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16 お留守番


「ヴェール様は今頃何をされていらっしゃるかしら」


いい加減本を読むのにも飽きてしまって、パタンと閉じると席を立って体を伸ばした。

そんな様子を見てオリビアはくすくすと笑いながらも、真面目に答えてくれる。


「王宮で祝福されている筈ですよ。光の盾公爵のご結婚は、国王様にとっても喜ばしいことですから」

「そうよね」


身内だけの挙式だったから、結婚前と後でそれほど変化は無いと思っていたけれど、そんなことはなかった。

歴代のローレンス家の方々への挨拶が終わった翌日には、ヴェール様は国王へ結婚の報告に行くため城から旅立たれた。

結婚式に王様が来て下されば挨拶に行かなくて済んだのに。なーんて、不敬なことを思ったけれど、ローレンス城から王宮まで馬車で片道二日かかると聞いて考えを改めた。確かにそんな長旅をしてまで、王様直々にいらしてもらう訳にはいかない。下の者が伺うのが通りだと思う。


ヴェール様が家を空けて今日で四日目。行きに二日、王宮で三日ほどお過ごしになって、帰りに二日、計七日前後の行程になるとのことなので、まだ最低でも三日は帰って来ない。

数日は前後する可能性があるとは仰っていたけれど、流石にきっとまだ王宮にいらっしゃるんだろうな。オリビアの言う通り、ヴェール様の結婚を祝ったパーティが開かれていたりするのかしら。

それともお仕事の話で忙しいかしら。滅多に会わない分、顔を合わせれば話すことも尽きないでしょうし。

移動手段は馬車か乗馬だし、スマホどころか電話もないから連絡手段も容易じゃない。前の世界の記憶がしっかりと残っている分、こういうところに不便を感じてしまう。


「王宮、ちょっと行ってみたかったな」


公爵夫人に相応しい態度や行動がとれる自信はないけれど、国王様にはお会いしてみたかった。ヴェール様の光の盾と対を為す光の剣を持ち、闇を祓うこの国の光。

プラントル国王は、ご自身の力や光の盾公爵の力をどのようにお考えでいらっしゃるのだろう。お話しする機会があったとしても聞けるわけもないけれど。

単純に、ヴェール様と遠出もしてみたかった。お城から出られないことに不満はないけれど、新婚旅行も兼ねてお出掛けはしてみたかった。だから何度か出発前のヴェール様に一緒に行かなくていいのかと聞いたけれど、留守を頼みますと言われただけだった。

ヴェール様が詳しい説明をしない時には、必ずなにかしらの理由がある。それが私を思っての事なのが分かるから、無理は言わず笑顔で送り出したけれど。


「早く帰って来て欲しい~」


一人でもすることはあるし、オリビアや他のメイドの子たちが話し相手になってはくれるけど、ヴェール様に会いたい。お戻りになられるまでに何か贈り物でも作ろうかな。刺繍が一般的だと思うけど、教わってないし知らないのよね。オリビアは知ってるかしら。

普通の貴族令嬢としての教養がないのが惜しい。私でも出来そうなことと考えても、押し花の栞くらいしか思いつかない。小学生の工作レベル。

ぐるぐると考えを巡らせながら部屋の中を歩き回り、ふと鏡に映る自分の顔を見て声を上げた。


「あっ」

「どうかしましたかリアナ様」

「あ、ううん、なんでもないわ」


オリビアに首を振りながら、私は改めて鏡の前に立つ。そうだ、私の両目は一瞬視界に入っただけでも分かるくらいに赤いんだ。

あまりにもここでの生活が普通で、みんなが何でもないように私の目を見て話をしてくれるからすっかり忘れていた。呪われた魔物の目。

忘れていたのは平和な証拠として、それとは別で、流石にこんな瞳の色をした人間が国王様にお会いする訳にはいかないわ。ヴェール様が私を連れて行かなかった理由がやっと分かった。

私が生まれた時からリアナだったわけではないからショックは少ないけれど、やっぱり少し胸が締め付けられる。これは私やヴェール様の意思よりも、国王様のお目に触れさせてもいいか否かの問題になるだろうから、勝手に決断できるものではないはず。

