25 脱出
「リアナ様、お食事を召し上がって下さい。お体を壊しますよ」
食器を下げに来た使用人がわざわざそう声を掛けてきたけれど、私はベッドに横になったまま無視をする。
ここへ閉じ込められて一週間。どんな言葉を投げかけても無視、もしくは受け流され続け聞く耳を持ってもらえない状況が続いていた。
ああそうだったわ。私がまだエドワーズ家の娘だった頃は、こんな感じだった。そんな中でリアナはよく十何年も狂わずに生きていられたわね。
会話らしい会話が出来ないことがどれだけ辛いことか、一度その生活から解放されたことで改めて身を持って体感した。
どうにもならない日々が続いているけれど、何もしないわけにはいかない。私は考えた末に食事をやめた。昨日と今日、何も口にしなかったことで使用人を不安にさせる。
未だにこの家に囚われている理由が分からないけれど、死なれていいわけではない。だから綺麗な部屋と食事を与え続けているのだ。
だから、こちらから拒絶する。このまま私が食事を取らなければ遠からず死んでしまう。そうなってしまう前に、この家の人たちは行動を起こさなければならない。
あと少しで向こうに私に対する隙が生まれる。その機会を絶対に逃さない。
お父様と話す。この目で真っ直ぐに見据えてやる。
「リアナ様、また召し上がらないつもりですか……」
私が食事を無視して三日目の朝、再び困惑した様子の使用人が声を掛けてきた。昨日と同じ人だ。初老の女性。
どうやら私の食器の上げ下げを行う使用人は二人居るらしいことが分かっている。
一人は全く会話をしてくれない男性、もう一人がこの女性。こちらの女性も何も話してはくれないことに変わりはないけれど、ほんの少し、ちょっとだけ会話をしてくれる。
決して私に対して好意的なわけではないし、顔を合わせることもないし親しくもならないけれど、人間らしいと思う。だからごめん、利用させてもらう。
「……頭が痛くて動けないの」
カーテンの内側からか細い声を出すと、女性はドア付近で困ったようにうろついたあと、おずおずと部屋の中に入って来た。
お腹が空き過ぎると逆に頭が冴えて来るもので、姿形を見ずとも気配だけで使用人の思考がよく見えた。私の言葉に慌てた女性は、自分以外の誰かが近くにいてくれないかと辺りを見回すも人気はない。
一度戻って人員や薬を持って来て出直すことも考えたが、私がもう丸二日食事を取っていない事への危機感と、体力が落ち具合が悪い人間がたとえ暴れた所で、何かあっても自分で対処できるだろうという油断。
そうして近付いてくる女性をギリギリまで引き付ける。
「大丈夫ですか、せめて水分だけでも」
そっとカーテンを開けてベッドを覗き込んだ女性に、私は勢いよく頭からシーツを被せた。ベッドの上でずっと待ち構えていたのだ。
直ぐに剥ぎ取ろうとするのを上から押さえつけて、更にもう一枚シーツを巻き付ける。
「もがっ、やめてくださいリアナ様!」
「あなたは悪くないけどごめんね」
直ぐには起き上がれないようにベッドの上に倒して、私は脱兎の如く部屋を飛び出した。力はなくとも十代の俊敏さを舐めないでほしい。
どこか見覚えのある景色はないかと廊下を走り、玄関に近いところまで来て現在地を把握してそこからお父様の部屋に向かう。
お腹は空いた。めちゃくちゃ空いた。だけど、本当は断食なんてしてない。初日から出されたパンを少しずつ残して備蓄して、この二日間はそれで食い繋いだ。死んじゃうかと思うくらい辛かったけど、作戦が成功した喜びの方が大きい。
「お父様、リアナです」
ドアを乱暴に叩きそうになるところを、何度か深呼吸を繰り返して落ち着かせて軽く二度叩く。空腹と水分不足と緊張で目眩がしそうになるけれど、ここで踏ん張らないでどうすると自分の腿を叩く。
お父様に何を言われたって動じない。私は絶対にローレンス家に帰る。
ノックの返事がないので勝手に開けると、お父様は机に向かい真っ直ぐにこちらを見ていた。もう分かり切ったことだったけれど、やっぱり病気でも死にそうでもない。そのことに改めて眉を顰めた。
「お父様、何のつもりか知りませんが、今すぐ私とオリビアをローレンス家に帰してください」
帽子は持って来ていない。何を言われたってどんな顔をされたって構わない。絶対に目を逸らすものかと初めて真っ直ぐに見たお父様の顔は、肖像画で見たより老けていたけれどまだまだ当分死にそうにはなかった。
中間管理職でも上の方。休日出勤もするし、飲み会にも積極的に参加する。趣味はツーリングで体力作りをしていて殆ど家族を顧みない。前の世界的に言葉にするならそんな感じの顔。
「……一週間か。思ったより早かったな」
お父様はこちらを真っ直ぐに見て私と目を合わせて、それからすぐ横に逸らして口元を歪めた。見てはいけないものを見たみたいな顔をするな。
「何の理由があって私たちを閉じ込めたんですか」
「たちじゃない。お前だけだ」
一瞬何を言われているのか分からなかったけれど、すぐに様々な最悪が思い浮かぶ。胸が苦しい。まさか、まさか! まさか!!
「オリビアはどうしたんです! 生きてるんですよね!?」
怒りと悲しみでどうにかなりそうで、私はお父様の机の前まで歩いて行って激しく叩く。音や暴力や声に頼るのはよくないと分かっているのに、冷静でいられなかった。
オリビアがもしもうこの世にいないなんてことになっていたら、なんて考えられない。泣きそうになりながら聞くと、お父様は椅子にふんぞり返って、私から少しでも距離を取ろうとする。
「あのメイドはもう今頃家に帰り着いてるだろうよ」
「は?」
どういうこと?
なんで?
やばい、頭がクラクラして思考が回らない。オリビアは無事でローレンス家に帰ったってこと?
「まあいい。これ以上喚かれても迷惑だから教えてやる。お前はローレンス卿に捨てられたんだ」




