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21 ジュリエットからの手紙


どうしてこんなことになってしまったのだろう。

私はただ監禁生活から逃げ出したい一心で、藁をも掴む気持ちでエドワーズ家を出て公爵家に嫁いだのに。


「なんで……ここから出して、出してー!! 帰らせてよお! ヴェール様、ヴェール様ぁあ!!」


怒鳴ったって泣き叫んだって、この声がヴェール様に届くことは無い。分かっているのに、私はその名前を呼ぶことをやめられなかった。





――時間は数日前に遡る。


エドワーズ家から私宛に一通の手紙が届いた。

嫌だなあ、怖いなあ、どうせろくなことなんて書いてないんだろうなあ、受け取らなかったことにして捨ててしまいたいなあ。

役所からの封筒並みに開けたくないと思いながら、それでも一体何かと封を切ると、驚くような手紙が入っていた。


『お父様がご病気で倒れました。先は長くないそうです。あなたに会いたいと言っています。早めに顔を見せに来てちょうだい』


文面の最後には、ジュリエットお姉さまの名前が記されている。


「うっ……そでしょ……」


思わず口に出して呟いてしまう程に、嘘の臭いしかしない。

先ず第一に、お父様が倒れたからといって、リアナに連絡を寄越すような家族ではない。

次に、例え手紙を寄越すとしてもジュリエットお姉さまが書くわけがない。万が一あるとしても実際に書いたのは使用人だと思う。

最後に、例えもしお父様が死にそうだとしても私に会いたいなどと言う訳がない。


ではこの手紙の意図は一体何なのかと考える。


私とヴェール様が上手くいっていることに嫉妬したジュリエットお姉さまが、交代を望んでいる、とか?

それとも何かの事業に失敗して借金だらけになってしまい、今や公爵夫人になった私に金の無心をするつもりとか。


「うーーーん……」


金の無心の方があり得るのかな。分からない。エドワーズ伯爵家の資産や事業内容なんて、小説には書かれていなかったし、私も幽閉されていたから家の大きさと使用人の数くらいしか把握できていない。

いやあ、それにしても幽閉し続けた娘に会いたいはないでしょう。何か実家に呼び寄せたい理由があるにしても、もう少し嘘の内容を凝って欲しい。


「まあ帰りませんけど」


私が本当にリアナだったら騙されていたかもしれないけれど、こちらも関わってはいけない人たちの事を分かる程度には大人なので。

読んだ上で見なかったことにしよう。既読スルーというやつだ。手紙はタイミングを見計らって捨ててしまおうと、化粧台の引き出しの奥深くに仕舞った。


だけど、この家でヴェール様が知らないことなど存在するはずもなく。



「リアナ、ご実家から手紙が届いたと聞きましたがどのような内容でしたか?」


ヴェール様にお茶に誘われて部屋に足を運ぶと、開口一番にそう聞かれた。


「ああ……ええと、元気でやってるか~みたいな感じでした!」


いやいやいや、咄嗟とは言え我ながら嘘が下手過ぎる。娘を幽閉し続けた実家から元気か? って正気か。

でもそれで言うと、本当に来ている手紙もかなり嘘なので何も言えない。ああもう。


「それで本当は?」

「あり得ない嘘を並べた怪文でしたので、お気になさらないでください」


すぐに嘘がバレて突っ込まれて、バツが悪くなって頬を掻きながら視線を逸らす。

オリヴィエお姉さまが帰ってきているとかでもない限り、あの実家に顔を出すつもりはないので、ヴェール様とはいえとやかく言われたくはない。


「不躾にすみませんでした。座って下さい。セバスチャンの淹れてくれたお茶がありますので、一緒に飲みましょう」

「はい」


この話はまだ続くのかな、もう終わってはくれないかなと、少し警戒しながらヴェール様の向かいに座る。

用意されたカップを手に取って口元に運ぶと、ふわりと茶葉のいい香りが漂った。オリビアの淹れてくれるお茶も美味しいけれど、セバスチャンは更に上手だと思う。葉っぱが違うのかな。


「おいしい」


もう実家のことは忘れたい。転生してきた私にとっては半年ちょっとを過ごしただけの場所で何の思い入れもないし、家を出た時点で縁が切れたと思っていたのに。


「実は私にもジュリエットから手紙が届きましてね」

「ぶっ……!」


飲んでいたお茶が喉の変な所に入って思いっきり咽た。咳が止まらずゲホゲホと繰り返すうちに涙が出て来る。ヴェール様がハンカチを差し出して下さって、私は慌てて受け取ると口元を抑えて目元を拭いた。


「すみません……ケホケホ」

「いえ、驚かせてしまってすみません。意地悪でしたね」

「……とっても」


思わずジト目でヴェール様を見る。人に聞いておきながら実は知っていたは質が悪い。しかもそれが冗談の類ではないのだから尚のことだ。

エドワーズ家の人間は私にしてきた仕打ちを認識しているが故に、手紙を無視される可能性を考えてヴェール様にもあてたのか。だとしたら大正解だし、してやられた感がすごい。