私も好機の目に晒されたくはないし、今回無理に行きたいと我儘を言ってヴェール様に理由を説明させるようなことをしなくてよかった。

逆に、私を連れて行かなかったことでヴェール様が国王様に何か言われている可能性だって十分にある。夫婦で挨拶に来ないことを失礼に思われてしまうかもしれない。


何もかも私の想像で推測の域を出ないけれど、理由があるから連れて行かなかった。


私を傷付けまいと守ってくれたんだ。その優しさが嬉しくて切ない。

私もヴェール様のことを守れるようになりたい。自分に出来ることなんて傍にいて差し上げることしかないのに、今はそれすら出来ないんだから落ち込むわ。


「早く帰ってきてください、ヴェール様」



けれど、私の願いも虚しくヴェール様は当初の予定日を過ぎてもご帰宅なさらなかった。

数日ずれる可能性は前もって聞いていたので、あまり心配しないようにしていた。時代も時代だし、交通手段も馬車だし天候にも左右されるだろうから。

努めて気にしないようにしていたら、ご帰宅予定日の翌日に王宮からの使者が、ヴェール様からの手紙を持って現れた。


私とセバスチャン宛のそれを開けると中の紙には短く『王宮でやらねばならない仕事が出来たため、暫くの間帰れません』とだけ記されていた。

その字に丁寧さはなく、時間のない中走り書きをしたみたいだったけれど、セバスチャンが言うには間違いなくヴェール様の文字らしい。

手紙も書けない程忙しいのか、それとも何かあったのかと一抹の不安を覚えたけれど、王宮で悪いことが起こるはずがない。公爵と言う立場的としての仕事はいくらでもあるだろうし、何しろこの辺境の城に居ても眠る暇がないくらいお忙しいのだから、きっと王宮では引っ張りだこなのだろうと思った。


寂しいけれど私に何が出来るわけでもないので、大人しく帰りを待ち続けるしかない。



そうして更に一週間が経ち、二週間が経った頃になって漸くヴェール様はお戻りになった。


「ヴェール様がお帰りになられました!」


オリビアが慌てて私の部屋に駆け込んで報告するので、私も飛び上がってそのまま部屋を出た。

戦争に出ていたわけではないし、定期的に王宮から手紙が届いて無事なことは分かっていた。だけど、もう三週間も会えなかった。顔も見れず言葉も交わせず、触れることも出来なかった。その寂しさと不安から一秒でも早くヴェール様にお会いしたかった。


「ヴェール様……!」


丁度馬車から降りてこちらへ歩いてくるヴェール様が見えて、大声で名前を呼んで手を振り駆け寄った。


「お帰りなさいませ、長旅お疲れさまでした」


息を弾ませながら近付いて、ハッと思い出してちょこんと頭を下げる。やっとお会いできたことが嬉しくて顔を見上げると、一歩二歩と近付いて来られたヴェール様に体を抱きしめられた。


「ただいま、私のかわいい奥さん」


ぎゅっと力を込められたので、私も腕を回して強く抱き返す。

この人も、私と同じように離れていることを辛いと感じていてくれたのかもしれない。そう思うと嬉しかった。


「寂しかったです」

「私もです。ずっとリアナに会いたくて仕方がありませんでした」


大きな体に抱きしめられて、気持ちが良くて心地いい。ずっとこのままでいたくて腕に力を入れたままでいるのを、ヴェール様は受け入れてくれている。


「リアナ……長く留守にして心配かけました。少し瘦せましたか?」

「それはこちらの言葉です。ヴェール様、お痩せになっていませんか」


なんだか抱きしめた体が少し薄くなっている気がして聞くと、小さく苦笑された。


「向こうで馬車馬のように働かされたせいかもしれません」


そう答えたヴェール様の声は、本当に疲れているみたいで何でもない会話なのに泣きそうになった。お仕事で三週間いなかっただけでこんな不安な気持ちになるなんて、想像もしてなかった。これが人を愛する気持ちなのね。


「ご無事に帰ってきてくださって嬉しいです」


長い抱擁を終えて、ヴェール様が腕を解いたので私もそれに倣った。


「セバスチャン、湯を沸かしてください。少し休みたい」

「もうご用意が済みます。このままお部屋へどうぞ」

「相変わらず凄いですね。セバスチャンは」


お城に向かって歩き始めるのに着いていくけれど、きっとこのあとヴェール様はお風呂に入って、そのまま休まれるのだろう。

ずっと一緒にいたいけれど我儘は言えないし、私も本心から休んでもらいたいと思ってる。無事に帰ってきてくださっただけで十分なのだから、ここは理解ある妻として一歩引かないと。


