35.5 リアナの帰還
オリヴィエお姉さまがはっきりと教えてくれてよかった。そっか。ローレンス公爵には元々呪われた公爵という蔑称があったけれど、それでもずっと普通の女性と結婚して子を成して来た。
だけどとうとう妻まで呪われているときたら、国民の不安は一気に増すことになる。でもそもそも、ローレンス卿の結婚なんて平民たちが知ることなの?
多くの貴族を招いてのパーティも開かずお城の使用人たちだけで祝い、報告も国王にした程度なのに。ただ光の盾公爵は有名だから、もしかして私が世間知らずなだけで新聞とかに『光の盾公爵結婚!相手は赤目の呪われた令嬢!?』とか書かれていたのかな。
怖過ぎる。怖過ぎるから考えるのはやめよう。
私たちはそれから三回転移魔法で移動して、日が暮れる前にローレンス城のすぐ近くまで辿り着いた。
ただ、帰って来られた感動よりも、今この城の中がどうなっているのかの方が不安で仕方がない。ヴェール様は無事でいらっしゃるのか、オリビアは、セバスチャンは、使用人のみんなは。
全部全部私たちが神経質になりすぎていただけで、元々町の治安はあの程度のものだったりはしないか。それともヴェール様の浄化中は回収が止まるからという理由があったりはしないか。良いように勘違いの方面でも考えてみるけれど、心がそれら全てを否定する。
「……覚悟はいい? リアナ」
体内の息を全部吐き出して暫く呼吸を止めてから、一気に胸いっぱいに空気を吸い込んで返事をする。
「はい。オリヴィエお姉さま」
立派なお城の立派な門の前には門番がいる。先程の村の門番と違って甲冑を着て帯剣している。だけど、ローレンス城で働いている人なら私のことを知らないわけがないし、私だって知っている。
向こうが私たちの存在に気付き、又何者なのかに気付くと慌てて頭を下げ、それからこちらに駆け寄って来た。
「奥様……!? どうして……」
「ペルン、久しぶりね。帰って来たわ」
「ですがあなたは…………いえ、私程度の者には何も言えません。お入りください。セバスチャンを呼びますので」
ペルンの表情は暗く声にも覇気が感じられない。そして言葉を無くして視線を彷徨わせた挙句のこの対応だ。少なくとも、ここの主に捨てられた女への態度ではない。
「そちらの方は」
「私の姉、オリヴィエよ」
「オリヴィエです。リアナにこちらに帰る手段がないと頼まれて、送り届けに来ました」
お姉さまは、まるで男の冒険者のように胸に右手を当ててにこやかにハッキリとそう言った。動きやすい服装でズボンを履いているため、とても伯爵家の娘には見えないだろう。ペルンは驚きが表情に出ないように唇を噛んで真一文字に引き結んだあと、軽く二度頷いた。
「では、オリヴィエ様もどうぞ」
「ありがとう」
ペルンが門を押すと金属の擦れる音がギギギと鳴り響いて開いていく。
「……奥様」
「なあに?」
門を通り抜け、玄関まで付き添われて歩く中で声を掛けられたが、ペルンはそのまま黙ってしまった。何を言うつもりだろう。
覚悟してください、帰って来てくれて嬉しいです、旦那様を助けてください。色んな言葉の先が思い浮かぶけれど。
「……この城の者たちは全員、あなたの味方ですリアナ様」
え、と思っているうちに、玄関のドアが内側から開いてセバスチャンとオリビアが現れた。
第二部完。第三部に続きます。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
こんなに話を大きくするつもりはなかったです。困りました。




