17話 太陽と月、決闘①
「ひなた、行くの?」
私はケイの言葉にそう頷く。
色のない狭間の領域の中で、私は手を握りしめる。
そう、私は行く。戦いに行くんだ。
レイに送ったLINEの返事は一日たっても来てないけど、それでも行く。
「ねえ、ケイ。ちょっとスマホ貸して」
ケイからスマホを受け取り、私はケイの神様に話しかける。
「私、間違ってないよね……イザナミ。うまく行けば、みんな幸せになるんだよね?」
その私の言葉には、少し不安が混じっていたと思う。
私はためらっているわけには行かない。でも、そんな弱音を吐いてしまった。
「ああ、幸せになるさ……みんな幸せな夢を見るんだ。生も死もない世界に行くんだよ」
そう、伊邪那美命は言う。
あまりに自信に溢れた声で言うから、私の不安も少しは晴れたかな。
「じゃ、行くね」
そう言った瞬間、黒い影が私たちに迫ってくる。
「キュゥゥゥ」
そんな泣き声を上げて、襲い掛かるのは黒い怪鳥。
堕ち神がやってきたのだ。
「空気読んでよ、この鳥ッ!」
三つの鉄塊を、鳥に向ける。
鳥の超速の急降下に合わせて、私は光線を放った。
夕日のように輝く光線をうけた鳥の体に、ぽっかりと穴が開く。
黒い霧となって消滅した鳥の体を背に、私はケイに手を振った。
「じゃ、行ってくるね」
そう言って私は、鉄塊に跨がり空を飛ぶ。
レイとの待ち合わせの場所……私たちの家の前まで行くために。
「レイ、本当に行くのかい?」
ツクヨミさんの言葉に頷き、私は戦いに向かう。
理由はただ一つ。ひなたちゃんと分かり合うことだ。
スマホを握りしめる手は震えている。
その心臓は不安に高鳴っている。
それでも、私は戦う。
ひなたちゃんが大好きだから。
色のない世界で、私はその手を握りしめる。
神装を纏い、空を飛ぶ。
私たちの家の前……私が出てしまった家の前へ、飛んでいく。
初めて神装を纏った日を思い出した。
確かあの時は……ツクヨミさんは「人を守る力」だと行っていた。
それが私には嬉しかったんだ。
泣き虫の私でも誰かを救えるって思えたんだ。
他にどんな人が神装を纏っているのか気になった。
でも、最初に出会った人はひなたちゃんだった。
誰かを傷つけている、ひなたちゃん。
返り血に塗れたひなたちゃん。
私の知らない……ひなたちゃんだったんだ。
「来たんだ。レイ」
先に来ていたひなたちゃんが、鉄塊を私に向けた。
私は地上に降りて、ひなたちゃんに歩み寄る。
「お願い……もうやめて。この力は、みんなを守る力なんだよ……」
せめて届いてほしい。その願いをこめて、私は話しかける。
でも、ひなたちゃんの鉄塊は私に向いたまま。
「みんなを守る力なら……力をつくして止めて見せなよッ!」
私の足下を狙って光線は放たれる。
足場は崩れていき、とても立てる状態じゃない。
転びそうになった体を噴射機で支え、私は空へ飛ぶ。
私の頭を殴りつけようとする鉄塊をかわす。
そして、私は鏡をばら撒いた。
両腕を突き出しながら、鏡を至る所にばら撒いていく。
道路の上に、住宅の壁に、電柱に、街灯に鏡を刺していく。
襲い掛かる鉄塊を右に左にかわしながら、私は攻撃の準備をしていた。
鏡たちが、私の胸の鏡にエネルギーを集める。
そして、私は束ねられた光を放った。
虹色の光が、美しいまでの直線を描いて飛んでいく。
無造作にばら撒かれたようにみえる鏡の一つに、光が着弾した。
光は鏡による反射を繰り返し、曲がっていった。
ひなたちゃんの足を背後から適切に狙う光線。
だが、それを打ち消すように鉄塊から光線が放たれる。
ひなたちゃんを狙う光線とぶつかり合う光。
橙色の光が、虹色の光を押し返す。
そのエネルギーは僅かにひなたちゃんが勝った。
鏡にぶつかった夕日のような光が、鏡の間を駆けていく。
そして最後には私の胸に収束した。
いっきに放たれる光に、ひなたちゃんもまた光で対抗。
胸の前に置かれた鉄塊の光が、私の光と正面衝突する。
だが、ひなたちゃんのエネルギーが今度は少しだけ足りない。
鏡に増幅された私の光が、次第にひなたちゃんの光を押し出していく。
「届けッ!」
私はそう叫んだ。力強く、想いをこめて。
だが次の瞬間、私の体は地べたにたたき落とされる。
鉄塊の一つが私の頭を打ちつけたのだ。
立ちあがっても、鉄塊が私を襲う。
顔面に直撃したそれに、体を吹き飛ばされる。
