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36 束の間の女子会


「リアナ様……!? まさか」

「奥様どうしてここに!」


驚いた顔で出迎られて、少しの可笑しさと緊張が体に走る。私は本来帰ってくることのない人間。山のような手切れ金によって、エドワーズ家に監禁されているはずの人間だものね。

どう挨拶したらいいか分からず片手を上げてにこやかに笑んでみると、オリビアが駆け寄って来て包帯の巻かれていない右手を手に取った。瞬時の気遣いがすごい。


「リアナ様、本当にリアナ様でいらっしゃるのですね……申し訳ございません、申し訳ございませんでした!」

「オリビア……元気そうでよかったわ。心配したのよ」

「奥様……私の言えたことではありませんが、オリビアは何も知らされていなかったのです。恨むのであればどうか私を」


頭を下げて何度も謝るオリビアの頭を撫でようとして、血の付いた布が巻かれている事を思い出した。汚いし衛生的にもよくないと思って動きを止めていたらセバスチャンに横からそう説明されて、同じように頭を下げられたけど、別にぶったりなんてしないからね?

大体オリビアが何も知らなかったであろうことは、随分前に察しがついていた。知っていたらいくら隠し通そうとしたって、もっと挙動はおかしくなる。あんなに帰る時の町歩きを楽しみにする会話なんてできない。

まあ、セバスチャンは何もかも知っていたのでしょうけど。今となってはそんなことはもういい。そんなことより、


「ヴェール様はご無事ですか」


そう言葉にした途端、時間が止まったかと思った。

オリビアもセバスチャンも息を呑んで動きを止めて、それが何秒続いただろう。ほんの2、3秒だったかもしれないけれど、このまま永遠に止まってしまうのではないかと思った。

だけど、動いたのはセバスチャンだった。


「続きは中でお話ししましょう。どうぞ中へ。そちらのご婦人は、オリヴィエ・エドワーズ様でお間違いないでしょうか?」

「よく分かったわね」

「冒険者としてのあなた様のご活躍はリュミエールでも有名ですから。それに、リアナ様と顔がよく似ていらっしゃる」


セバスチャンの鋭い観察力と推理力に驚いて、お姉さまと顔を見合わせる。私は長い髪にドレスを着ているのに対して、オリヴィエお姉さまはまるで男のように髪を短く切って、格好だって冒険者だしもし胸が無ければ一瞬男性と見間違えてしまうくらいかっこいいのに。

でも似ていると言われて悪い気がするわけがない。私たちは照れたように口元をニヤケさせて、それから瞬時に今の状況を思い出して唇を引き結んだ。


「オリヴィエです。ここへ妹を帰す手助けをしました。細かい経緯は後ほど」


お姉さまは胸に手を当てて、片足を斜め後ろに下げ、膝を曲げて腰を折るお辞儀をした。かっこいい。



城の中へ入ることを許されてセバスチャンとオリビアについて行くと、途中でどこに向かうのか予想がついた。ヴェール様のお部屋だ。

だけど部屋の中にヴェール様はいない。そうなのだろう覚悟はしていたけれど、本当にがらんとした部屋を見させられると胸が苦しくなる。ヴェール様は今どこでどうなってしまっているの。


「奥様の手の怪我を拝見しても?」


セバスチャンがお茶の用意のために部屋を出て行ったあと、オリビアが私の椅子の前で膝をついてそう訊ねた。

今はもうそれほど痛くはないけれど、動かして傷が開いたらまた血が出てしまいそうでずっと手のひらを握り締めたままでいる。


「ああ、大丈夫よ。もうここまで来たのだから、残った魔力で治しちゃいましょう」


お姉さまが立ち上がって私の手に巻いていた布を取る。傷は浅いけれど結構広範囲に切れていて白目を剝きたくなる。やらないけれど。きっと応急処置的な魔法も使ってくれたんだろうな。と思うとお姉さま様で頭が上がらない。

お姉さまが傷口に手を翳して、やっぱり何か分からない言葉を唱えると段々と手のひらが温かくなる。そうして、傷口が治る過程をものすごい速度で経ているみたいに、傷が塞がり肉が盛り上がりカサブタが出来て消えていく。


「リアナは新婚さんだし、こんなに目立つところに傷痕なんて残ってほしくないものね」


そんなこと気にしなくていいのに。と言おうとしたのに、言葉に出来なかった。私は別に気にしないけれど、ヴェール様は? と思ってしまった。

ヴェール様だって、傷痕なんて気にされるような方じゃない。だけどこれがヴェール様の無事を知るために無茶をして負った傷痕だと知ったら、悲しむに決まってる。申し訳ないと傷付いた顔で謝るところまで想像できる。それなら、もう何もなかったくらい綺麗に治ってくれたほうがいい。ヴェール様が傷付かなくていいように。

お姉さまに何も言えずに待っていると、肉の盛り上がりも綺麗に消えていった。こんなの魔法じゃないと出来ないはず。


「お姉さま、ありがとうございます。本当にありがとうございます」

「オリヴィエ様は医療魔法が使えるのですか? 素晴らしいお力ですね」


同じように魔法で治っていく過程を見ていたオリビアが、感動したように言った。素晴らしいものを見た。といった風に熱い吐息をはいて目を輝かせている。きっとこんな高度な魔法を目の前で見るのは初めてなのだと思う。


「ふふ、私なんて、才能に恵まれただけよ」


魔力の才能に目覚める人間は本当に極少数。それも、得意な魔法には偏りがあって、戦闘魔法、医療魔法等々、使えるものが限られている人が大半だ。

どんな魔法も使うことの出来るオリヴィエお姉さまの、恵まれただけ発言は間違っていない。そもそも大多数の人間は魔法のまの字も使えないし、魔力に目覚めるかどうかは運でしかない。


「だけどその才能を120%生かせているのは、お姉さまの努力によるものじゃないですか。やっぱり素晴らしいです」


オリビアと二人でお姉さまを褒め称えていると、お姉さまも悪い気はしないようでニコニコと上機嫌になって椅子に座る。私はササっと立ち上がって、きれいさっぱり治った手でお姉さまの肩を揉んだ。


「お楽しみの所失礼します」


四人分のティーカップに軽食になりそうなパンを入れたバスケットを持ってきたセバスチャンが、咳払いを一つして入ってきた途端に女子会は終了した。



「奥様、いえリアナ様……どうか、旦那様をお救い下さい……!」


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