叫びや悲鳴は、体力と元気があってこそのものだったのだと、それがなくなってから気付かされる。

今の旦那様には苦痛に叫び声を上げる元気すらない。頭痛がするのか頭を抑えいる手に深々とした毛が生えて、体中の骨格が獣に変わっていく。


リアナ様がいて下さったらと思う。リアナ様ならこんな時も力強く我々を励ましてくれていただろう。旦那様を支えて献身的に介護をしてくれたはずだ。

そして旦那様の言う事が正しければ、この旦那様の苦痛を取り除いてご自身に移し替えてくれる。使い方を間違えなければとても便利な力だ。しかしもう彼女はいない。旦那様に連れ戻す意思もない。

…………本当にそれでいいのだろうか?


「グワアアアアアア! アアアアッ! イタイ、イタイイタイイタい、アアアア」


旦那様を見ていた筈なのに物思いに耽って見えていなかった。体中から出ていく瘴気の量が半端じゃない。その苦しみに悶えて床でのたうち回る姿に一気に現実に引き戻された。


「旦那様! ヴェール様、耐えて下さい、直ぐに終わります。頑張って……頑張ってください……!」


たった三日。前回の浄化を終えたのはたったの三日前だ。それなのにどうしてもうその姿が見えないほどの瘴気が溜まるのだ。

この国で一体何が起こっている。

使用人と傭兵を国内各所に調査に行かせているが、まだ戻らない。もっと早くに動くべきだった。平和しか知らないというのは、異常事態に弱いということかとこの年になって理解させられる。


「モうヤダ……クルシい、クルジイ、アア、アア……!」

「大丈夫です、私がついています。光の盾としての役目を果たしましょう」


こんなことしか言うことのできない自分が情けない。私が変わって差し上げたい。老い先短いこの身体などどうなろうと構わないから。


「セバスチャン! 原因と思われる事象が分かりました!」

「お帰りなさい、やりましたねカイル。早速聞かせてください……ああ、いえ、旦那様の浄化が終わってからにしましょう」

「いえ、今すぐ聞いてください」


カイルは真剣な眼差しで真っ直ぐに私を見て言った。旦那様に報告するよりも先に私の耳に入れておきたいという事か。


「……分かりました。ですがやはり旦那様を一人にするわけにはいきません。浄化を終えたらです」


そう言えば、カイルは納得して旦那様を励ますように私の隣に立った。若くて素直でいい子だ。旦那様に子が出来れば教育係にしたい。出来るだろうか。誰との間に……


「旦那様お辛そうですね……もう少しです、耐えて下さい。ごめんなさい、僕にはその痛みを分かることも変わって差し上げることも出来ません。旦那様、頑張ってください。瘴気なんかに負けないで下さい……」

「ウウ゛……ウグ……リ……アナ……」


奥様の名前を呼んだ?


「……ア……ア゛」


檻の中で巨体がぐらりと傾いたと思った次には、大きな音を立てて床に倒れ込んだ。まだ浄化を終えていないのに意識を失ってしまった。まずい。


「ヴェール様! 坊ちゃま! 目を開けて、眠っては駄目です、起きて下さい!」

「旦那様! 旦那様……ヴェール様……うっ……ううっ……」

「泣いていないで声をかけて下さい。意識を獣に取られるとまずいことは教えたでしょう」

「分かってます……分かってますけど、こんなの、あんまりですよ……」


カイルまで床に崩れ落ちて泣き始めてしまい、私は天を仰いで大きなため息を吐いた。


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