episode 2 -3 憑依は、ほどほどに
勢いよく摩利支天様の元を離れて異空間に行こうとした華だったが、我に返って立ち止まった。異空間にわざと留まってるということは、そこから出たいという思いがなく夢であるその世界を喰ってくれという希望すらないのだ。そんな世界に無謀に足を踏み入れて良い訳がない。
「な~獏くん。対策練ってから行かないと危うくない?」
「なんだ?お前らしくもない。いつも突っ走る癖に。」
「うん。なんだか今回は、ちょっといつもと違うだろ?いつもなら、本人のすがるような思念があるからすぐ見つけて、喰ってくださいって頼まれて終わり…。なのに今回は、戻りたがらない可能性が高い上に勝手に作った異空間を満喫している。いくら綻びの様に小さいと言ってもその世界のどこにいるか探すところから…となると。入る前に情報がいると思うわけよ。」
「ああ。そうだな華。お前の言う通りだろう。少しは、賢くなったってもんだな。」
「はあ~獏くん?なんだって?私は、いつだって賢いですけど!!」
「ふん。とりあえず、その情報とやらを仕入れにどこへ行くつもりだ。」
「そりゃ。依頼者の海野さんに会うのが一番かな?」
「だが、3日後の0時だろ?」
「そう。だから・・・こっちから出向く。」
「それこそ。見つけられるのか?」
「ああ。依頼者の気は、覚えたからね。同じ町にいるなら。独鈷で見つけられるはず。今日の夜明けまでならこの街にいるだろう?あの時間から電車も動いてないしね。」
そう言うと華は、いつものように金剛杵独鈷を掌に乗せ依頼者の方角を探る。
ひらり、ひらりと舞うように揺れてからクルクルクルクルとどんどんと速度を増し、独鈷が廻りづづける。そして、依頼者を見つけた独鈷がピタリと止まり方角を示した。独鈷が見つけたそこは、あの公園の様だった。
「なんだ…。依頼者は、さっきの公園に留まっている感じだな。華。」
「とにかく…行ってみるとしますか?」
先ほどの公園まで戻ると同じ場所で座っている依頼者がいた。
「海野さん。身体が冷えますよ?もう、空が白んできているのに。」
「ああ。夢喰い師さん…戻ってきてくれたんですか?」
涙目で表を上げる海野さんは、一縷の望みが絶たれたかのような顔をしていた。華が言った『3日欲しい』というたったそれだけの事で、今回もダメだったかと思っていたようだ。
「娘は、目を覚ますんでしょうか?」
「海野さん。少し分かったことがあったこととそれに関して聞きたいことが出来て戻りました。今から質問しますので答えていただくこと。それと、娘さんの病室へ連れて行ってもらえますか?」
「ええ。ええ、なんでも答えます。病室にも行きます!!」
華の質問は、2つ。一つ目は、娘の名前。そして、もう一つは、先ほど預かった携帯のパスワードだ。今までの案件に依頼者の名など必要なかった。何故なら、依頼者本人の希望だから。だが今回は、夢喰いの対象者ではなく依頼者は、母親だ。小さな世界に入って、対象者をさがすところから始めなくてはならない。その世界で、対象者の思念を拾うために名は、必須となる。
「海野さん、まず、娘さんの名前を教えてください。」