私は吹き飛ぶ体を、噴射機を使い空中に留まらせた。
襲い掛かる鉄塊の群れをかわす。
なんどでも、なんどでもかわし、私はひなたちゃんに近づく。
右に、左に、上に、下にかわして、拳を握りしめる。
そして大きく振りかぶった。
一直線に、ひなたちゃんへ向かう。
おもいっきり助走をつけて、この拳をぶちこむために。
「行くよッ!」
私はひなたちゃんの顔面を、殴った。
全力で、前回で殴る。
それで目をさましてくれるならいいんだけど……
拳にゆらいだひなたちゃんの体を、もう一度殴る。
一瞬の隙も見せず、もう一度。
もう一度、何度でも拳を振るう。
その一撃ごとに、ひなたちゃんの体を傷つける感覚が拳に伝わる。
その衝撃は私の心臓まで届いて、私の心を傷つける。
どうしても、私はひなたちゃんを傷つけたくない。
その気持ち……ひなたちゃんもいっしょなら良いのに。
いつの間にか、私の頬が濡れている。
これは……涙。
私はやっぱり泣き虫だ……
でも、立ちあがったひなたちゃんの顔も、すこし悲しそうに見えた。
悲しそうに、私を睨んでいた。
「本当は……ひなたちゃんも戦いたくないんでしょ?」
私は、拳を止めた。
かわりに、目を合わせて話す。
きっと話し合えばわかることもあるはずだから。
「うるさいッ!」
ひなたちゃんの答えは、やっぱり私を突き放す。
となりにいてくれるって、約束のはずなのに。
私の背中を、鉄塊が狙う。
背中にぴったり突きつけられたそれは、避けようがない。
「……いいよ」
私は、小さく呟く。
ひなたちゃんの小さい体を抱きしめながら、耳元でささやいた。
「え?」
ひなたちゃんは困惑した声を上げていた。
そしてすぐに、また暗い顔に戻った。
「撃って……いいよ」
ささやくわたしの声に、ひなたちゃんは何を感じるのだろう。
私はより強く、ひなたちゃんの体を抱きしめる。
悲しみで震える体を押さえつけながら、ひなたちゃんの体温を久しぶりに感じていた。
「離してッ!」
その声とともに空から鉄塊が振ってきた。
私の頭に打ちつけるため、勢いよく振ってきた。
私はひなたちゃんを抱いたまま、走ってかわす。
そして助走をつけながら飛び上がった。
やっぱりひなたちゃんは光線を撃たなかった。
そうだ。私を殺すような攻撃は、絶対しない。
「離せッ!」
そういいながら襲い掛かってくる鉄塊。
私にぶつかろうと飛んでくるそれをかわす。
私は空で、ひなたちゃんを抱えたまま鉄塊から逃げていた。
「離さないッ!」
そうだ。絶対に離さない。
もう二度と、ひなたちゃんから離れたくない。
襲い掛かる鉄塊を何度でもかわす。
空中で、私はなんども避けては空高く舞い上がっていった。
「ひなたちゃん……どうして、戦うの?」
私の言葉を伝えても、ひなたちゃんの心は動かないかもしれない。
それでも、伝えるしかなかった。
「うるさいッ!全部上手くいったら……幸せになるんだ……レイも、幸せな寝顔でいられるんだ!」
ひなたちゃんが私の腕の中で叫ぶ。
私のために……戦っていたんだ。
でも、そんなの私には必要ないのに……
「ひなたちゃんがいれば……私は幸せでいられるよ……だから、おねがいッ!」
私は叫ぶ。
届いてほしい。私のために戦ってくれるなら。
私の気持ちは正しく伝えなきゃいけない。
「嘘だッ!だってレイは、いつも一人になったら泣いてた……レイのお父さんが、レイには必要なんだ……」
ひなたちゃんのその声は、震えていた。
まるで、迷子の子どものように震えていた。
「お父さん……?」
死んだ人は生き返らない。
それでも、ひなたちゃんがそう言うってことは……きっと、私はまたお父さんと会えるのかな。
でも……やっぱりそのために誰かを殺すのは間違ってる。
「だから……離せッ!」
そう、ひなたちゃんは叫んでた。
必死なんだ。まるで、強がる子どものよう。
それでも、離さない。
離すものか!
だが、その願いは叶わない。
小さな二つの光とともに、私は両腕を失った。
熱が私の体を焼く痛みよりも、ひなたちゃんに突き放され、抱き合うこともできない痛みの方がつらい。
「アマテラス。ありがとう」
そう言ったひなたちゃんは、真っ白なワンピース姿で落ちていく。
そして、空中で鉄塊に跨がった。
「そろそろ、決着」
ひなたちゃんがそう言って、私に二つの鉄塊を向ける。
その表情は、髪に隠されてわからない。
私はその髪の下の表情が知りたい。