「リアナ、寝室で少し待っていてくれませんか。後ほど一緒にお茶をしましょう」

「えっ、でもお休みになられた方が」

「リアナと一緒に居たいんです」


この美しく清らかな公爵様に、そんなことを言われて嬉しくない人間がいるだろうか。私はヴェール様にそう言ってもらえたことが嬉しくて、破顔して頷いた。

ソファに腰掛けてヴェール様が現れるのを待ちながら、どんな話をしようかと考える。王宮ではどんな生活を送り、仕事をなさったのか。国王様に結婚の報告をした時の反応はどうだったか。国王様はどのようなお方なのか。向こうの食事はやはりとても豪華なのか。聞きたいことは山ほどある。


「お待たせしました」


ドアが開く音に反応して振り向くと、ヴェール様は普段着とは違うゆったりとした服を着て現れた。胸元は露出気味で、髪は生乾きのまま後ろに掻き上げられていて……色気が駄々洩れている……!


「は、早かったですね」


慌てて立ち上がり、ヴェール様の元へ駆け寄ると頭を撫でてくれる。子ども扱い、いやペット扱いされているような気がする。奥さんだと思っているなら額にキスとかしてくれないんですか。でも、触れられて嬉しいので何でもいい。

長椅子に並んで座り、少しの間お互いに言葉なく、セバスチャンの淹れてくれたお茶を口に運ぶ。話したいことも聞きたいことも沢山あるけれど、無言のままでも居心地のいい、この時間を大切にしたい気持ちもある。


「王宮へ足を運ばれたのも、国王様に会われたのも数年ぶりだったんですよね。如何でしたか?」


それでも好奇心が勝ってしまい、私の方から沈黙を破った。


「国王は以前とお変わりなく……いえ、以前にはなかった立派な髭を蓄えられるようになっていましたね」


フ、と微笑んで返してくれるヴェール様は、こんなでしたよ、と顎から伸びた髭を手でジェスチャーして教えてくれる。

短命で世代交代の早いローレンス公爵家とは違い、プラントル国王の寿命は平均的なため、代替わりの速度が違う。ヴェール様が二十歳であるのに対して、国王様は三十五歳。大人の男としての威厳も出てきて髭の似合う年頃に違いない。


「お髭の似合う素敵な御方なのでしょうね」


肖像でしか見たことはないけれど、きっとリュミエールを照らす威厳ある方なのだろうと思う。

お仕事とも結婚の報告とも関係のない他愛のない会話をしていると、ヴェール様が口元に手を当ててあくびを噛み殺しているのが目に入った。


「……ああ、失礼しました。リアナに会えたことで、すっかり気が緩んでしまったようです」

「馬車での移動でお疲れでしょう、どうぞ私に構わず横になられてください」

「そういう訳には……はぁ……失礼」


言いながら再びあくびが出て、思わず笑ってしまう。本当に眠そうだ。馬車では満足に眠れないだろうし、王宮では激務だったことを考えるとかなり疲れている筈。話はまた明日にして、今日はもう早く寝てもらわなくちゃ。人間健康でいるには睡眠が一番。


「ヴェール様、ベッドに行きましょう」


私はカップを置いて、ベッドに向かって歩きながら手招きする。勿論やらしいことをするつもりは微塵もない。

戸惑うヴェール様を見て笑いながら、ベッドに上がって座り膝を軽く叩く。一度こういうことをしてみたかったのだ。


「リアナそれは……」


予想はついていたけれど、ヴェール様が遠慮して首を振る。だけど私もそう簡単に折れるわけにはいかない。


「いいじゃないですか、私たち、夫婦ですよ。甘えて下さい」


もう一度立ち上がって、腰が引けているヴェール様の手を掴むと半ば強引にベッドの上に引き上げる。


「私の膝枕は嫌ですか?」

「いいえ、そういうつもりは少しも……」


そこまで言うと、ヴェール様も折れて体を横にしながら頭を私の腿の上に乗せた。やった。

腰を曲げてヴェール様の額にキスを落として頭を撫でる。麗しの旦那様がこんなにかわいい。


「リアナ……」

「王宮でのお話はまた後ほど聞かせて下さいね」

「すみません……馬車では殆ど眠れなくて……」


横になったことで更に疲れが出たのか、ヴェール様は目を瞑りながら呟くように言ってそのまま眠ってしまった。


「おやすみなさい」


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