15話 槍と槍、激突
「鳩羽湊……もう、戦わないでくれないか……? 君が私を止めても、君に待ち受けているのは悲しい運命かもしれないぞ」
大地からはえた手に包まれながら、光は私に言う。
でも、いまさらそんな言葉で止まる私じゃない。
「私はあなたとわかり合えるまで、絶対ずっと戦うよ」
「すまなかった。負け惜しみを言ってしまったようだ……」
そう言って、光さんは消えていく。
元の世界に帰って行く。
私の背後では、轟音が響き続けていた。
振り向くと、槍を瓦礫の中に突きさした少女が二人。
隆起したコンクリートは拳の形を作り、夏音と名乗った少女を襲う。
だが、その拳は打ち落とされる。
夏音の操る、水のミサイルによって砕けていく。
「拉致が開かねえッ!」
硬直している戦況を先に覆したのは、夏音だった。
剣を大地から抜き、夏音は走り出す。
ケイに向かって、一直線に跳びだした。
コンクリートの拳は跳び越えてかわす。
何度も、幾つもかわし続ける。
あっというまに夏音はケイの頭上。
その槍を突きさそうと跳び降りる。
だが、その攻撃は防がれた。
隆起した地面が、ケイを包む壁になる。
「まだだッ!」
そう夏音が叫ぶ。
壁に突き刺された槍の先が、青い閃光を放った。
水流とともに壁が決壊する。
そのまま槍は地面に突き刺さる。
そこにはすでに、ケイの姿はなかった。
「お互い長持ちする能力じゃない……この辺にしようか」
遠く離れたケイが言った。
気づけば、ケイの体は攻撃を受けていないはずなのに傷ついていた。
「なるほど……あれが彼女の代償……」
そう、タケルさんが呟いていた。
他の皆には能力に制限があるのに、私にはないことに何か理由はあるのだろうか。
私はそれを強みに戦えてはいるけど、少し不安だ。
「まだだッ!」
夏音はそう叫んだ。
まだ戦えるとばかりに走り出す。
だが、その足下はすこしふらついていた。
次第に、立つこともできなくなって、地に伏せる。
地に伏せて嘔吐する。
瓦礫の間に胃酸をぶちまけていた。
「クソッ!」
夏音が地面を叩く。
ケイはもう元の世界に帰ってしまっていた。
何度も、何度も悔しそうに地面を叩く。
どうして、この人はケイにこだわるんだろう。
もしかして……私のように友達を殺されたとか?
ただ一つ、私がはっきりと感じたことがある。
それは……この人は光たちと同じだ。
なにか理由があって、誰かを殺さなければいけなくなっている。
だから、私はその理由を知りたくなった。
突然、夏音が私を睨みつける。
神装を纏ったまま近づいて、私の胸ぐらを掴んだ。
怖い……どうして、私を?
そう思いながらも、その鋭い眼光に気圧される。
「お前……どうして天見ケイの名前を知ってたんだ?」
そのドスの聞いた声の圧力に、私の喉は声も出ないほど縮み上がっていた。
「黙ってんじゃねえ……答えろよッ!」
その恫喝する声に怯えて声も出せない。
そんなとき、レイちゃんの声が聞こえてきた。
「夏音さんッ!その人、悪い人じゃないよ……たぶん。だから……その」
そう言われると、夏音はすんなりと私から手を放した。
「すまん……つい。なあ、あんた名前はなんて言うんだ?」
「は……鳩羽湊です」
まだ恐怖が消えないまま、私は答える。
「水戸部夏音。よろしく。助太刀してくれてありがとな」
夏音は、左手を差し出した。
私はその手を握り返し、握手する。
怖い人だけど……悪い人ではないのかな……
動けないままのレイちゃんが、説明を始めた。
「……紹介します。この人は水戸部夏音さん……私の同居人です」
「え?同居……このヤンキーみたいな人と?」
戸惑いを隠せなくてつい口に出してしまった。
「お前むかつくな」
夏音が口を尖らせて言った。
初対面の人にヤンキーなんて言うものじゃない。
「ごめんなさい」
私は即座に謝った。
今後、ちゃんと考えて発言しないと。
「で、同居ってどういうこと?」
私は、レイちゃんに聞いた。
事情を理解しておいた方が、仲間として的確に動けると思うから。
「私……ひなたちゃんと喧嘩して家出してて……多分行方不明者って扱いになってると思うんですけど……
神装巫女として戦う中で知り合ったこの人が、家を貸してくれたんです。私の仲間で、恩人なんです」
「ついでに、友達だ」
夏音が付け足した。
つまりこの人は私たちの仲間で、今後も私といっしょに戦うかもしれない人……なら、もっとたくさん知っておいた方が良いよね。
「ねえ……なんで、ケイのこと殺そうとするの?」
私がそう言うと、夏音は俯いた。
「思い出したくない……そんなことは」
そう言って、元の世界に帰ってしまった。
きっと、言いたくもないくらい嫌なことだったんだ。
その理由さえわかれば、光たちの行動の意味にも近づけるかもしれないのに……
「じゃあ、私も帰りますね……」
そう言って、レイちゃんも帰っていった。
その声は少し、悲しそうだった。
きっと、ひなたのことを考えてるのだろう。
「私たち、わかり合えるときが来るのかな……」
そう、弱音を吐いてみる。
「来る……そのために戦っているのだから」
タケルさんの返事に、少しほっとする。
そうだ。そう考えて戦わないといけないんだ。
「夏音さん……もうすぐご飯できますよ」
「レイ、いつも悪いな」
「気にしないでください」
夏音さんの家で、私、御調レイはカレーを作っていた。
最初は全然できなかった料理も最近はだんだん慣れてきた。
「おー、今日もうまそ!」
そう言って、夏音さんはカレーを勢いよく食べ始めた。
「やっぱうまいな、レイの料理は!いいお嫁さんになりそうだ」
カレーを頬張りながら、夏音さんが言う言葉に、私は微笑んで返す。
一人暮らしの夏音さんの部屋は、二人で暮らすには少し狭い。
なのに、夏音さんは私を迎えてくれた。
だから、このくらいは頑張らなきゃ。
そんな風に考えながらカレーを食べてると、突然スマホに通知が来た。
だれからだろう?
特に心当たりはないし、連絡を取り合うような友達も多いわけじゃないし……
そう思いながら、ゆっくりとカレーを食べる。
食べきって、スマホを確認し、LINEに送られていた文を読む。
驚いた声を出さないように、抑えた。
ひなたちゃんからだ……
家出してから、連絡をされたのはこれが初めて。
敵同士なのに連絡するのもおかしいし……
「どうした?」
そう、夏音さんが聞く。
心配するというよりも、疑問に感じているというだけの、日常会話の話し方で聞かれた。
「なんでもないです」
そう、笑顔を取り繕う。
「明日。二人で決着をつけよう」
送られていた文は、これだけ。
そのこれだけの文章に、私は震え上がってしまっていた。
これがきっと、ひなたちゃんを取り戻せる最後のチャンス……それはわかっているのに、怖い。
私、ひなたちゃんと戦いたくないんだ。