「……ご実家に「帰りません」


ヴェール様が何を言い出すか、分かっているつもり。だから言葉を遮って先手を打った。何の用だか分からない用件で帰るわけにはいかない。私はもうエドワーズ家の人間ではなく、ローレンス家の人間、リアナ・ローレンスなのだ。もう二度とあの家の敷居を跨ぐことは無い。

きっと私は怖い顔をしている。表情筋が死んで、目は通常の半分も開いていない筈だ。


「あれは絶対に嘘です。父が私に会いたいなんて言う訳がありません。騙されないでください」

「リアナの気持ちは分かります。あなたがご実家でどんな生活を強いられていたか、忘れていないつもりです」

「ヴェール様のお力のお陰で私は今こうして幸せに生きておりますが、もし生まれたのがリュミエール国でなければ、きっと私は既に死んでいるか両目を潰されていたと思います」


実家の話はつい感情的になってしまう。いくら相手がヴェール様でも、こればかりは折れるつもりはない。

私がリアナになったから行動力を得たものの、原作通りならリアナは今でも幽閉されたまま誰にも相手にされず一人きり暗い部屋で生活を続けていた。こんな罠みたいな手紙信じる方が馬鹿らしい。会いたいならそちらから来いというものだ。


「少しだけ、私の話をしても構いませんか」

「……はい」


そう言ってヴェール様が語り出したのは、ご自分のお母様との関係だった。

光の盾公爵の仕事とその宿命を知った母親は、愛する夫と自分の子供の過酷な運命に耐えられなくなり、心を病んでしまった。

既に鬼籍に入り墓地に眠っているが、この閉ざされた城の中でどのような人生を送り、また最期を迎えたのかは初めて聞くことになった。


「母は父と私を愛することをやめました。というより、視界に入れて悲しい気持ちになりたくなかったのだと思います。家族としての関わり合いを徹底的に断ち、同じこの家に住みながら私たちは一切顔を合わせることがありませんでした。そういう配慮がなされていました。」


幼い頃のヴェール様は、お母様に嫌われていることに悩み苦しんで、どうしたら好きになってもらえるのか、息子として受け入れてもらえるかを考え続けていた。

けれど母親の視界に自分が映ることは無く、名前を呼ばれることも抱きしめられることも無かった。それどころか、どうにか母親に認識してもらおうと使用人たちの目を盗んで会いに行くことを繰り返したことで、結果的に精神的に追い詰めることになっていたと、ヴェール様は悲しそうに話す。


「光の盾として生きた父は早世でしたが、母はそれよりも更に早くに亡くなりました。病死でした」

「……」

「母が亡くなる二日前に、私は初めて母の部屋に呼ばれました」


そこで、ヴェール様は初めてお母様から謝罪されたと言った。泣きながら謝られて、親としての役目を放棄してごめんなさいと、愛することをやめてごめんなさいと涙ながらに謝られた。

本当はずっと愛していた。愛する気持ちに蓋をして見ないようにしていたと、抱きしめられたと話す。


「そして、父よりも早く逝くことで、息子の私が光の盾の仕事を行う現場を見なくて済むと喜んでいました」

「ヴェール様……もういいです……十分です」

「母は、死の間際になって初めて私を見てくれました。私は、母の全てを許せるわけではありませんが、分かりたいと思うようにはなりました」


ヴェール様の言いたいことは、痛いほどに伝わってくる。

でもやっぱり手紙の内容は嘘だと思う。その考えは変わらない。だけど少しだけ、ほんの少しだけ心が揺れているのも事実。


私がリアナに転生し家を出たことで、お父様に原作にはない心境の変化があったとしたら。既にお父様はオリヴィエお姉さまという一番大切な娘に家出されて傷心だったのだから、可能性は無くはない。


「リアナがお父上に会わないままでも後悔しないと断言するなら、私もこれ以上言いません。顔を合わせることで更に憎しみが増すこともあるとも限りませんし、人には人の事情がありますから」


正直分からない。お父様のことを深く知る程長く一緒に居たことがないもの。会いに行って、ろくでもない内容だったらすぐに帰ってくればいいのかも……。まさか公爵夫人を拉致して金銭を要求するほどお父様も狂ってはいない筈。

それに何より、ヴェール様にここまで過去のお辛い話をさせておきながら、後悔しませんとは流石に断言し辛い。

もしかしたらお父様はリアナが赤い目で生まれた理由を知っていて、亡くなる前に教えてくれようとしているのかもしれない。フィクションだとよくある展開だし、ここは意地を張っても仕方がない。


「……わかりました。お父様に会いに行きたいと思います。数日家を離れます事をお許しください」

「エドワーズ伯爵に、今の幸せな顔を見せてきてあげて下さい」


私に親心は分からない。死ぬ間際の人の気持ちも分からない。だけど、実の母親に育児放棄されたヴェール様と、実の父親に幽閉された私は似ている。

もし謝る気があるのなら、聞くだけ聞いてあげてもいい。という程度には心境の変化があった。関係が修復できるとは思っていないけれど。


私はその二日後、付き人のオリビアと共に馬車に乗ってエドワーズ家に向かった。



まさか本当に全てが罠とも知らず……――


ここまでで第一部完となります。

読んで下さりありがとうございました!

引き続き、第二部も読んでいただけるとうれしいです!

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